第11話 魔石まであと少し

「嘘だろ…」

 やっと着いた最奥にて。


 二匹の竜が奥を守るようにして立ちはだかっていた。


 一匹でも大変なのに、二匹とは。


 どうやって倒したらいいんだ。





「大きさが違いますね、各個撃破するならば、やはり小さい方から狙いますか」

 赤いほうが大きく、黒いほうがやや小さめだ。


 そうはいってもワイバーンより大きい竜だ、気づかれていないうちに作戦を練る。


「そうだな、もう一匹にも気を配りつつ、小さい方から倒そう。妨害は受けるだろうが、狙いを決めとかないと」


「僕が大きい方を押さえますので、その間にあちらをお願いします」

「竜を押さえる?そんな事出来るのか?」

「長くは無理ですが、頑張ります。お互い健闘を祈りましょう」



 竜が気づき、こちらに向かってくる。


「散れ!」

 アーノルドとエルが互いに距離を開けると、なんと二匹の竜はアーノルドを狙って向きを変えた。


「狙いは俺か」

 あちらも各個撃破を狙ってるらしい。


 が、赤竜はエルによって進行を止められる。


 見えない壁が赤竜の前に現れたのだ。

「あなたはこちらです」


 エルの魔法だと気づいたのか、赤竜は進路を変えてエルに向かう。

 黒竜はそのままアーノルドを潰そうと進んだ。



 アーノルドは身体強化にて力とスピードを上げる。

 踏む潰しにきた黒竜の攻撃を避け、その足に斬りつけた。


 硬い鱗を物ともせず、剣が肉に食い込んでいく。

 悲鳴が聞こえるが、黒竜も攻撃は止めない。

 長い尻尾がしなり、アーノルドの体に迫る。


「アーノルド!」

 エルが防御壁を張り直撃とはならないが、衝撃が伝わってくる。


「うっ!」


 吹き飛ぶアーノルド、壁へ叩きつけられるのだけは避け、何とか受け身を取った。



 エルは防御に徹し、時折攻撃魔法で撹する。


 下位の魔物ならともかく、竜種にたいして致命傷を与えるならば、集中して強い魔法を放たなければならない。


 アーノルドと自分を守るため、今はサポートに徹するしかなかった。


 なので倒すとなるとアーノルドの腕にかかっている。



 狙うはやはり逆鱗、長引いてはこちらの体力が持たない。


 エルが赤竜をいなしているうちにアーノルドは黒竜を傷つけていく。

 動きや自己再生の遅さから、恐らく幼生体。


 実際に竜を倒したことがあるアーノルドにとっては、まだ勝機が見える相手であった。


 黒竜の許へと行こうとする赤竜を、エルは風魔法や障壁で抑える。


 さすがに竜の体全体を覆う程の障壁はは魔力の消費が激しい。

 エルの息は上がり、端整な顔からは汗が伝う。



 アーノルドは剣を握り、集中した。


 奴らとて自分の弱点は知っている。

 だからこそ逆鱗に触れられないよう、懐に潜り込ませることを許さない。



 強行突破するならば、ある程度の犠牲は必要だ。


 黒竜がブレスの準備を始める。

 竜種特有の強力な攻撃だが、アーノルドは左手に火球を呼び寄せ、駆け出した。


「アーノルド!」

「こっちに構うな!そっちを抑えてろ!!」


 ブレスが放たれればあたり一面に影響が出る。


 充分に息を吸って開いた口に、アーノルドは左手を伸ばした。

 ブレス前は防御壁が張られるが、ブレスを放つ直前なら解除される。


 アーノルドの火球が黒竜の口で爆ぜた!






「ーー!!!」

 声も出せぬまま、黒竜の口を中心に炎が広がる。


 ブレスが出かけていたので、アーノルドの腕も黒く爛れるが、想定内だ。


 痛みに意識が持って行かれそうになるが、歯を食いしばる。


 仰け反る黒竜のがら空きになった喉元に剣を突き入れた。


 するりと吸い込まれるように剣が逆鱗の場所に食い込んでいく。





 血を流し、倒れ伏す黒竜を見て、赤竜が吠えた。





「アーノルド、これ以上は、抑えられない…!」

 ガラスが砕けるような音がして、エルの障壁が砕け散った。


 脳に響くような声に、アーノルドとエルは耳を塞いだ。




 嘆きの咆哮だ。



 赤竜がアーノルドに向かい、突進してくる。


 アーノルドは剣を構え、対峙した。

 使えるのは右手だけだが、何とかするしかない。


 真っ直ぐにアーノルドに迫る赤竜を、エルが追う。

 槍を構え、照準を合わせて、赤竜目掛けて思いっきり投げた。


 風魔法でスピードとパワーを底上げした槍は、赤竜の背中に突き刺さる。



 大きな体が災いし、投擲能力のないエルでもすんなりと狙うことが出来た。


 完全に油断していたのだろう、突然な痛みに足が止まった。




 エルが今することはアーノルドの回復だ。

 今の隙に魔力回復の薬を飲み、エルは自身の体に風魔法をかけて、加速させ、赤竜を追い抜く。


 エルは多少鍛えてはいたが、急激な速さにより体にかかる負荷に耐えるには難しかった。


 筋肉が軋み、速さで視界が霞む。


 アーノルドの位置を予測して魔法を解除した。


「エル!」

「アーノルド!」


 速さに対応出来ず、よろめいたエルの手をアーノルドが握る。

 繋いだ先から魔力を送り、アーノルドを癒やしていく。



 どのような体をして、どのような手の作りをしていたか。


 人体を思い浮かべ、アーノルドの体を再構築していく。




 教会、もとい神殿にいた頃のエルは、もっと酷い怪我をした者たちを治していた。


 戦場をかけた者、国を守るため命を賭した者、毎日毎日魔力が尽きるまで力を出していた。


 使えば使うほど魔力は増え、高位の術を覚えた。


 魔獣の毒にやられたものや、瘴気に当てられた者たちの回復も回数をこなすうちに慣れ、能力も上がっていった。


 傷つくものをいち早く治すたにめ効率も重視し、常にどう動くかを考えさせられていた。


 その知識と経験がアーノルドの為にとなったことが誇らしかった。


「アーノルド、あとは頼みます」

 腕が完治する。


 どんなに魔法が優れていても、エルでは赤竜を倒せない。


 アーノルドに託すしかなかった。


「あぁ、頑張るよ」

 体に力が漲り、剣を持つ両手にも力が入る。


 アーノルドは駆け出し、攻撃を繰り出した。

 その動きに合わせ、エルが指揮者のように手を振り、赤竜が繰り出すあらゆる角度の攻撃も、防御壁で防いでいく。


「二対一なら負けないな」



 アーノルドの剣が赤竜を捕らえたのはそれから間もなくだった。



 赤竜を討ち取り、二匹の魔石を回収していく。


 本来であれば他の素材も取りたいが、赤竜の様子から見て黒竜が大事な存在なのだと思い、剥ぎ取りはやめた。


「安らかに眠ってくれ」

 アーノルドは黙祷し、エルは祈りを捧げた。





 奥に進み、念願の魔石と対面を果たす。



「…なんて、綺麗な…」

 大きさと、眩い光に、アーノルドは目を細めた。


 見る角度によって色が変わり、人間の赤子くらいの大きさをしている。

 持つと意外に軽く、仄かな温かさを感じられた。


 エルもしばし見とれる。

「では持って帰りましょう」

「あぁ」


 アーノルドが魔石に手をかけた瞬間、エルが何かを床に叩きつける。


 瞬く間に煙が発生し、アーノルドの頭に霞がかかる。


 眠り粉の煙だ。




「どう…して…?」



 薄れゆく意識の中で聞こえたエルの声。

「すみません、アーノルド。僕にもこれが必要だったのです」



「エ…ル」

 視界がぼんやりして焦点が合わない。


「すみません、この埋め合わせは必ずしますから」


 何度も謝るエルの声が耳に入ってくるが、返事も出来ない。

 アーノルドの意識が途絶えた。








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