第12話 エルの目的

 目を覚ますと宿のベッドだった。


 急いで飛び起き、宿屋の主人に問い詰める。


「俺をここまで連れてきたのは誰だ?!」


 アーノルドの剣幕に主人は驚いた。


「あんたの相棒の、エルって男だ。急に玄関に現れたから、びっくりしたよ」


 おそらく帰還魔法を使ってここに来たのだ。


「そいつはどこに行った?」

「あぁ、自分の宿にいるそうだ。起きたら来てくれと伝言を貰った」


 エルのいる宿はここから少し離れているが、そんなに掛からず着くはずだ。


 アーノルドは急いだ。


 エルを問い詰めねばならないからだ。




 魔石を盗られたからではない。

 エルがなぜこのような事をしたのか。

 なぜあんなに辛そうな顔をしながらアーノルドを謀ったのか。



 宿に着き、受付の者に話すと、エルの部屋に通される。


 ノックをすれば、「どうぞ」と、エルの声が返ってきた。


 無理矢理奪っていったにしては、いやにあっさりとしている。


 罠でもあるのかと警戒してしまう。





「入るぞ」


 そう言ってアーノルドが扉を開けると、室内からはヒヤリとした空気が感じられた。


 仄暗い部屋の中には、最小限の灯りしかない。


 エルが見えた。

 女性と共にソファに座っている。


 恋人だろうか、とても親密な距離だ。


 黒髪の女性は痩せ過ぎな程細い体をしていた。

 見えている腕には肉がついているようには思えず、伏せた顔はよく見えない。




 アーノルドは自分を騙しつつ女といたエルに、怒りを覚える。


「エル、お前…!」

「ごめん、アーノルド。本当に悪いと思っている」

 アーノルドが怒鳴りつけるより早く、エルは謝罪した。


 ソファに座り、女の横に居ながら、何がごめんだとアーノルドは怒る。


「謝るくらいなら、最初からやるな!何故俺を眠らせ、魔石を奪ったんだ?!」


 エルが目を伏せた。


「僕の目的の為にね。君は大事な約束があると話していたし、僕の目的が目的だから、話しても譲ってもらえるとは思わなかった。だから奪ったんだけど、すぐに後悔したよ。優しくしてくれたアーノルドを騙すなんて、魔石を奪ってからようやく我に返った」


 エルは泣いているようだ。


「だからこれは君に返そうと思って待っていたんだ」

 今更だけどと、魔石を差し出される。



「チームは解散してくれ。こんなことをした僕は、君と一緒にいられない。すぐにでも君の元から消えようと思う」


 愛おしそうに隣の女性を抱き締めた。


 アーノルドは異変に気づく。

 女性は動く事も声を発する事もしていない。



「エル、その人って…」

「僕の大事な人だ」


 そういうエルの声は寂しそうだ。


「聞いてくれるかい?僕が何故魔石を欲したのかを」



 アーノルドは女性を観察した。


 エルはただ寄り添っているのではなく、支えている。


 つまり一人では体を起こしておく事も出来ないのだ。


 病気なのか?

 それを治すために魔石を欲したのか?




「君とチームを組んだ時、僕は魔石の事なんて知らなかった。純粋に、これからの生活を保つために頑張ろうとしたんだ」


 優しく女性の髪を撫でる。


「僕は教会をクビになったんじゃない。本当は神殿にいて、自分の意志で飛び出したんだ。自死したように工作し、彼女と共に過ごすため神殿を離れた。」

 神殿は教会を統括する立場にある。

 そんな場所にいたエルは普通の神官ではない。


「モナは聖女として神殿に連れてこられた平民だ。無理矢理家族と離され、慣れない生活に苦しみながら聖女として頑張っていた」

 エルはそんなモナを支えていた。


「真面目で頑張り屋で泣き虫な彼女を、僕はすぐに好きになったよ。それまで会った、見た目だけで僕を好きになる女性とは、まるで違ったんだ」

 平民の星としてモナは一部の者に好かれていた。


 しかし、上の者は違った。


「僕達は内密に将来を誓いあった。僕は貴族で、将来は大神官となって聖女を支えることになっていたから、その時を待つだけだったんだけど、本心からモナを好きになっていた。なのに、彼女を聖女から引きずり落とそうと画策した者達が、現れた」

 エルの声が低くなる。


「彼女は偽の聖女だとされ、僕との婚約はなくなった。貴族出身の、金しかない女が聖女として奉られ、新たな婚約者とされた。力も慈悲もない、ただの女がだ」

 金とコネで地位を買ったのだ。


「僕は諦めなかった。モナを元の地位に戻そうと奔走し、事情を知った彼女の味方も力を貸してくれた」

 しかし、無慈悲にもそれは絶たれた。


「気づいた時には遅かった…彼女は毒を飲まされ、冷たくなり、僕が知った時には霊廟にいたんだ」



 エルは絶叫した。


 泣いて叫んで、喉が潰れるまで声を上げた。


「僕の婚約者になりたい女が言ったよ。『これで諦めもつくでしょ?』だって。本当に殺してやりたかった」


 エルは女性の髪にキスをする。

 長い黒髪はとても綺麗だ。


 聞きたい事は色々あるが、今はエルの話を、最後まで聞かねばならない。


 この部屋が寒いなのか、アーノルドは、体の震えが止められなかった。


「僕は最後の願いとして、モナと二人きりにしてほしいと頼んだ。何も出来ないと思われたんだろうね、誰も止めなかったよ。僕はすぐさま彼女を生き返らせようと魔法を使った」


 体の修復を試み、魔力を流し続ける。


「もう魔法が使えなくてもいいと、思って考えつく限りの構築式で彼女の回復を試みた。ただ、魂だけは戻せなかった」


 エルの手が光る。

 ビクリと彼女の体が跳ねるとゆっくりと立ち上がった。


 アーノルドは、思わず剣に手をかける。


 虚ろな目でアーノルドを見る彼女の目は、何も映していない。


「僕の魔力で動いているだけだ。本当の彼女じゃない…」

 エルが呼ぶとモナは振り返り、エルに寄り添う。


「その魔石で彼女の魂を取り戻したかった。でも、君を裏切ることはどうしても出来ない。だからもう、諦めることにしたよ」


 エルはモナの手を取り、荷物を持った。

 アーノルドにと袋を渡される。

 中にはお金が入っていた。


「少ないけれど、迷惑料だよ。受け取って欲しい。僕達はこれから二人でどこか静かなところへ行く予定だ。迷惑をかけてすまない、もう君の前に現れるつもりはないから安心してね」


「待てよ!何でそんな大事な事を黙ってて、そして勝手に決めるんだ!」


「アーノルド…」


 去ろうとするエルを止め、魔石を押し付けた。


「使え!」

「でも国王陛下と約束したって…」


 反古したとなれば、アーノルドは罰せられるだろう。

 下手したら命を取られるかもしれない。


「構わない、お前の方が大事だ。俺は故郷の王国を追放され、魔石を渡すかわりに復籍させてほしいと頼んでいた。でも、エルが幸せになるならば、そんな事どうでもいい」

「アーノルドの方も余程大事な事じゃないですか」


 これを持って行かなければ、アーノルドは二度と故郷に戻れない。



「エルの方が大事だっていってるんだ。それに俺にこれを渡したら、二人で死ぬつもりだったんだろ」


 エルは答えない。


「体の維持がもはや出来ていない。心中する気だったのか?」

 痩せぎすなモナの体は、エルの魔法だけでは充分ではない証拠だ。

 時間がない。



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