第5話 ざわめきの食堂

 まあ、そうもなりますわよね。


 食堂の一角、ルナリアが食事をしているテーブル。

 本来なら6人は座れるそこには、誰一人として近付いてこない。


 それどころか、近くのテーブルすら避けられている。

 ひそひそと、遠巻きに人のざわめく声がしていた。

 今まで中庭でリヒャルト殿下と昼食を取っていた人が、一人で食堂にいるのだ。

 噂の的にならない方がおかしいだろう。


 ですが、これだけ人目を集めているのなら作戦は成功ですわね!


 ルナリアは美しい姿勢で食事を取りながら、内心で拳を握る。

 食堂での食事の目的は、中庭にいるリーリエ・ソルアと顔を合わせないようにというのもある。

 しかし一番は、第三者の目を得るということだ。


 昼休みにルナリアは食堂にいた。

 ルナリアはリーリエ・ソルアに絡んでいない。


 そう、目撃させることが大事なのだ。

 そう、見せつけることが目的なのだ。

 この作戦は成功と言えるだろう。

 それに、今まで一度も食べていなかった食堂のランチを味わえたのも、良いことと言える。


 うちのシェフほどではありませんが、中々に美味しいですわね。


 ルナリアは、程よい酸味のソースが絡んだ肉を口に運ぶ。

 口の中でしっかりと肉の柔らかさを堪能して飲み込む。


 蕩けそうな美味しさですわ。


 今後起きるイベントについて頭を整理するのは、食事が終わってからにしよう。

 すっかり食事に夢中になったルナリアは、一旦問題を横に置いた。

 そうしてルナリアが舌鼓をうっていると、目の前に影が出来た。


 「あら、カナリエ様にローティ様、シェニーネ様。ごきげんよう」

 「ごきげん麗しゅう、ルナリア様」

 

 三人は揃って、ルナリアに挨拶をする。

 彼女たちは学園で仲良くさせてもらっている令嬢たちだ。


 真ん中にいるのは、カナリエ・リンフォーゲルテ侯爵令嬢。

 緑を一滴混ぜたような黄金の髪と、鈴を鳴らしたような声が美しい令嬢だ。


 ルナリアから見て右側にいるのは、ローティ・ケールヒェンテ伯爵令嬢。

 情熱的なオレンジの瞳は大きくて、小柄なことも相まってか愛らしい印象の令嬢だ。


 反対側にいるのは、シェニーネ・ナハティガルテ伯爵令嬢。

 落ち着いた緑の髪のように、優しく奥ゆかしい令嬢だ。


 「よろしければ、そちらにお座りになって」


 ルナリアが促すと、彼女たちは静かに着席した。

 食堂担当の学園メイドが、彼女たちの前に食事を並べていく。

 ルナリアも食事の手を止めて、それが終わるのを待った。


 「ルナリア様、お食事の途中に申し訳ありません」

 「気になさらないで。私たちの仲ではございませんか」


 4人でお茶会や食事会をしたことは何度もある。

 しかし、約束なく学園の食堂に集まることは初めてだ。

 なんだかこれって、とても学生ならではな気がする。


 こういうのも学園生活の醍醐味というものだったのでしょうね。


 ルナリアはそういったものには一切目を向けたことがなかった。

 いつだって、リヒャルト殿下のことで頭がいっぱいだった。

 いつだって、リヒャルト殿下のことを追い掛けていた。

 そうやってその他をないがしろにしてきたのだ。

 ゲームのエンディングのようになることも納得できる。


 いえ、大嘘ですわ。

 全然納得できませんわ。


 ルナリアは自分の思考に突っ込みを入れる。

 そういう生き方の何が悪いのか全くわからない。

 婚約者のことを第一に考えて行動するなんて、当然のことだろう。

 それを何故、疎まれなければならないのか。

 全くもって理解できない。

 ああ、それとも。


 殿下もこういう楽しみ方をしたかったのかしら?


 しかし、リヒャルト殿下は今日の昼休みもリーリエ・ソルアと中庭だ。

 殿下の求めていたものはいまいちわからない。

 ゲームの知識があっても、ルナリアにはさっぱりであった。


 「あの、ルナリア様」

 「なにかしら、カナリエ様」


 しまった、心ここにあらずでしたわ。


 そうルナリアは内心で慌てるが、3人は全く気にしていない。

 彼女たちもまた、それどころではなかったようだ。

 カナリエが、意を決した表情で口を開く。


 「リーリエ・ソルアをご存知ですか」

 「光魔法をお使いになられるという転入生でしょうか」

 「ええ、そうです」

 「面識はございませんが、お噂は耳にしておりますわよ」


 かちゃり、とスプーンと皿がぶつかる音がした。

 そんな粗相をしたのは誰か、なんて勘ぐりは入れない。

 ルナリアは、素知らぬ顔で食事を続ける。


 「では、彼女が殿方にばかり愛想を振り撒いていることも?」

 「まだ学園に慣れぬのは、仕方ないことでしょう」

 「そのようなレベルではありません!」

 「彼女は、席が隣だからと殿下にばかり擦り寄って!」


 ゲーム知識では知っていたが、同じクラスなだけではなく隣の席なのか。

 カナリエからの情報を、ルナリアは淡々と受け入れる。


 隣に転入生がいるのだから、殿下が放っておくわけがない。

 ゲームということを差し引いても、そこで声を掛けないのはあまりに殿下らしくない。

 殿下はいつだって慈愛に溢れているお方なのだ。

 それがよくわかって、大変喜ばしい。


 いえ、相手がリーリエ・ソルアなのはこれっぽっちも喜ばしくないですけど。


 「ヴィーセン様やカイト様にも気安くお手を触れて!」


 ローティが、悔し気に話す。

 彼女はカイト・ユスティガルドと同じクラスだ。

 今朝の魔法実技の授業で、さぞや思うことがあったのだろう。

 ゲームではカイトとの出会いイベント、そして魔法のチュートリアルを兼ねている。

 3名の男性が代わる代わる出て来ては話ができて、楽しい印象がある。


 しかしそれはあくまでゲームプレイヤーとしての話だ。

 実際に、人気のある男性たちが一人の平民女性を囲んでいるところを見てしまったら。

 おそらくルナリアは扇をへし折っていたかもしれない。


 「レーヘルン様にも面白がられておりましたし!」


 昼休みに入り、中庭へ行くときのことだろう。

 用事のあった王太子殿下とヴィーセンに先に行っているよう言われたリーリエ・ソルアは、一人で移動している。

 そこに、レーヘルンが声を掛けるのだ。


 本来なら、好奇心とルナリアからの依頼を持って。

 ゲームとは違い、ルナリアはレーヘルンと結託していない。

 それでも彼には彼の転入生への興味と好奇心がある。

 そのため出会いイベントは、無事に行われたのだろう。


 自分に簡単には靡かない女性を「面白い」呼ばわりして。


 本当にいけ好かない殿方ですわ。


 しかし、ルナリアはそれを口にしない。

 カナリエがレーヘルンに憧れを抱いていることを知っているからだ。


 勿論、カナリエも貴族令嬢だ。

 幼少時から決められた婚約者がいる。


 それはそれとして、カナリエはレーヘルンに憧れの気持ちを寄せている。

 彼女は前世でいうところの、ミーハーさんなのだ。

 アイドル的立ち位置に入る男性が、平民に興味を持っている。

 カナリエにとっては、憤慨ものなのだろう。


 「いくらマナーを知らぬ平民といえど、限度がありますわ!」


 温厚なシェニーネまで、強い語気で話している。

 間近でみるリーリエ・ソルアの行動は、彼女の目にすら余るのだ。

 本来のルナリアが釘を差して差して差しまくってしまうのも、当然といえよう。


 そうやって、三人が代わる代わるにリーリエ・ソルアの行動を伝えてくる。


 「どのように生きていたら、あんな生意気な口を叩けるのか不思議で仕方ありませんわ」

 「彼女が「ヴィーセンくん、ここ教えてほしいんだけど」なんて言い出した時は、耳を疑いました」

 「友人になれたと勘違いなさってるのではなくて?」

 「本当なら口すら聞けない身分なのに、わかってらっしゃらないのよ」


 んん、ゲームの簡単な会話で、そういう気安いものが多々あった気がしますわね。


 流石に殿下相手には敬語を使っていたが、それ以外は友人感覚だ。

 というか、攻略対象の方から友人として気安くしてよいと言われる。

 ヒロインは、それを素直に受け止めて友人として接するのだ。

 本人たちからしてみれば、勘違いでなく友人なのである。


 素直で可愛らしいといえば聞こえがいいが。


 ルナリアたちからしてみれば、ただの空気が読めない人だ。

 しかし、本人たちからしてみれば勘違いでなく友人なのだ。

 しかしルナリアがそれをわかるのは、ゲーム知識あってのこと。


 なのでルナリアは、何も言わずにスープを口に含む。


 「彼女が歩いていると、音が立つので遠くにいてもわかりますの」

 「それくらい可愛いですわ。私、階段を駆け下りているところを見てしまいましたのよ?」

 「まあ。どなたかにぶつかってしまったら、どう責任を取られるのでしょう」

 「どのような生活を送ると、あんなに粗野な女性になるか不思議で仕方ありません」


 隠さず真正面から不満を口にする辺り、相当ご立腹のようだ。

 

 まあ、お気持ちは痛い程わかりますわ。


 前世の記憶がなければ、ルナリアもそれに混ざっていただろう。

 まだ2日目だというのに、彼女の行動は目に余る。

 居るだけで目立つのに、行動を慎まないのはやはりヒロインだからなのだろうか。


 ルナリアは、憎らしさをスープと共に飲み下して微笑んで言う。


 「平民の過ごし方を知る、良い機会となりましょう」

 「ルナリア様!」

 「このまま彼女を見過ごすというのですか?」


 いえ、私も彼女にはお灸を据えたいのですけれども。


 そうは思うが、口には出さない。

 関わらないと決めたのだ。

 関わってはいけないのだ。


 リーリエ・ソルアの行動も問題だ。

 問題、なのだが。

 その先に待っている未来の方が、大問題なのだ。


 「民の成長を見守るのも、貴族の努めですわ」


 ルナリアが、ナプキンで口を拭う。


 「折角の料理が、冷めてしまいますわよ」


 この話はもう終わりだと促せば、3人は渋々食事を再開する。


 これで呼び出しイベントは回避できるかしら。


 そう、攻略対象4人との出会いイベントが終われば、次に待っているのは呼び出しイベントだ。

 今日の放課後、リーリエ・ソルアはルナリア・エスルガルテに呼び出される。

 そこで「弁えた行動を取りなさい」と叱責されるのだ。

 これ以上殿下に近付いたら容赦しないなどと脅しもしていた。


 しかし、そんなイベントは起こらない。


 何故なら、ルナリア・エスルガルテが呼び出す気がないからである。


 前世の記憶がなければ、確かに呼び出していただろう。

 ルナリアは、ゲームの記憶を辿る。

 前世で見たゲーム画面の行いはすべて知っている。

 あれをすべて行ったのかと思うと、苛立たしい。


 けれど。


 私は絶対、リーリエ・ソルアと顔を合わせませんのよ。


 これで破滅へのフラグは一つ減った。

 ルナリアは歌い出したくなるほど、気分が良かった。


 機嫌よく午後の授業も終えて、いざ帰ろうと昇降口へ向かった時だった。


 「リーリエ・ソルア。この後、お時間よろしくて?」


 『識って』いるその台詞が聞こえてきた。

 その台詞をいうルナリア・エスルガルテはここにいるというのに。

 呼び出しイベントは、なくなるはずなのに。


 そっと物陰に隠れて、声の方を伺う。

 そこには、カナリエを先頭にローティ、シェニーネの3人がいた。


 ど、どういうことですの!?


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