第4話 魔法実技のお時間です

 教室で、国の歴史についての授業を受ける。

 ルナリアの席は窓側で、そこからは魔法訓練場が見えた。

 そこに、きらりと輝く光が舞い降りる。


 殿下のクラスは、魔法実技の時間ですわね。


 訓練場に出て来たリヒャルト殿下を見て、ルナリアは頬を綻ばせる。

 今日も殿下は、凛々しい横顔をなさっている。


 いつもならもっと見つめているのだけれど。

 ルナリアは我慢して、教師の方へと目を向け直す。

 いずれ殿下と同じクラスのリーリエ・ソルアも出てくる。

 しかし、理由はそれだけではない。


 あの授業は、イベントの内の一つだ。


 魔法実技の授業は、2クラス合同で行う。

 なので、訓練場に出てくるのは殿下とヴィーセン様とリーリエ・ソルアだけではない。

 もう一人の攻略対象が、出てくるのだ。

 これはヒロインとの出会いイベントの一つだから、回避不可能のイベントである。


 カイト・ユスティガルド。

 代々騎士団長を輩出してきたユスティガルド侯爵家の長男。

 ヒロインから見て隣のクラスにいる彼との出会いイベントが、今日の魔法実技の授業である。


 そして、訓練場で3人の男性に囲まれて笑っているリーリエを、ルナリアは窓から見下ろしている。

 

 この授業の後、リーリエはルナリアに呼び出されるのだ。

 殿下との昼食を邪魔したことや、殿方に囲まれて喜んでいるところを怒られる。

 平民のくせに生意気なのだと、怒られる。

 そうして、扇ではたかれる。

 

 まあ、昨日の私は昼食の場におりませんでしたし。

 それに、今日も授業を見下ろしていませんので。

 リーリエ・ソルアがどんな顔をして3人と会話しているのかなど、知りようもないのです。


 訓練場から、わっと声が上がる。

 今、魔法を使ったのは誰だろうか。

 カイト様だろうか。

 それとも、殿下だろうか。


 殿下の魔法であれば、見たかった。


 ご本人の清廉なる御心のごとくに澄み渡った水魔法。

 太陽の光を反射してキラキラと輝く水は、大変殿下にお似合いである。

 世界で一番美しいのが殿下であるならば。

 世界で二番目に美しいのは殿下の水魔法である。


 ルナリアは、殿下の活躍を見られなかったことに肩を落とす。


 しかし、これはイベント回避のためにも必要なこと。

 私が訓練場を見つめずに、授業に集中していたという事実が必要ですわ。


 ルナリアは、顔を窓に向けたい気持ちを必死に抑える。


 ああ、悔しい。羨ましい。憎らしい。


 リーリエ・ソルアは、その美しい魔法を間近で見ているのだ。

 悔しくて羨ましくて憎らしくて仕方がない。


 だからと言って、教室から彼女を睨みつけることはできない。

 彼女を呼び出すこともできない。


 彼女から逃げて、破滅の運命からも逃げ延びて見せると誓ったのだ。


 だから。


 ルナリアは、ペンを握る手に力を入れる。


 この鬱憤は、後程の授業ですべて発散させていただきますわ……!





 さて、次の授業時間。

 今度は、ルナリアのいるクラスが魔法実技の時間である。


 この世界の人々は、魔法が使える。

 貴族はその血筋と魔力の強さを持って、民を守る義務があると教えられている。

 なので、貴族の子女は幼い頃から魔法の制御について教育を施される。

 そして更に精度を上げるための高等な教育を、学園で受けるという風習になっている。


 魔法には、5つの属性がある。

 水・風・火・雷・土の5つの属性だ。

 まあ、属性外の魔法としてヒロインの『光魔法』と闇の帝王の使う『闇魔法』があるのだが。

 千年に一度生まれる乙女ゲームのヒロインでもない限り、5つの属性のいずれかを使える。


 使える属性は、1人1属性だ。

 魔法には適性というものがあり、適正のない魔法は使えない。


 殿下は水魔法を。

 ヴィーセン様は風魔法を。

 カイト様は火魔法を。


 先程の授業で、披露したはずだ。


 そして。


 「次、ルナリア・エスルガルテ」

 「はい」


 名を呼ばれたルナリアは、列の前に出る。

 練習用の的まで3メートルの位置に引かれた線の上に立つ。

 そして、的を目掛けて手を伸ばす。


 ルナリアの周囲から、土が浮んだ。

 その土は先の尖った塊へと形を変えていく。

 石と間違う程に固く固く研ぎ澄まされた土の塊を、的に向けて発射する。


 土の塊は、的の中央を突き破った。


 「流石の精度と威力ですね」

 「恐縮ですわ」


 教員から賛辞の言葉を受け取ると、ルナリアは訓練場の隅へと移動する。

 的を壊すことが今日の授業の課題だ。

 それが出来てしまえば、後は自由時間なのである。


 ルナリアは、他の生徒の魔法を観察する。

 人が魔法を使っているところは、とても参考になる。

 その人の反省点を自分に置き換えて考える。

 良いと思ったことは取り入れていく。

 そうやってルナリアは、他の生徒の魔法を観察する。


 「次、レーヘルン・バルムヘルテ」

 「はあい」


 嫌な男の名前と、返事が聞こえた。

 ルナリアは顔をしかめる。


 そういえば彼、隣のクラスでしたわね。


 合同授業は全て被るのかと、思わず溜息を漏らした。


 「ほいっと」


 レーヘルンが軽い声で、指先から電撃を飛ばす。


 「君の心に恋の雷を落としちゃうぞ、なーんてね」

 「きゃー!」


 そう女性たちの方へ指先を向けると、黄色い声が沢山あがった。


 あれのどこにそんな騒ぐ要因がありますの……。


 ルナリアは、げんなりとする。

 しかし、殿下に「俺に溺れさせちゃうよ、なんてね」とか言われたらどうだろうか。

 黄色い悲鳴を上げながら卒倒する自信が、ルナリアにはあった。

 なんだったらもう既に溺れている。


 しかも、殿下なら少し照れながら仰られるんでしょうね。


 照れくさそうにはにかんだ顔は、きっとそれこそが私の胸を打ち落とす雷になるだろう。

 ああ、殿下の雷に痺れてしまいたい。


 「やあ、ルナリア嬢」

 「……」


 折角素敵な妄想に耽っていたというのに、水を差された。

 レーヘルン様はなんだって私に絡んでくるのだろうか。

 

 「俺の魔法、見ててくれた?」

 「ええ、それは当然、授業ですもの」


 他人の行動から学ぶのもまた勉強だ。

 折角の授業時間、有効に使うのは当たり前である。

 今だってレーヘルンと話してはいても、ルナリアの目は課題に奮闘する生徒の方へ向けられている。


 「じゃあ、転入生ちゃんの魔法は?」

 「はい?」


 どうしてここでリーリエ・ソルアが出てくるのだろうか。


 「さっき、窓からあの子の魔法見てさ。俺びっくりしちゃった」


 確かに、希少な光魔法だ。

 それはきっと、随分と見応えのあったものだろう。


 ゲーム内スチルなどでそれっぽいものを見たことはある。

 しかし、あれは静止画だ。イラストだ。

 実際の光魔法を、リナリアは見たことがない。


 そう考えると、一度見てみたかったですわね。


 うーん、とルナリアは唸る。


 好奇心を取るか。

 破滅エンド回避を取るか。


 いえ、そんなの考える間もありませんわよ!


 ルナリアは一瞬、好奇心に負けそうになった自分に内心で突っ込みを入れる。


 折角の知識とて、死んでしまっては使うことができません。

 ならば私は、リーリエ・ソルアとの接触は避けて、生き延びるしかありませんのよ。


 「ね、ルナリア嬢」


 ルナリアは、横から掛けられた声に驚く。

 すっかり自分の思考に耽っていたが、そういえばレーヘルンがいるのだった。


 「なんでしょう」

 「だからさ、何も思わなかったの? って」

 「……話が見えませんわ」

 「またまたしらばっくれちゃって」


 レーヘルンが笑う。


 「転入生ちゃんと王太子殿下が仲良さげだったけど、何も思わなかったのって聞いてるんだよ」


 ルナリアは、レーヘルンへ顔を向ける。


 「彼女はまだ、学園に詳しくないでしょう。ならば、それを支えることは生徒会長としてご立派だと思いますわ」

 「それ、本気で言ってるの?」

 「他に何を言う必要がありますの?」


 それとも、とルナリアは目を細める。


 「まさか、己の授業に身を入れず他のクラスの授業を眺めていたことを叱ってほしいだなんて、幼子のようなことを考えてらっしゃいますの?」

 「はあ? そんな話してないでしょ!」

 「だって、レーヘルン様は見てらっしゃったのでしょう? 授業に集中していて暇のなかった私と違って」


 くすりと笑えば、レーヘルンが嫌そうに眉をひそめる。


 「折角俺が、結託を提案しにきてあげたってのに」

 「結託ですか?」

 「そう。俺が転入生ちゃんを惹きつけたら、君は殿下との時間を邪魔されずに済むでしょ?」


 なるほど。

 確かに、リーリエ・ソルアがいるせいで殿下とお会いできていません。

 彼が惹きつけてくださるのならば、安心して会いに行けるというもの。

 でも。


 「お断りしますわ」


 ルナリアは『識って』いるのだ。

 彼がリーリエ・ソルアに絆されて、ルナリアを悪く言うことを。

 自分だって下心満載で近付いたくせに。

 「しかも引き離すように頼まれたんだ」なんて泣きつくんですわよね。

 ええまあ、実際頼んでいてもおかしくはないのですけれども。

 

 それでリーリエ・ソルアを引き剥がせるのならば、安いものだ。


 それでも、ルナリアは賛同しない。


 このルナリア・エスルガルテは、リーリエ・ソルアに何もしない。


 「ああ、それとも」


 ルナリアは、口元を手で隠す。


 「私という口実がないと、声もかけられないのかしら」


 レーヘルンが、舌打ちをする。


 「人の優しさを受け取れないのは、君の美しくないところだね」

 「私に贈り物をして良いのは、リヒャルト殿下だけですわ」

 「はいはい、今日のところは引くけど」


 レーヘルンが、降参というように両手を上にあげる。


 「その意地が、君の首を絞めないといいけれどね」


 そう言い残して、レーヘルンは女生徒の集団の中へと入っていく。

 嬉しそうに顔を緩ませるレーヘルンと女生徒たちが見えた。

 中には、腕を絡ませている女生徒もいる。

 彼女、婚約者がいるのではなかったかしら。


 「はしたないこと」


 ルナリアは、課題に取り組む生徒たちへと視線を戻す。


 一体、何がどう私の首を絞めるというのかしら。


 前世の記憶が戻って居なかったら、確かに首を絞めていたかもしれない。

 破滅エンドに向かって意気揚々と歩いていたかもしれない。


 けれど、今のルナリアは違う。


 私の意地は、生き延びることだけですわ。


 そのためにも、レーヘルンともなるべく関わらないように立ち回ろう。

 元々、あまり関わりたくない人種である。

 ルナリアは、そう改めて思う。


 あと、直近で気を付けなければならないイベントは何かしら……。


 そうルナリアが考えようとした時だった。


 授業の終わりの合図が出される。


 もうそんな時間ですのね……。


 さて、この後は昼休みだ。

 考え事の続きは、食堂で食事しながらにしよう。

 ルナリアは、訓練場を後にした。


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