第6話 なんで私以外に勝手に呼び出されてますのよ

 放課後。

 屋敷に帰ろうとしたら、リーリエ・ソルアが私以外に呼び出されておりました。

 何故ですの。


 呼び出しイベントの首謀者になるはずであったルナリアは、混乱する。

 混乱している間に、カナリエたちがリーリエ・ソルアを連れて移動を始める。

 校舎裏に行くのだ。


 ルナリアは、迷う。


 このまま、何も知らなかったフリをして帰るべきか。

 あの4人を追いかけて、止めるべきか。


 しかし、リーリエ・ソルアを助ける義理はない。

 叱責されてもおかしくないことを、彼女はしているのだ。


 では、見知らぬフリで帰ろうか。

 そうだ。

 ルナリア・エスルガルテはリーリエ・ソルアに関わらないことにしたのだ。

 彼女と一切顔を合わせず、ヒロインと破滅エンドから逃げ切ってみせるのだ。

 そう、自分で決めたのではないか。


 しかし、ふと、ルナリアは考える。


 これ、まさかカナリエ様が闇落ちするなんてことありませんわよね?


 ルナリアがヒロインから逃げて、負の感情を溜め込まず『闇の巫女』にならないとする。

 しかし、『闇の巫女』がいないと『闇の帝王』が復活できないとするならば。

 それならば、代わりに『闇の巫女』となれる存在を探すのかもしれない。

 そうして目を付けられたのが、カナリエ様だとしたら?

 私の代わりに、カナリエ様が悪役令嬢の役を担わされるのだとしたら?


 カナリエ様が『闇の巫女』となって倒される運命に変わろうとしているとしたら?


 それって、私のせいですわよね!?


 自分のせいで学友が破滅の道を行くなど、寝覚めが悪すぎる。

 大切な友人が死んでしまうなんて、そんなのは嫌すぎる。

 友人を見捨てるなんて、そんなことできるわけがない。


 だからといって、私だって死ぬのはごめんですわよ!


 友人を助けようとリーリエ・ソルアに近付けば、自分が破滅するだけだ。

 一体、どうすれば円満に卒業を迎えられるのだろうか。

 ルナリアは頭を抱えた。


 うう、こうなったら仕方ありませんわ!


 考えることは後回しだ。

 ルナリアは、見つからないようにこそこそと4人を追い掛けた。





 「貴女、ご自分の立場はわかっていらっしゃって!?」


 4人を追いかけて辿りついた校舎裏。

 記憶にある台詞をなぞるかのような言葉が聞こえてきた。

 物陰に隠れて、ルナリアは言葉が聞こえてきた方を覗く。

 悪役令嬢がヒロインを呼び出し、叱責するシーンそのままである。


 ああ、そういえばスチルもあった気がします。

 つまり今、私が描かれているはずの場所にカナリエ様がいらっしゃるということ?

 それはちょっと、見てみたい気もしますわね……。


 と、余計なことを考えたくなるほど、イベントの通りに事が進んでいる。

 そうすると、この後に出てくるのはヴィーセンである。

 不穏な空気を嗅ぎつけたヴィーセン・モルガルテが、リーリエ・ソルアを助けに来るのだ。

 

 彼に見られるということは、リヒャルト王子に見られると同義である。

 会長補佐でもある彼は、学園で起きた問題を全てリヒャルト王子に報告するのだ。


 ゲーム本編であれば、ヴィーセンに叱責されたルナリアが歯噛みしながら退却する。

 そしてリーリエ・ソルアとヴィーセンはまた一つ、仲を進展させるのだ。

 これは、そういうイベントである。

 悪役令嬢がお披露目され、親密度アップのだしにされるイベントである。

 あらまあ、憎らしいこと。


 ヴィーセン様が来る前に私が間に入る……いえ、誤解を生む気がしますわ。


 止めに入れば、カナリエたちには平民を庇う公爵令嬢に見えるだろう。

 それはまったくもって、心外である。

 ルナリアとて、出来ることならリーリエ・ソルアを叱りたい。

 罵ってそしって、道理をわからせたい。


 いえ、そんなことはしませんけれども。


 そして何よりもの懸念は、ヴィーセンの存在である。

 もしも間に入っている最中に彼が来てしまったら。

 確実に、ルナリアが首謀したと勘違いされる。


 そもそも、リーリエ・ソルアと面識を作りたくなくってよ……?


 ルナリア・エスルガルテとリーリエ・ソルアは、面識のないまま一年を経過させなくてはいけない。

 今ここにいるのだって危険だ。

 万が一にも見つからないようにしなくてはいけない。


 「君たち、そこで何をしているんだ」


 びくり、と体が跳ねた。

 ルナリアが隠れている場所と反対の方面から、ヴィーセンが現れた。


 よかった……間に入っておりましたら完全に鉢合わせするところでしたわ……。


 ひとまずルナリアは安堵の息を漏らす。

 このまま隠れて様子を見守ろう。

 ルナリアはそう決断する。


 「リーリエ様と、少しお話し合いをしていただけでございますわ」

 「一人を複数人で囲んでいる様子は、とても建設的な話し合いをしているとは見えないけれど」

 「囲んでいるわけではありませんわ。私たちはきちんと、彼女に状況を知ってもらおうと説明していただけでして」

 「説明ね。その割には随分と汚い言葉を選んでいたように思うけれど」

 「そんなことは……」

 「彼女が平民だから、何しても許されるとでも思っているのだろうか」


 ヴィーセンが、強い眼差しでカナリエたちを見る。


 「彼女がこの学園の生徒である以上、立場は対等だ。それは生徒会長の意向でもある。よく覚えておいた方がいい」


 誤解ですわ、ヴィーセン様。

 別にいじめてるわけではございませんのよ。

 ただあまりにも貴族令嬢らしからぬ行為を続けるから、教えて差し上げてるだけですのよ。


 だって彼女、平民だから何もお分かりではないでしょう?

 立場が対等であるならば、きちんとマナーをお分かりいただく必要があるのではなくて?

 誰かが教えて差し上げねば、恥をかくのはリーリエ・ソルアでしてよ。

 それとも、ヴィーセン様が教育なさってくださるのかしら。


 そんなことを言ってしまいたいけれど、それは火に油なのだ。

 攻略対象たちから見たら、女生徒たちの行為はただのいじめなのである。

 いえ、まあ、あまりにも話を聞かないものだから、いじめに発展しますけれども。

 そりゃまあ、あまりにも癪に障る方なものだから、いじめに発展しますけれども。

 今の時点では、まだ忠告の範囲……だと思うのですが。


 そうは見えないから、ヴィーセン様は背後に庇っているのだろう。

 だから彼女たちに「これが淑女のやり方なのか、嘆かわしい」などと言っているのだろう。


 嘆きたいのはこちらですのよ、ヴィーセン様。

 

 しかし、女生徒たちの思いが彼に伝わるわけもなく。

 カナリエ様たちは涙目で、その場を去っていった。


 「ありがとう、ヴィーセンくん」

 「いや、僕は当たり前のことを言っただけだから」


 癪に障る声が聞こえた。

 ゲームでは、ヒロインの声なんて入っていない。

 だから、リーリエ・ソルアの声を知るのはこれが初めてだった。


 ああ、声を聞いただけでこんなにも虫唾が走る。


 今すぐ彼女の元に走っていって、その口を縫い付けたい。

 縫い付けて、二度と喋れなくさせてやりたい。

 いやそんなことをしている場合ではないと、ルナリアは頭を振って思考を切り替える。


 見つかる前に、さっさと逃げなくてはいけませんわね。


 リーリエ・ソルアを慰めるヴィーセンの声を背後に聞きながら、ルナリアもその場から離れた。





 無事、誰にも見つかることなく通学用の馬車に乗り込んだルナリア。

 やはりゲームが始まったばかりでイベントが多い。

 相次ぐイベントに、ルナリアは疲労のため息をついた。


 しかし、困りましたわね。


 イベントは、滞りなく発生した。

 ルナリアが呼び出しをしなくとも、滞りなく発生してしまった。

 悪役令嬢がすげ替えられてしまったのだ。


 ヒロインから逃げるだけでは、駄目なのでしょうか……?


 いや、ルナリアが生存するというだけであればこれほど助かることはない。

 闇にそそのかされることがなくなるのだ。

 悪役令嬢の役目から降りれるということだ。


 しかし。


 友人が破滅するとわかっていて、見過ごすのはどうなのだろうか。

 友人が破滅するとわかっていて、見捨てるのはどうなのだろうか。


 そんなもの、真の淑女からは程遠い。


 私はエスルガルテ公爵家の一人娘、ルナリア。

 私はリヒャルト王太子殿下の婚約者、ルナリア。


 で、あるならば。


 誰よりも立派な淑女でなくてはならない。

 淑女の見本として、胸を張って立っていなくてはならない。


 少しも、その存在を揺るがせてはならないのだ。


 友人を見捨てるなど愚の極み。

 ならばルナリアがやるべきことに、悩む必要はない。

 ヒロインと一切顔を合わせずに、逃げきる。

 友人が破滅しないように、支えていく。


 やるべきことなんて、たったのそれだけだ。


 「ほほほ、簡単ですわね!」


 ルナリアは、誰もいない馬車の中で扇で口を隠して笑う。


 変に頭を悩ませる必要なんて、ないじゃないか。

 ルナリアが目指すものは、いつだって一つだけだ。


 私は、ルナリア・エスルガルテ。

 三大公爵家が一つ、エスルガルテ家のひとり娘。

 ライズルト王国第一王子、リヒャルト王太子殿下の婚約者。


 その立場に恥じない、立派な淑女を目指すのみである。


 それ以外にするべきことは、何もない。


 例え、将来殿下のお心が離れるとしても。

 例え、将来殿下のお隣に居られなくとも。


 ルナリア・エスルガルテは、理想の淑女であり続けなければいけないのだ。


 だってまだ、婚約は破棄されていない。

 殿下の顔に泥を塗ることは、許されない。


 愛しき殿下のお力になるために。


 強欲に、大胆に。

 煌びやかに、華やかに。


 何一つ、取りこぼしはしない。


 自分も、友人も、破滅エンドから守り抜いてみせる。


 「私は、ルナリア・エスルガルテ。すべてを手に入れる女ですわ!」


 どちらか一方を諦めるなどしない。

 何も諦めない。


 逃げて、守って、勝ってみせる。

 それだけだ。


 そう、何も諦めなどしない。


 殿下のことだって、諦めたわけではない。

 リーリエにくれてやる気などさらさらない。


 将来、お心変わりされるかもしれないとしても。

 その瞬間まで、ルナリアは戦い続けるのみだ。


 「ふふ、楽しみですわ」


 やっと、週末だ。

 殿下との定例お茶会のある、週末がやってくる。


 学園で殿下に会えなかった分を取り戻さなくては。


 ルナリアは、気合いと嬉しさを混ぜて、口端を上げる。


 「週末は、思いっきり殿下を堪能いたしますわよ!」


 誰もいないのをいいことに、ルナリアは高らかに宣言するのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


面白い! 続きが読みたい! と思ってくださった方は、

下↓↓↓にある♡か☆を押してもらえると、とても励みになります!

コメントもいつでも大歓迎です♪

よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る