第6話 接近するエクソシストと吸血鬼

 夜――ジェームズは目を開けたまま、眠れずに横たわっていた。


 エイプリルは、ジェームズが非常食としてストックしていたカップラーメンを食べるとゴミをそのままテーブルに置いて、ベッドで眠りについたようである。


 ジェームズはだるい体を動かして、容器を洗った後、ゴミ箱に捨てた。

 冷蔵庫に入れていたビンの中身は全てエイプリルが捨ててしまった。

 ひどい喉の渇きを覚えている。


 昨日から、二日間も晩酌をしていない。

 そのせいか、体に力が入らなかった。


 唐突に、昼間に会ったヘンリーという若者を思い出す。


「唯一の手がかり、か」


 ジェームズは一人、家の外に出て行った。



 ◆



 エイプリルは、ジェームズが出て行く玄関の音で目を開いた。

 彼女とて、眠っていたわけではないのだ。

 傍らのヴィシーを見ると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。もっとも、この使い魔はいつも何かしら笑っているのだが。


「ジェームズ・アーカーが外に行ったみたいね。散歩かしら」


 ポツリとそう言うが、ヴィシーは答えない。元々この使い魔にはさほどの期待はしていない。エイプリルの行動は既に決まっていた。

 ジェームズ・アーカーに続くように、玄関を出た。


 行く場所は分かりきっている。


 しっかりとした足取りで進み、あるボロいアパートの前で立ち止まった。先程、ヘンリーを送っていった建物だ。


 エイプリルがヘンリーを家に帰らせたのには訳がある。

 「唯一の手がかり」を自分の目の届く場所に置いておくことと、姿を見た彼の元に吸血鬼が現れるのではないかという期待があったためだ。


 吸血鬼たちは、自分の姿を見た者を、決して許さない。


「上手く、エサに食いつくといいけど」


 小さく呟いた後で、エイプリルはアパートの向かいの建物の屋根の上に登った。


 向かいから、二階にあるヘンリーの部屋を覗くと、ベランダに面した大きな窓は開け放たれており、部屋の明かりをつけ、ベッドに座って何かを見ている。誰かと話しているかのような格好だ。


(いや、違うわ!)


 エイプリルはすぐさま使い魔を呼ぶ。「ヴィシー!」と叫ぶと、それは翼を広げ、どんどん大きく膨らませていった。

 人ひとり乗れる大きさになったところでエイプリルが飛び乗る。


「出遅れたわ! 吸血鬼が先に入ってる!!」


 ヴィシーはエイプリルを素早くヘンリーの部屋の窓まで運び、エイプリルは窓から部屋へとするりと侵入した。

 ヘンリーはエイプリルを見て叫ぶ。


「あ、ああ、あんた! 奴が俺を追ってきた!!」


 部屋の中には、ヘンリーの他にもう一人いた。だが、彼の友人には見えない。


 黒いマントに身を包み、帽子を目深に被った背の高い人物が立っていたのだ。

 オペラ座の怪人のようなマスクを被り、唯一見える目は赤く血走っていた。


(……不気味な奴! からかっているんだわ。)


 エイプリルはそいつの異様な出で立ちに面食らい、一瞬だけ出遅れてしまった。


 吸血鬼は、それを見逃さなかった。

 さっと猫が木に登る前の様に身をかがめると、窓の外に飛び出す。


「吸血鬼め……! 逃さないわ!」


 エイプリルは、スカートの下に隠していた銀のリボルバー式拳銃を素早く取り出した。

 特注品の純銀製の拳銃は手のひらにズシリと重い。有無を言わずに、吸血鬼めがけて弾を撃ち込んだ。


 一発目、ベランダから外に飛び降りようとしていた吸血鬼はひらりとかわす。

 マントにかすり、穴が空いた。


 すぐさま、二発目を放つ。


 しかし、それもかわされてしまう。

 吸血鬼はエイプリルを仮面の奥から見据えると、三発目を放つ前にベランダから、飛び降りた。


 エイプリルはすかさずベランダから外を見る。

 走る吸血鬼めがけて、続けて三発を撃ち込む。


 これは、吸血鬼の体の一部に命中したようだ。が、吸血鬼は止まる事なく逃げ続ける。


 エイプリルもベランダから飛び降りるが、吸血鬼の姿はもうどこにもなかった。

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