第7話 捕獲

「くそ……! 取り逃がした!」


 エイプリルは、窓から再びヘンリーの部屋に侵入した。

 ヘンリーは、ベッドの上で腰を抜かしていたようだ。恐怖を顔面に張り付かせ、そのままの状態でエイプリルに尋ねてきた。


「な、なあ、あいつ、倒したのか?」


 エイプリルは、爪を噛みながら眉間に皺を寄せた。


「いいえ、かなり素早いやつで、取り逃がしたわ」


「じゃあまた俺のとこに来るって事かよ!! くそっ、あんた、クソなんとかっていうんだろ!! 俺を守ってくれよ!!」


 ヘンリーは恐怖で怒鳴りつけるが、エイプリルは怯まずにぴしゃりと言った。


「おだまり! 普通なら信じるはずのないあなたの話を真剣に聞いただけでも感謝して欲しいわ。それに、クソじゃなくてエクソシストよ! 間違えないで」


 自分より五歳は下に見える少女の迫力に、ヘンリーは気圧され何も言えない様子だ。


「それに、目星はついているのよ。そいつは善良な市民のフリをして、人を襲っている。許せないわ。大丈夫よ、ヘンリー。もう二度とあなたを襲わせたりしないわ」


 エイプリルのしっかりとした口調に、ヘンリーは落ち着きを取り戻すとともに、自分の態度を恥じた様だった。

 ふう、と一息つくと言った。


「さっきは悪かったよ、大声を出したりして。こ、怖かったんだ。でも、驚いた、あんた、勇敢なんだな」


 素直なヘンリーの言葉にエイプリルはにっこりと笑う。


 と、その時だった。



 トトン、トトン、トトン



 何者かが外の階段を登ってくる不規則な音が聞こえた。

 エイプリルとヘンリーは思わず顔を見合わせる。

 そして、



 ドンドンドン!



 ヘンリーの部屋のドアが激しく叩かれる。


(まさか、吸血鬼が戻ってきた?)


 先ほどの恐怖を思い出したのか、ヘンリーの体はガクガクと震え、エイプリルにしがみつく。

 しかし、次に聞こえた声に、彼は安心したようだ。


「俺だ! 昼間のジェームズ・アーカーだ! ヘンリー、大丈夫か!?」


「あ、ああ! 今、鍵を開けるよ……!」


 しかし、ヘンリーが立ち上がろうとするのを、エイプリルが制した。

 手はヘンリーの前で待てのポーズをとりながら、目は厳しく玄関に向ける。


「ジェームズ・アーカー刑事。随分タイミングがいいわね?」


 突然聞こえたエイプリルの声に、ジェームズは困惑したようだった。


「お嬢ちゃんか? なぜ、ここにいる!」


「あなたこそ、なぜここへ?」


「俺は、散歩で裏を通りがかったら、ヘンリーの家の方で大きな音が聞こえたんで、気になってきたんだ。ここを開けてくれ! ご近所さんに、変な目で見られちまう」


 確かにジェームズはたった先ほど、ここへ到着したのだから、吸血鬼の姿も、エイプリルがいることも知る由はない。


 しかし、扉を開けるように頼むジェームズに、エイプリルは心の中で思う。


(しらじらしいわね……)


「そう言えば吸血鬼は、招かれないと家の中に入れないなんて話があったわね」


 エイプリルはボソリと呟くと、玄関に近づいて行った。


「それは、結局迷信なんだけど、ジェームズ・アーカー刑事。あなた、いつ足を怪我したの?」


 エイプリルは問いかける。

 こちらに向かう足音に、片足を引きずるような音が聞こえたのだ。


 扉の向こうで息を飲む声がした。


「……よく、わかったな。足は、さっき散歩中に野良犬に噛まれたんだ」


「偶然ね。私もさっき、吸血鬼の足を撃ち抜いたのよ」


 部屋の真ん中でへたりと座り込み、二人の会話を黙って聞いていたヘンリーも、流石にエイプリルがなにを言わんとしているかが分かった。


 しかし、まさか。


 ジェームズはため息をついたようだった。


「いい加減にしてくれないか。俺は間違いなくジェームズ・アーカーだ。疑うなら、覗き穴から覗いてみろよ」


 挑むような口調のジェームズに歴然とした態度でエイプリルは言った。


「いいえ。あなたがジェームズ・アーカーである事は疑っていない。ただ、と確信しているのよ」


 エイプリルはドアノブに手をかける。


 「ちょっと、開けるのかよ!?」と言うヘンリーの声を無視して、ガチャリ、とエイプリルは扉を開ける。

 その手には、銀色の拳銃がしっかりと握られていた。


 扉の向こうには、酷く怖い顔をしたジェームズ・アーカーが立っていた。


 いつもなら後ろに流している髪の毛はボサボサとまとまりなく、目の下にはクマがある。

 左足から流れた血が、廊下に赤い点々を描いていた。


 エイプリルに拳銃を突き立てられながらも、ジェームズは口の端を片方だけあげて冷静に言う。


「なぜ、俺が吸血鬼だと思うんだ」


 口調は困惑していたが、その目は異常にギラギラと光っている。


「あなたの態度、初めからおかしかったわ。私を見て、怯えるんですもの。オカルト嫌い、以上にね」


 エイプリルは拳銃を突き立てたまま、一歩進む。

 反対にジェームズは一定の距離を取るように、一歩下がる。


「あなたの冷蔵庫にあったビン。今、調査機関の結果待ちだけど、中身は人の血液ね? ヘンリーを部屋に戻して、あなたが襲うか確かめたかったのよ」


 ヘンリーの、「ひどい!」と言う喚きは無視してエイプリルは話を続ける。


「結果として、あなたはここへ、二度も来た! 動きようのない証拠だわ。ヴィシー!! 縛り上げて!!」


 エイプリルが使い魔の名前を叫ぶと、ヴィシーがどこからともなくやって来て、体を紐のように伸ばすとジェームズの胴体を何重にも縛り上げた。


「これで連続殺人はお終いよ、吸血鬼!! あなたが最後に見るのは、この私に退治される光景だわ!」


 そう言って、エイプリルがジェームズに向かって銃の引き金を引こうとした瞬間である。

 ジェームズは、自力でヴィシーの体をバチンと引きちぎると、紐状態のヴィシーをエイプリルに投げつけた。


 エイプリルは一瞬怯むが、なおもジェームズに銃を撃ち込む。

 ジェームズは、引き金が引かれる瞬間に避けるが、弾は右肩を貫通したようだ。


「ぐっ……!」


 激痛に短く呻き、ジェームズはよろける。


「沢山の人を、分別なく襲うなんて。吸血鬼にはそれなりの美学があると思ってたけど、お前はダメね。餌にがっつく飢えた犬のようだわ」


 エイプリルはジェームズにまた一歩近づく。

 ジェームズの目は、エイプリルを捉えようとするが、次第に焦点は定まらなくなっていく。


「血が、足りないようね?」


 エイプリルが来てから、彼は碌に食事をしていないのだ。体に力が入らず、小刻みに震えているようだ。


「お前には、聞きたいことがある。だからまだ、殺さない」


 ジェームズが気絶する前に最後に見たのは、怯えた顔のヘンリーと自分を見下ろす、ひどく憎しみに満ちたエイプリルの目だったに違いない。

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