第8話 オレガの流儀

「これ凄く美味しいです!」


 オレガの声に夕食を作ってくれた二人は嬉しそうな顔をする。


「ムフフフ……少年はうまそうに食うネ」

「作ったかいがあるわねぇ」




 そんな会話の後、シャベリン・ジャベリンが出てくるであろう深夜まで交代で見張りに付いた。


 流石サカリナ姫の近衛隊だけあって任務となると顔付きが変わる。最初は嫌々出発した面々だったがいざという時は頼もしいと感じるオレガであった。


「オレガ君」

「はい隊長」


 今はメノシータとオレガが周辺の哨戒にあたっている。姫様は天幕内で休んでもらっていて、シャベリンが出てきたら起こす手筈。


「……怖くはありませんか?」

「え?」


 少し口篭る隊長に一瞬何を言われたか分からない顔のオレガ。


「戦うのが怖くはありませんか?」


 少し言い方を変えた彼女の声は自分を心配しているのだと悟る。


「怖くないと言えば嘘になりますが、騎士学校に行ったのはそもそもこういう事に憧れがありましたから」

「そうですか」


 いまいち納得いっていない隊長にオレガは慌てて続ける。


「相手も自分達人間を食べますし、自分達も相手を食べますし、そこには弱肉強食の基本があるというかですね……だから」

「そうですね。相手も必死、我々も必死という事ですね」


 一つずつ彼の言葉をメノシータは噛み締めながら聞いていた。


「それに」

「それに?」


 オレガは少しだけ遠い目をして本心を覗かせる。


「人間よりは遥かに戦いやすいです」


 その言葉の深淵を知っているかのようなメノシータは心の中で大きく同意する。


「えぇ、ごもっともです」


 長らく戦争に身を投じてきた彼女は空に輝く星々を見ながら散っていった戦友達に思いを馳せる。

 オレガから聞きたかった言葉は終ぞ聞けなかったけど、いつか彼が心を開いてくれると信じて。



「――っ! オレガ君」

「……はい、隊長」



 会話の後、少ししんみりした雰囲気で捜索していたらメノシータが小声になる。それは標的との遭遇を意味しオレガも体に力を入れる。


 おおよそ三十メートル先に木とは別の黒い何かがいる。


 彼女はハンドサインで天幕に居る近衛隊に連絡するように合図をしてオレガもそれに従う。スマフォを取り出しダークモードにてマエムキニに現在位置と会敵する旨伝えるとメノシータに頷き返す。


 ――今は一匹、こちらに気付かず

 ――相手の後方に陣取りますか?

 ――地中を確認しつつ移動

 ――了解


 ハンドサインにて行われた合図に従いオレガと隊長は相手の後方へ移動開始。メノシータは光源を準備しながらマエムキニ達が来た後の事を考える。


(包囲してから一斉にライトをあててオレガ君が前に出て戦う)


 相手の死角からの即断攻撃で一気に片をつけるのがシャベリン・ジャベリン対策。しかしメノシータはこの場には不釣り合いな笑みを浮かべる。


(でも彼は、不意打ちなんてしないんでしょうね)


 騎士学校時代の彼を知っているからこそ、そんな彼だからこそ、姫様も自分も彼の事をもっと知りたいと思ってしまったのだ。


 ――隊長、マエムキニさん達が到着

 ――カウント十でライト照射


 メノシータの指示をスマフォに打ち込み終えたオレガは騎士学校時代からの愛剣を手にする。苦楽を共にした柄を握りにながら今日も無事に帰れるように心の中で祈る。



 ――ゼロッ



 辺り一面が昼夜のような明かりに包まれた瞬間、シャベリン・ジャベリンは驚きと眩しさで顔を背ける。


『ギギギッ!!』


 オレガと比較して頭一つ分は体格が上、黒色の体は硬い皮膚で覆われて両手はシャベルの形をしている。奇襲を受けたシャベリンは顔を光源から背けながらも逃げなかった。


 それは諦めか、はたまた周りに仲間がいるからか。


 それを好機と見た近衛隊のメンバーはオレガが一撃で相手に肉薄する姿を想像したに違いない。しかしメノシータは隣を颯爽と歩いてゆく彼の背中をそっと見送った。



 ――ザンッ


「俺の名はオレガッ! ホワイ・ナゼ・オレガだ!」


 堂々とシャベリンの前に出て名乗りを上げるオレガに対し近衛隊のメンバー、そしてそれを真正面で聞くシャベリンまでもが動きを止めた。


 誰もが時間を止める中、彼は続ける。


えんの国の掟に則り、いざ尋常に勝負!」


 オレガはいつどんな相手でも名乗りを忘れない。

 その事が原因で騎士学校時代は教官から「それが無ければもっと行動の幅が広がるのですが」と言われたけど止めろと言われないだけ有難かった。



「シャベリン・ジャベリン! 俺はお前を倒してその体をいただく」


 力強く宣言するオレガに対してようやく混乱から立ち直ったシャベリン。


『オレ、オマエ、タオス』


 意味を理解したらしいシャベリンは両手のシャベルを地面に打ち鳴らし自身を鼓舞しているようだ。


「何をやってるネ、少年は」

「絶好のタイミングだったのに」


 奇襲を得意とするウシロガと相手の死角から攻めるヒダリニは彼の行動が理解できないという顔をする。しかし、


「男らしいじゃねぇか」

「俺 も す き だ!」


 既に姫様守護陣形を構築し終えたマエムキニとミギノヤツは彼の行動に好印象のようだ。


「さて、あやつの戦いぶりを見物しようかの。ガラよ、もしもの時は頼むぞ?」

「……了解ネ」


 あまり納得いっていないウシロガに姫様は真面目な口調で命令を出す。


 ウシロガが闇の中に消えたと同時にオレガとシャベリンの戦闘が始まった。



「行くぞシャベリン!」

『イクゾ』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る