第9話 見守る者、見限る者

『ナンヤカンヤ流剣術

 一の型 コンナモンカ』


 シャベリン・ジャベリンの鋭い刺突を上段に構えた剣を振り下ろす事によって弾く。しかし相手のもう一本の腕が好機とばかりにオレガの眼前に迫る。


『ギギギギッ』


『ナンヤカンヤ流剣術

 二の型 ソンナモンカ』


 振り下ろした体勢から半身に避けてその隙間に剣を滑らせる。相手の腕を足で踏みつけながら確実に剣を当てていくオレガを見つめる人物がいた。


(ふむ、基本に忠実ないい型ですね)


 メノシータ・クマ・ヤバイの目には騎士学校時代に切磋琢磨した懐かしい記憶が蘇り、少しだけ感傷にふける。


(しかしそれだけでは相手を倒せませんよ)


 その間もオレガとシャベリンは打ち合いを演じシャベルと剣の火花が散る。

 光源が苦手なハズのシャベリンの瞳には目の前の敵しか見えていない。なぜシャベリンが逃げなかったのか。


『オマエ、ナゼヒトリデ、タタカウ?』


 一瞬何を言われたのか分からないオレガであったがそっくりそのまま返す事にした。だってシャベリン・ジャベリンは集団戦を得意とするから。


「そっちこそ、仲間はどうした?」


 剣とシャベルがぶつかり合いながらも少しだけ心躍るオレガ。


『ホカノヤツ、ニゲタ、オマエノナカマ、ツヨイ』


 もしかして戦闘前に地面を打ち鳴らしていたのは、仲間へ逃げろと合図を送っていたのかと驚くオレガ。しかしそれを知るのは当人だけ。


「お前は逃げなくていいのか」

『イイ、ムダ。デモ』


 仲間を逃がして自分は犠牲になる。そんな情景がオレガの心には見えた。しかしシャベリンは鋭い歯を見せながら狡猾に笑うのだ。


『オマエ、ヨワイ、ダカラ、ミチヅレダ』


 その言葉の直後オレガの額にブワッと汗が吹き出る。相手も自分の命を狙い、自分も相手の命を狙う。単純な構図のハズなのにオレガの胸は締め付けられるようだ。


(あぁ、やはり分かり合う事はできないのか)


 隊長に啖呵を切って「大丈夫」と言ったのにやはりオレガには迷いがあった。


『ドウシタ、ウゴキガ、ニブイゾ』

「くっ!」


 さっきとは打って変わってシャベリンの動きが鋭くなる……いや、この場合はオレガの動きが遅くなったと言えるだろう。


「……まずいな」

「えぇ」


 隊長とは反対側の位置から戦況を見守るマエムキニとヒダリニが呟きをこぼす。その中央の姫様はどこか複雑な表情で彼を見つめる。


「まだ、過去に囚われておるのかの」


 姫様の独り言は周りの隊員に聞こえていたけど、そこを追求しようとする者は誰もいなかった。


 別行動のウシロガはいつでも奇襲を掛けられる場所に陣取るが、その瞳は夜の闇より暗く淀んでいた。



「………………」





『ナンヤカンヤ流剣術

 三の型 ドンナモンダ』


 両手のシャベルを弾いた隙を狙って相手の胸に鋭い突きを打ち込む。


 ――ガキンッ


「くっ……ドンナモンダでも通らないのか」


 オレガは型に沿った良い攻撃をしている。恐らく騎士学校時代の教官が見たら手を叩くであろう素晴らしい型。

 しかしここは戦場だ。

 型通りに物事が上手くいくわけがない。


『ヨワイ、ヨワイナ』


 バキッドカッ


 シャベリンは両手を振り下ろし相手の剣を地面にめり込ませると蹴りを放ちオレガの鳩尾を抉る。


「ぐはっ!」


 何度も戦った相手なのに、何度も勝ってきた相手なのに、いつの間にかあの頃より弱くなっている気がする。


(……オレガ君、キミは)


 メノシータは唇を噛み締めながら助太刀しようと前のめりになるが。


「出るな、クマッ!」


 対角線上に居る姫様がメノシータに鋭い檄を飛ばす。


「――っ!」


 これは彼の戦い。

 彼が選んだ戦い。

 見栄を張っているのは分かっていた。

 それでも前に進もうとする彼を応援したかった。


「はぁ……はぁ……はぁ」

『ドウシタ、コナイノカ』


 剣を地面に突き立て息を整えるオレガに対して、真正面に陣取るシャベリン。オレガは昔戦ったシャベリン・ジャベリンを思い出すけど、こうまで苦戦した記憶はない。


 騎士学校時代は小隊で連携しながら動いていた。誰かが失敗したらカバーし、視界を補い、補助を行い、罠を駆使して戦っていた。


(こんなにも、違うものなのか)


 見栄を張ったのは事実で姫様達に良いところを見せようとしたのも事実。けど本当は彼の中にどうしても拭い去る事ができない記憶があるのだ。



「俺は……お前を殺したくは……ない」


『…………』



 その言葉を受けて一瞬だけシャベリンが笑ったような気がした。


『アマイナ、ボウヤ。オレハオマエヲ、コロスゾ』


 さぁ、だから存分に戦おう。


 弱肉強食の中に身を置いてきたシャベリンはどこか相手の成長を促すように歯をむき出しにする。



 しかし平行線の問答は一瞬の内に終わりを迎える事になる。



 ――スタッ


『ムッ!?』


 ――ザンッ


「……えっ?」



 睨み合っていたシャベリンの首がポトリと落ちた。一瞬の出来事で放心状態に陥るオレガの前に一つの影が現れる。


 ――バキンッ


 鋭い拳が頬を打ってオレガは後ろに飛ばされた。そして影の主は底冷えするような視線と声を彼に放つ。



「敵は絶対に殺すネ、少年」



 ウシロガ・ガラ・アキヨ。

 普段のおちゃらけた雰囲気は霧散して、オレガを突き放すような言動と態度を残して彼女は闇の中へ消えていった。



「…………」



 最後に見たシャベリンの顔だけがオレガの瞳に焼き付いたまま。



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