第7話 オレガの講義

 サカリナ姫の要望に応え、オレガ達近衛隊はサバンナへと向かっていた。



 ギャャャャャャャャ

 グワガァァァァァァ



「このクルマ凄いですね! 物凄く速いです! まるで風になったみたいだ!」


 白と金色の警護車の運転席には数日前からやってきた騎士学校卒のオレガが座る。彼は興奮した面持ちでハンドルを握りしめるとアクセルをベタ踏みして広大な大地を駆けてゆく。


「騎士学校のクルマとは違って足回りも頑丈ですね! タイヤも岩道でも走れる仕様になってますし!」


 語気を強める彼は男の子。

 やはりこういうガジェットが好きなお年頃。

 さらに言えば自分の有用性を示す為に張り切っていたというのもある。


「キャハハハハッ! ナゼよもっとスピードを上げるのじゃぁぁぁ!」

「はい姫様!」


 オレガの主人、サカリナ姫は彼の後ろから「もっともっと」とせがむ様に興奮した声を出す。姫自身もこの状況を楽しんでいるのだ。

 城の中で退屈していたというのもあるだろが、近しい存在の近衛隊とどこかにお出かけするというイベントがたまらなく楽しいようだ。

 その一方で、


「おおおおおお、オレガくぅん。もっとゆっくりぃぃい」

「受け流すのよ……そう、私は左に受け流すの」

「うっ……うぷっ……むっぷ」


 姫様を取り囲むように陣取った近衛隊の面々は青い顔をする。彼ら彼女らは少しだけ後悔していた。



 ――乗車前の出来事

「オレガ君、騎士学校時代の教官はなにか言っていたかい?」


 メノシータが聞いたのは運転の事。

 それに対してオレガは、


「えっと。確か――『ドライブに誘う時は私以外で頼むっ』と言っていたような」


 この時の彼はきっと他の女性をデートに誘えっていう暗喩だろうと考えていた。

 それを聞いた近衛隊の面々は様々な想像を巡らせたが「まっ、彼のやる気を尊重しておくか」に留めた。


 その考えが間違いだったと気付いた時にはもう遅かった。


 ヨッキュー国首都フマンから片道七時間の道のりを彼は半分の時間で走破した。


 途中何度かトイレ休憩を挟んだ際、近衛隊の面々は「運転代わろうか?」「そうじゃないとワタシが変わってしまうネ」と真っ青な顔をしていたけれど、「いえ、皆様はゆっくりと休んでいて下さい」とやる気溢れる若者の顔で言われたので無理強いは出来なかった。




 そして一行はジャベリン・ジャベリンが生息するサバンナに到着した。


「皆さん到着しま……」


 クルマを停めて振り返るオレガであったが、姫様を残して全員一目散に下車していた。


 ――オロロロロロロロッ


 近衛隊以下

 マエムキニ・ヒタ・ムキニ

 ミギノヤツ・コエ・ウルサ


 彼らは口から虹の花を咲かせていた。


 メノシータ・クマ・ヤバイ

 ヒダリニ・ウケ・ナガス

 ウシロガ・ガラ・アキヨ


 もガクガクと震える足に力を込めながら外の空気を一目散に吸いたかったのだ。


「ナゼよ、そなた運転が上手いな!」

「ハッ! ありがたき幸せ」


 姫様だけはケロッとした顔でオレガを褒める。


「帰りは……ハァ……ハァ……私が運転……しよう」

「少年は……帰りはゆっくり……休む……ネ」

「う、受け流す……のよ……私は……左に」


 メノシータとウシロガは目に力を入れてオレガに訴える。彼は帰りも運転しますよ、と言おうとして彼女達の決意のこもった瞳に頷くしかなかった。



 ――少し休憩を挟んだ現在


「姫様、シャベリン・ジャベリンの生態はご存知ですか?」

「う〜む、実は食べ物としては知っておるのじゃがアヤツがどういう奴なのかは知らぬのじゃ。教えてたも」


 時刻は夕方、本来であれば夜に到着してそのままシャベリン・ジャベリンを討伐するというプランだったが、オレガの暴走(?)のお陰で時間的余裕が生まれた。それを活かすべく姫様一行は天幕を張り万全の体制を整える事にした。

 天幕設置は慣れた近衛隊先輩に任せ、オレガはサカリナの隣で持ってきた本を取り出す。


「シャベリン・ジャベリンは強敵……と言いましたが、戦闘力はそれほどでもないんですよ」

「ほう」


 本の付箋部分をめくり姫様に見せながらオレガが説明する。


「種類は中型生物で人間と同じくらいの背丈、特徴的なのは人間の手にあたる部分がシャベルのような形をしている事」

「ふむふむ」


 挿絵を見せるとサカリナは興味を惹かれたらしくオレガの説明を聞く。彼も当時の教官に教えられた事を思い出しながら説明を続ける。


「昼間はシャベルで掘った穴の中にいて、夜活動する生き物です。外皮は硬く剣が通りにくいですが、関節部分はそれほどでもないのでそこが弱点です」


「夜間に適応する為か色は黒色が多く闇に溶け込むのがやっかいですね、五、六匹の群れで動く事が多いので一匹いたら周りに注意するのを忘れずに」


「関節部分が弱点と言いましたが、実は光にも弱いらしく光源を照らせば奴らの動きは鈍くなります」

「ふむ……という事は案外楽に仕留められるのかの?」


 姫様の言葉にオレガは首を振る。


「いえ、奴らが強敵と呼ばれる理由は」

「理由は?」


 オレガの感情豊かな表情に姫様はゴクリと唾を飲む。はたから見ると妹に勉強を教える兄のように見えたかもしれないがその関係は真逆と言っていい。


「奴らは……喋るんです!」


 ドンッと前のめりになるオレガに声も出さず驚く姫様。


「なん……じゃと」


 その表情を見て嬉しくなったオレガはツラツラと続けた。


 シャベリン・ジャベリンは見たものの声を真似する事、知恵がある事、罠をはる事。


「森に迷って声がする方へ向かったらシャベリン・ジャベリンに襲われた――とは良く聞く話です」

「真似るのか、人間を?」


 姫の驚愕の表情に「それだけではありません」と人差し指を立てるオレガ。


「実は見たことがあるものなら何でも真似るのです」

「と言うと、他の生物もかの?」

「はい」


 これは非常に厄介なもので、鳥が近くにいるだけと思っていたらシャベリンだった。大型生物の鳴き声が聞こえたので逃げていたらシャベリンの罠にハマった等、被害は多岐に渡る。それゆえシャベリン・ジャベリンが強敵と言われる理由。


「仲間と思って近付いたら、敵と思って逃げたら。ふむ、確かに厄介じゃな」

「ええ。だから基本的に討伐する時はチームでハンドサインを決めて動くのを推奨してるんです」


 オレガの分かりやすい説明に姫様はなるほどといった顔。いつの間にか準備を終えていた近衛隊の面々もオレガの講義に満足そうな顔をしていた。


「すばらしいですオレガ君。よく勉強してきましたね」

「俺 も わ かっ た!」


 メノシータは手放し褒め、ミギノヤツは自分にも理解出来た事をオレガに報告する。


「い、いえ。教官の教え方を真似ただけで」


 手放しで褒められた事に嬉しくなり、頬をポリポリする彼。説明はこれでいいだろうという事になりヒダリニとウシロガが準備してくれた夕食を食べる事にした。




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