006 ヒーローの道も一歩から

 新たに始まる学園生活。期待に胸を膨らませてたら、僅か二日で終わりました。

 学び舎の門出に感極まって泣き出す生徒達の輪から離れて、俺は内心で涙の滝を作った。

 ほんと泣くわ。悲し過ぎる。俺の期待と意気込み返してくれ。

 と言いたいのは山々だが、いくら悔し涙で枕を濡らせど時間が巻き戻るはずもない。

 そんなこともある。切り替えていけ。ポジティブ大事。自己暗示とかじゃないから。


『まもなく貴方は行くでしょう。剣と魔法と神話と神秘の世界へと』


 女神様の言葉を思い出す。神話と神秘はともかく、剣と 魔法だ。色んな主人公道を学ぶために多くの創作に手を出した俺としては、やはり剣と魔法と聞くとRPGを連想してしまう。

 そもそも主人公なんてのが露骨に存在してる時点で、この世界はなにかの創作物って風に思うのが自然だ。ならここは一つ、RPGの世界って仮定して今後の方針を決めるべきなんだろう。


 とはいえ先の未来に悩んで自分探しの旅に出る必要は、俺にはなかったらしい。

 というのも。


『はぁ? お前は僕とショークと一緒にエインヘル騎士団に入るに決まってるだろ。ふん、取り柄のないデクのお前を今後も下僕として扱ってやるって言ってるんだ。有り難く思えよ』


 なーんて風に、幼馴染みに将来設計されてるらしい。下僕呼ばわりを有り難く思えって。ははは、一周回って尊敬してきたぞ。

 しかし、騎士団である。つまりは騎士である。

 成りたい。ちょー成りたい。主人公・騎士ヒイロ。

 かっこいいじゃん王道じゃん最高じゃん。

 せっかく養成学園だって卒業したんだし、他の選択肢は俺の目には無かった。

 とりあえず、目指すのはこの国一番の騎士でいこう。

 せっかく主人公として生きていけるんだし、どうせなら高くを見なきゃね。やはり最強の称号は男ならば誰しもが憧れるもんだし、目指すべき場所が高ければ高いほうが燃えるというもんだ。


 てな訳で、バチッと目標は決まった。

 エインヘル騎士団の入団テストも再来週とサラに教えて貰っている。

 だったら後は、やることなんて一つしかないだろう。





 そう、鍛錬だ。



「ふんっ! ふんっ! だらぁっっ!」


 千里の道も一歩から。

 ヒーローの道も同様に、一歩から。


「はぁっ、248ぃっ! ぐうっ、249ぅ! せいっ、にひゃく、ごじゅう!」


 主人公といえば、努力、友情、勝利の鉄則だ。

 俺は単なる酔狂で主人公を夢見てる訳じゃない。

 どうせ目指すなら、当然てっぺん。つまりは最強だ。

 ならば当然、最初の一歩たる努力を怠る訳には行かなかった。


「ぜぇっ、ぜぇっ……くっ、まだだ。まだ半分、残ってる……っ、ぜぁっ!にひゃく、ごじゅういちィ!!」


 ランニング、おおよそ30キロ。

 腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを各100回を3セット。

 騎士を志すなら剣を触れなきゃ意味が無いってことで、木の棒を素振り500回。

 入団テストのその日まで、俺は"生前の倍の量"のトレーニングに励んでいた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 にしてもきっつい。体力無いなぁ、この身体。

 ちくしょう、死ぬ前のがよっぽど動けてたじゃん。

 新しい世界は歓迎すべきだけど、主人公ヒイロの境遇には歓迎出来ない要素も大いにあった。

 まぁ、嘆いたって仕方ないんだけど。


「ぐっ⋯⋯」


 体力の限界に来たのか、立ち上がれない。

 木刀代わりの棒切れを投げて、ぐったりと仰向けに倒れる。

 ちょーっとハードスケジュール過ぎたかもしれない。 

 立てない。しんどい。脂汗なんかもうタラタラのギトギトですよ。

 素振りを終えた手も真っ赤。血豆が潰れてその上からまた新しい豆が出来始めてるし。

 おのれ元の身体の主人公め。お前さんがもうちょいサボってなきゃこんなにキツくはなかったろうに。


「⋯⋯」


 なんて悪態をついてみるけれど。

 この限界まではげんだ感じ、結構好きなんだよな。

 達成感というか。夢に向かって邁進まいしん出来てる実感を噛み締めてる感じが、昔から好きだった。


「⋯⋯くあぁっ」


 でもやっぱり身体は正直なもんで、ドッと眠気が襲って来ている。

 全身から伝わる疲労感を懐かしみながら、俺はそっと目を閉じた。




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