005 学園物語、閉幕!

「騎士とは、即ちガーランド王家の揺るぎなき剣にして盾であります。王家に仇なす敵を討ち、国家を脅かす敵から守護する。騎士、並びに『エインヘル騎士団』はその為に存在します」

「うむ。心得てますね、ペランニージ君。では続けて仇なす敵、脅かす敵とは何か、答えてご覧なさい」

「はい! 敵とは無論、魔獣です。生まれ方も行動理念も不明瞭な点が多いながら、人々の安全を脅かす人類の敵。それがぼくら騎士にとっての敵であります!」

「⋯⋯悪くはありませんが、心得違いもありますね、ペランニージ君」

「え、どこがでありますか?」

「此処、『ヴァルキリー学園』の学生は等しく騎士の卵です。まだ騎士ではありません。騎士と養成学徒では、その肩に積もる責任は大違いですよ。意気は買いますがね」

「うっ、はい」


 消沈しながらがっくりと項垂れる目の前の生徒の肩を、隣の生徒が慰めるようにポンと叩いた。

 窓際の席。左から吹く世界の風が、手元の教書のページをめくる。

 まさに学園物語の1ページだ。素晴らしい。死ぬ前も学生だったけど。

 でも死ぬ前と後とじゃ、心の弾みっぷりが違う。

 その最たる理由は、やっぱり俺が居るこの世界の現実離れっぷりだろう。


(すげぇ。まさにファンタジーじゃんこの世界)


 教書に目を通せば、開かれたページには大陸図が描かれていた。

 四方に海を囲んだ円形の大陸は、当然俺の生きてた現代とは違う形状だ。

 『ユミリオン』と名付いた広大な地続きの大陸と、色分けされる諸外国。

 そしてユミリオン大陸の、約四分の一の領土を占める聖欧国アスガルダム。

 王家ガーランド、エインヘル騎士団、ヴァルキリー学園。

 教書に記されたのは、ただの地名の一つ一つ。でも、ここから俺の物語は始まるんだと。主人公として足跡を刻んでいくと思えば、胸が踊って仕方なかった。


『聖欧国アスガルダムの始まりは、人歴1500年。今より約500年を遡る。当時長きに渡る国家戦争に終止符を打った稀代の英雄王シグムント。彼と、彼に従う四人の英雄、そして彼の者を王と戴く人々によってアスガルダムが建国された』


 だから捲ったページのアスガルダムの成り立ちって内容にも、食い入るように文字を追った。

 英雄王。四人の英雄。くうぅ、たまらんね。

 俺も後に英雄王とか呼ばれちゃったりすんのかな、と思うと、天にも昇る気分だった。


「⋯⋯随分と熱心ですね、ヒイロ・メリファー」

「あん?」(はい?)

「普段不勉強な貴方が珍しく教書を広げている事には感心します。しかし、教師の話を聞いてないといういつも通りの点には感心出来ませんね」

「⋯⋯⋯⋯げっ」


 し、しまったー!。

 夢中になり過ぎて完全に聞いてなかったし。やばい。


「まったく、この期に及んでもあなたという生徒は⋯⋯今すぐ、学園を十周です。反論は認めませんよ」

「⋯⋯マジかよ」


 慌てて謝ろうにも、時既に遅し。

 有無を言わさない雰囲気で教室の出口を指差す先生に、もはや言い訳は通じるはずもなく。


「クスクス」

「良い気味」

「腰巾着には丁度良い薬だよ」


 途端に囁かれた冷笑に蹴飛ばされるように、俺は教室から出ていくしかなかった。




◆ 





「チッ」


 先行きへの不安は見事に的中した。

 学園と呼ぶだけあって広い外周を走りながら、なんだかなぁという心の呟きは、舌打ちに変換されて春風に溶けた。


(はぁ。出鼻くじかれちったなぁ)


 一周辺り、大体二十分。

 てことは十周を終えるまでには三時間。

 これじゃあ期待してた実技演習とかいうカリキュラムには参加出来ないだろう。

 身から出た錆とはいえ、悲しくなってくる。

 目新しい世界に対する興奮も、水をかぶったように少し冷えた。

 しかし、グズグズと引きずるのも柄じゃあないか。


(しゃーない。切り替えてくか。後七周だっけ)


 あぁでも、ランニングなんて久しぶりだ。

 毎日欠かさずやってた習慣を、まさかこっちに来て早々やるとは思わなかったけど。

 悪くないか。身体鍛えんの好きだし。

 にしても体力ないなーこの身体。

 まだ三周だってのに、もう息切れしてるし。


(にしても……嫌われ者っぽいな、俺)


 教室を出る最中に聴こえた、悪意の囁きを思い出す。

 腰巾着。良い気味。ざまあみろ。

 冗談のニュアンスを含まない悪口の数々からして、以前のヒイロは良く思われてなかったんだろう。


(ま、こっからっしょ)


 とはいえ、マイナスから始まる学園生活も悪くない。

 徐々に見せ場を作っていき、周囲の目を驚かせながら自分の道を突き進む。

 苦難の中で掴む努力、友情、勝利。

 いいじゃないか、そんな王道展開。

 数学が嫌いな俺でも、覚えておきたい方程式だ。


(やってやる! やってやるぞ俺は!)


 走りながら脳裏によぎる未来予想図。

 これからの学園生活への課題とやり甲斐と期待と興奮に、胸が弾んで仕方なかった。












「それでは、明日は卒業式です。誉れ高きヴァルキリーの生徒として、最後もしっかりと胸を張り、門出を旅立ちましょう」



 なお、学園生活編は二日で完結した。 

 拝啓女神様へ。泣いていいっすか。




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