第21話 俺はもう、その記憶を思い出したくない…
土曜日。
午前中は、そこで練習をし、切りのいいところで終わらせ、浩紀は約束通りに、とある店屋へと先輩を案内していたのだ。
それは夢がバイトしている店屋である。
友人の紹介で働き始めたらしく、夢はできれば来てほしいと言っていた。
今日は先輩と共に現地にやってきたわけだが、まさか、こういうお店だったとは正直驚きである。
夢が働いているお店は、お菓子を中心に提供しているメイド風の喫茶店。
今、店屋の看板を見て、そういうお店だと初めて知った。
「浩紀って、メイド系の店が好きなの?」
「そういうわけじゃないですけど。俺の幼馴染がバイトしているので、夏芽先輩を誘っただけですから」
浩紀はそういった返答をする。
「そうっか。じゃ、一旦、入ろっか」
夏芽先輩は入る気満々である。
彼女は、この店がどういうところなのか知りたいという思いが強いのだろう。
率先して店内に入店しようとしていた。
浩紀は彼女の後に続くように、店屋の扉へと近づいていく。
「いらっしゃいませー」
扉を開いた瞬間に聞こえる、可愛らしい声。
アニメ寄りも声質に、少々緊張を感じていた。
浩紀は、メイド喫茶風の場所に入店すること自体初めてなのだ。
「お客様はお二人ですか?」
店内の奥からやってきたであろう店員。
その人物は女の子であり、白と青が特徴的で、華やかな衣装を身に纏っている。
彼女は満面の笑みで出迎えてくれた。
「……あれ? 浩紀?」
一瞬、平常時の声に戻ったようで、浩紀にとって聞き覚えのある口調として聞こえてきた。
「夢……か?」
浩紀も急に店員から話しかけられたことで、一瞬気づくのが遅れたが、よくよく店員を見れば、その子は
「浩紀、来てくれたんだね」
「まあ、そうだな。先輩も一緒だけど」
「……そ、そうなんだ」
刹那、浩紀の、そのセリフで夢の表情が曇ったような気がした。
「もしかして、この子が、浩紀の幼馴染の子?」
「はい、そうですね」
「へえ、この子が」
夏芽先輩は、メイド風姿の彼女をまじまじと見やっていた。
「なるほどね」
先輩は何かを察したような口ぶりになるのだが、それ以上、深く何かを口にすることはしなかった。
それにしても、正面にいる子が、本当に夢なのかと疑ってしまうほど、普段とのイメージが違う。
普段の黒髪のロングヘアが、ポニーテイルになっている。
その上、普段は聞かないような、甘ったるい声。
アニメキャラを連想させるような立ち振る舞いも相まって、いつもとは違う印象を受けてしまうのだろう。
「……では、二人ということで、いいですよね? でしたら、こちらに。ご案内致します」
夢は少々表情が硬くなりながらも、浩紀と夏芽先輩を特定の席へと案内し始めるのだった。
「では、こちらの席へどうぞ」
幼馴染の夢は、四人が座れるほどの席へと案内する。
今日は少々混んでいるらしい。
お昼を少し過ぎた時間帯であっても、辺りを見渡せば人が多くいるのだ。
「そういえば、いつもこんなに人が多いのか?」
「いいえ」
「そうか……でも、俺と会話する時くらいは、普通に話してもいいからな」
「……じゃあ、特別よ」
夢は軽く笑みを、浩紀に対し、浮かべてくれた。
が、いつもより、表情が硬いのである。
「ご注文は、こちらからになるから、ここから選んでね」
夢は、二人が入店した時から所持していたメニュー表を、テーブルの上で広げて見せたのだ。
「へえ、色々あるんだな」
「今日は、平常営業だから。こういう風なラインナップだから」
「ということは、イベントの時とかは違うってこと?」
「そうだよ」
「へえぇ。そのイベントの日って、いつなの?」
「それは秘密。っていうか、私も知らないの。でも、明日くらいに店長から色々と説明があるって同僚から聞いているし。もしかしたら、来週くらいかな?」
「そっか……イベントというと、どんな感じになるんだ?」
「それは、その時のお楽しみってことで」
夢は焦らすような発言をする。
そして、彼女は、メニュー用を見ている夏芽先輩の方をチラッと確認するように、見やっていた。
「どうした?」
「んん、なんでもないよ」
夢は消極的な態度を見せる。
なんか、おかしいな。
やっぱり、夏芽先輩と来たことがまずかったのか?
そんなことを、浩紀はモヤモヤと考えていた。
「じゃ、これなんかどう?」
「どれですか?」
対面の先に座っている夏芽先輩が、メニュー表の、とある場所を指で示し、話しかけてくる。
「アニメ風のココアとか。これ、気になってるんだけど」
「確かに、気になりますね。アニメ風って、どういう意味なんだろ」
浩紀は首を傾げ、先輩とやり取りを行っていた。
「ねえ、これってどういう味がするの?」
夏芽先輩は、テーブル前に佇むメイド風の夢に対し、問いかけていた。
「それはですね。喜怒哀楽な感情に浸れるココアですね」
「喜怒哀楽?」
「はい。それはお客様の受け取り方によって、色々と味が異なるという設定ですね」
夢はそう先輩に返答していた。
「受け取り方か……でも設定なんだな」
「そうだよ」
「よくわからないけど……先輩はどうしますか?」
「私、こういうのでもいいかな。じゃあ、二人分ね」
「はい。アニメ風のココアが二つですね」
夢は先輩の発言に戸惑いながらも、腰に着けていたデバイスのような機械に、注文内容を入力していた。
「他は何に致しますか?」
夢は二人の姿を見て、確認してくる。
「どうする? 私はちょっとおなかも空いてるし、サンドウィッチかな。夜景シーンのサンドウィッチって名前でいいの?
「はい」
夢は頷いて返答していた。
「浩紀も、このサンドウィッチでいい?」
「俺も、それで……ん?」
「浩紀? なに?」
「いや、なんでも……」
さっき、注意深く睨まれているような、強い視線を感じたのである。
もしや、夢なのか?
「どうしたの、浩紀君」
「いや、なんでもないよ」
浩紀は受け流すような態度を見せる。今は深く考えないようにしたのだ。
「では、ご注文は、アニメ風のココアと、夜景シーンのサンドウィッチですね。それぞれ、二つでよろしいですね」
「はい」
「じゃ、よろしくね」
浩紀と夏芽先輩は各々返答した。
夢は、手にしている機械を操作し、注文内容を確認したのち、店内の奥へと向かっていくのだった。
「なんか、楽しそうな雰囲気よね。ここって」
「そうですね」
浩紀はテーブルに置かれた水を飲み、少々気まずげに返答するだけだった。
先ほどの夢の対応もある。
夢は確実に、夏芽先輩と来たことを気にしているのかもしれない。
「というか、浩紀の幼馴染って、可愛いよね」
「え、まあ。そうですね」
「もしかして、付き合ってるとか?」
「いや、付き合ってはないですけど……」
「そう?」
夏芽先輩は一旦、浩紀との会話を終わらせると店内を軽く見渡していた。
「そういえば、この後はどうする? 帰る? それとも私の家に来る?」
「今日は……」
浩紀が声を発しようとした瞬間、嫌な思いが体の中をすり抜ける。
店内の雰囲気が一瞬変わったような気がした。
「いらっしゃいませー」
店内に誰かが入ってきたのだろう。
入口近くへと駆け寄っていく女性店員がいた。
浩紀はこっそりと、入り口付近へと視線を向ける。すると、そこには見覚えのある人物が、とある仲間らと佇んでいた。
あいつは――
刹那、嫌な思いが、体中にフラッシュバックした。
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