第32話 早速、ご両親に挨拶しなくてはいけませーん☆


 ――現実世界〈太平洋〉――

 【MISSING】


 朝からヴィオにかされ、回転翼航空機ヘリコプターへと連れ込まれる。

 ブレードスラップ音といっただろうか?


 プロペラの音でなにも聞こえやしない。


(後でまた、茜に怒られるな……)


 そんなことを思いつつ、行き先も告げられず、俺は連行された。

 途中、港で待機していた船の上に着陸すると、今度は水上飛行機に乗り換える。


(いったい、どこに連れて行かれるのやら……)


 こういうことは、せめて前日には教えておいてもらいたいモノだ。

 登校するつもりだったので制服姿だが、問題ないだろうか?


 ヴィオと話をしている女性は明らかに自衛官だ。


「ごめんなさいでーす☆」


 お待たせしまーした!――とヴィオ。

 その笑顔は絶対に『悪い』とは思っていない顔だ。


 茜が急いで作ってくれた、お弁当を食べることにする。

 きちんとヴィオの分まで用意してあるところが彼女らしい。


(この分だと、お昼が食べられるのかも怪しいからな……)


 しかし、水上飛行機に乗るのは初めてだ。

 海に着陸――いや、着水する――ということだろう。


(――となると……滑走路のない場所なのか?)


 ここまで来ると、流石さすがに目的地が分かってしまった。

 転校した翌日から、急に学校を休んでまで、なにがしたいのだろうか?


 そんなことを思っていたが、彼女なりに、俺に協力してくれるようだ。

 向かっている先は二年前に事件の起きた、あの現場だろう。


 話には聞いていたが、俺自身、行くのは初めてである。

 茜と葵は留守番で正解だったようだ。


 学校があるので、その方がいいだろう。

 俺の方は、後で録画した授業の内容でも観ることにしよう。


 洋上を進むと水平線の向こうから、目的地が姿を現し始める。

 空中に浮かぶ『漆黒の球体スフィア』。


 メガフロートの上空をただようにように、それは存在していた。

 〈時空震〉を研究するための施設だったモノだ。


 人工的に〈時空震〉を発生させる実験をしていたが――失敗した――と聞いている。巨大な『漆黒の球体スフィア』は情報の塊とされ、この星の未来の姿とも言えた。


 触れることも近づくことも禁止されているが、理論上、高密度の情報体は『ミサイルでも傷は付かない』とされている。


 物理的に『頑丈がんじょう』という意味ではなく、より高次元の存在と考えた方がいいだろう。


 この球体は発生した当時から現在、未来に至るまで、情報の伝達が可能とされていた。


「妙に物々しい警備だな……」


 水上飛行機が着水に成功し、降りようとした場所には、ずらりと兵士たちが並んでいた。


 歓迎されている――といった雰囲気ではない。

 恐らく、ヴィオを警戒しているのだろう。


 俺は先に降り、彼女の手を取る。

 自衛隊だけではない。外国の軍人もいる。


 ピリピリとした空気を感じるのは、俺ではなく、ヴィオに向けられたモノのようだ。かなり警戒されているらしい。


 階級章の見方は分からないが、自衛隊の偉い人が前に出て来た。

 なにかを言っている。


 恐らく――ようこそ、メガフロートへ――そんな感じの挨拶あいさつだろう。

 風とエンジン音でなにも聞こえやしない。


 それでも――後をついて来い――と言っているのは分かる。

 俺はヴィオを抱き締めるように移動した。


 上陸して分かったが、メガフロートは『漆黒の球体スフィア』を囲うように増築されているようだ。研究は続けられているらしく、そのための増築だろう。


 また、警備するにも、海の上では限界がある。

 襲撃に備え、内部はワザと入り組んだ造りにしているらしい。


 前を歩く隊員から離れると、迷子になってしまいそうだ。

 かなり歩いた気もするが、下手に口を利かない方がいいだろう。


 こちらの持っている情報は――なんでもいいから欲しい――そんな気がする。

 同時に『同盟国であっても、渡したくはない』といったところだろうか?


 もしかすると『ヴィオが宇宙人だ』というのも、内緒の可能性がある。

 その割には、情報がれているようだった。


 やがて、中央部に辿たどり着く。


「わたしが案内できるのはここまでだ」


 と隊員のおじさん。

 どうやら、この通路の先に例の『漆黒の球体スフィア』があるらしい。


(確か……球体に近づくだけでも、人は正気を失うんだったか?)


 上下左右の感覚どころか、時間の感じ方までおかしくなるそうだ。

 人によっては、暑いのか寒いのか、それさえも分からなくなるらしい。


 まるで高熱を出している時の感じに近い。

 ヴィオが平然としている以上、俺も平気な振りをして、


「行ってきます」


 とだけ告げ、前に出る。カツン、カツン――と靴の音が反響した。

 しかし不意に、その音も消える。異変は最初だけだった。


 ある距離まで進んだ途端とたん、下から突き上げられるような感覚が、俺を襲う。

 おどろいたが、それだけで、特になんもないようだ。


 ヴィオはそんな俺の様子を見て微笑ほほえむと、


「クロム、行くでーす☆」


 と言って、手を引いてくれた。

 俺と二人きりになったので、調子が出たのだろう。


 通路の先には青空が広がっていた。

 しかし、そこは風も音もない、不思議な空間だ。


 かつて、ここには研究エリアが存在していたのだろう。

 丸ごと鋭利な刃物でえぐり出されたかのような地形になっている。


(歩きにくいな……ヴィオは大丈夫だろうか?)


 と俺は心配したが、彼女はフワリと宙に浮いていた。

 そんなヴィオにつられるように、俺の身体も一緒に宙へ浮く。


 行ったことはないが、まるで宇宙空間のようだ。


「ここは情報が圧縮された空間でーす☆」


 と振り返りながら、ヴィオは答える。


「あの球体の中に、クロムのご両親がいまーす!」


 その言葉に俺の胸は高鳴った。

 まだ、助けることはできないが、少なくとも切っ掛けくらいはつかめただろう。


「早速、ご両親に挨拶あいさつしなくてはいけませーん☆」


 とヴィオ。どうやら、それが目的だったようだ。

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