第22話 基本は目を狙えばいいんだよね☆


 事件が起きたのは翌日のことだ。


「兄者、起きて」


 とサファイアに起こされる。

 勿論もちろん、ゲームなので意識自体はハッキリとしていた。


 問題はアバターがすぐに起きてくれるかだ。

 今回はサファイアがすってくれたので、問題なく起きることができた。


「分かってる、海賊だな……」


 俺は寝台ベッドから降りると、戦闘用の装備に変更する。

 ネクロマンサーの本気の装備は目立つため、愛用はしていない。


 通常、この規模の船には護衛がいるので、NPCの海賊はおそってこないはずだ。


(となると相手はプレイヤーか……)


 勝つ自信があるのだろう。PvP(対人戦)は避けられないようだ。

 本来なら、旨味うまみはないので、こんな場所で高レベルの海賊が出たりはしない。


 恐らく、未来でのPvPに負けて、戦力を整える間――低レベルのプレイヤーを相手に狩りをしよう――と考えた連中だろう。


 海賊にも縄張りがあるため、効率よく稼げる場所は人気があり、奪い合いになる。

 そのため、彼らの間ではPvPが普通に行われる。


 PvPで遊びたいプレイヤーは海賊を選ぶ場合が多い。

 ゲームとはいえ、人を平気で殺すような連中だ。凶悪なのがそろっている。


 甲板に出ると、アメジストとルビーが戦闘準備に入っていた。

 とは言っても、今回の彼女たちの役目は船の護衛だ。


 直接、相手の船に乗り込んで戦うのは、俺一人となっている。

 そのためか、随分ずいぶんと余裕そうだった。


 ルビーは俺を信頼しているから平然としている。

 アメジストは単純に面白がっているだけかもしれない。


 スプラッターも平気だったので、肝がわっているようだ。

 下手におびえられるよりはいいだろう。


 PvPは相手が人間のため、どういう手に出て来るのか分からない。

 取りえず、NPCである乗組員の身の安全が第一だ。


 船の中に隠れてもらおう。

 相手がプレイヤーということで、船員の中に海賊が紛れている可能性もあった。


 船の位置を知らせたり、護衛の強さを調べたり、積み荷の中身を確認するためだ。

 彼らも――ただ、おそえばいい――という連中ではない。リスクを背負っている。


 今回はすでに確認済みのため、海賊が紛れている心配をする必要はない。

 相手も序盤の海なので、油断をしているのだろう。


 俺はさっさとモンスターを召喚する。アメジストには〈ブラックミスト〉という黒い霧を発生させる魔法を使ってもらった。


 これで――こちらの甲板でなにが起こっているのか――相手は視認できないだろう。

 更に『冥王の黒水晶』という魔術具レアアイテムを使用し、結界を張る。


 この水晶を破壊しない限り――アンデット系のモンスターが定期的に復活する――という代物だ。ボス戦などで無尽蔵むじんぞうに敵が出現するのに近いだろう。


 今回は『骸骨戦士スケルトン・ウォリアー』と『骸骨弓兵スケルトン・アーチャー』、『化けガラス』を複数体召喚する。

 おっと、『愚者火イグニス・ファトゥウス』を忘れるところだった。


 雰囲気は大切にしないといけない。骸骨戦士を壁に使って乗船を防ぎ、骸骨弓兵で遠距離から狙撃を行う。


 飛行能力のある化け鴉で目を狙うのが定番だろう。

 俺は直接、相手の船に乗り込むため、指揮権はルビーたちに渡しておく。


 骸骨戦士をルビー、骸骨弓兵と愚者火をサファイア、化け鴉をアメジストだ。

 あっという間に、幽霊船の出来上がりである。


「これで数の不利はなくなった」


 とサファイア。骸骨弓兵を見張り台へと登らせる。

 ルビーは骸骨戦士に――いやーん♡――といった感じのポーズを取らせていた。


なにを遊んでいるのやら……)


 アメジストには先日、時間があったので使役の仕方を教えている。

 数は多いが大丈夫だろう。


「基本は目を狙えばいいんだよね☆」


 後は滑空して攻撃だよ!――そんな彼女の言葉に、


「カーッ!」


 と鴉たちが返事をする。うん、大丈夫そうだ。

 一方で船の距離が近づいたのか、海賊船から砲撃が行われる。


 まあ、船を沈めるのが目的ではなく、足止めが目的だ。

 たまもタダではないので、雨霰あめあられのように降ってくることはない。


 本来の冒険者であれば、魔法や遠距離攻撃で応戦するところだろう。

 その間に戦闘へ備えて、仲間の能力を向上させるのが普通だ。


 俺のように幽霊船にはしない。

 一方で海賊の場合は、相手の船に砲撃を仕掛けて減速させる。


 航行速度スピードが落ちたところに船を近づけ『白兵戦を行う』というモノだ。

 当然、相手の船が早いと逃げられてしまう。


 動きが遅く、小回りの利かない貨物船を狙うのが普通だ。

 すべての貨物を奪うと、商人側としても破産する。


 海賊側も襲う船がなくなるため、お金で解決することもあるという。

 結果、商人と海賊が結託し、縄張りが生まれることにつながる。


 また、軍艦が旅客船や貨物船の護衛につくこともあった。

 この場合、逆に砲撃を浴び、海賊が捕まる危険もある。


 ゲームとはいえ、海賊家業も楽ではないようだ。

 今回の相手は、そんな海賊たちの争いに敗れたのだろう。


 過去の世界で、実入りは少ないが安全にかせぐことを選んだようだ。

 低レベルのプレイヤーが多い時代のため、油断しているらしい。


 このまま船で待ち構え、倒してしまってもいいが、それだと時間がかかってしまう。直接――乗り込んで倒した方が早い――という結論にいたった。


「クロム、一人で大丈夫なの?」


 アメジストがそう言って、心配そうに俺を見詰める。

 厳密げんみつには、召喚したモンスターを連れて行くので一人ではない。


「兄者は特別……」


 とても強い!――とサファイアがアメジストの肩をポンッと叩く。


「兄さんはランカーなんだよ」


 ルビーが補足する。

 ランカー?――とアメジストは首をかしげた。


 トップランカーのことで、このゲームにおける上位百位以内のプレイヤーを指す言葉だ。運営側が独断と偏見でつけているモノなので、当てにならない。


 ただ、広告塔としての効果は大きいので、会社の言うことを聞く俺が選ばれたのだろう。


「詳しい説明は終わってからだ……」


 そう言って、俺は連れて行くモンスターを召喚した。


「クロム、頑張ってね☆」

「兄さん、お土産よろしく!」

「兄者、先手必勝」


 それぞれ、三者三様に女性陣がエールをくれる。

 出張に行く父親とは、こういう気分なのだろうか?


 ルビーが『お土産』などと言うから、変な気分になってしまった。

 一方で、こちらの船が早々に減速したため、海賊船からの砲撃が止む。


 どうやら、相手はそのまま近づけ、乗り込んでくる気のようだ。

 黒い霧が立ち込めているというのに、不審に思わないらしい。

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