第三章 翔べ!クロム

第13話 私、クロムと結婚しに来ました☆


 ――現実世界〈朝比奈あさひな宅〉――

 【玄関】


 目の前の宇宙人ヴァイオレットに向かって、


「ど、どんな伝統よ、それ!」


 後、あたしの兄さんから離れて――とあかねは声を上げる。

 もっともな意見だ。玄関先で騒ぐのはよろしくない。


(まあ、ロボットがいる時点で既にアウトな気もするけど……)


 俺は一度、めていたヴァイオレットを降ろすと興奮している茜をなだめた。

 茜は落ち着くと、


「兄さん、ちょっと待っていて!」


 そう言って、父親へと連絡を取ることにしたようだ。


(これは時間が掛かりそうだな……)


 そう思った俺は、


「疲れただろ? 荷物はあるの?」


 とヴァイオレットに確認する。すると、


「大丈夫でーす♪ クロムに会えたので疲れなんてー吹っ飛びました☆」


 彼女は元気そうに万歳をした。


(ゲームの時と比べて、随分ずいぶんとキャラが違うような……)


 俺は戸惑とまどいつつも、現実世界リアル仮想世界バーチャルで性格を変えるのは、よくあることなので気にしないことにした。その一方で、


「ちょっと、どういうことなの! お父さんっ……」


 予想した通り、茜の話はまだ終わりそうにない。

 仕方なく、俺はヴァイオレットを居間リビングへと案内する。


 また、玄関に置いておくのも邪魔だろう。

 先に彼女の荷物を部屋へと運ぶことにした。


 ヴァイオレットには長椅子ソファーで待っていてもらうよう、お願いする。


「分かりましたー☆ それと『ヴィオ』でいいですよー♪」


 親しい人は(ほとんどいませんが……)皆、そう呼びまーす――とヴァイオレット。

 なにか心の声が聞こえた気もするが、気のせいだろう。


「分かったよ、ヴィオ」


 ちょっと待っていてね――俺はそう答えると二階の部屋へと荷物を運んだ。

 茜の方も丁度、話が終わったのだろう。


 おじさんとの交渉は決裂けつれつしたようだ。

 かなり機嫌が悪いようだが、一応、お客様ということでお茶を出すらしい。


(大丈夫かな……)


 心配だが、任せるしかない。

 俺は部屋のドアをノックしてあおいにも声を掛けておく。


 これで二階にある四つの部屋は全部、まったことになる。

 おじさんは良く言えばフリーダムな人で、以前はほとんど家に帰ることはなかった。


 そのため、一階のすみ物置ものおき代わりの部屋が用意されている。

 本人も『子供の頃は押し入れで寝ていた』という変わり者だ。


 せまい場所の方が落ち着くらしい。

 今はゲーム会社の社長をしているため、会社に泊まり込む毎日だ。


(昔とあまり変わらないな……)


 まあ、連絡が取れるだけ、マシになったとも言える。

 あの出来事がなければ、俺もこの家で暮らすことはなかっただろう。


 荷物を置いたので居間リビングへ戻ると、


「おおっ! クロム、こっちでーす♪」


 そう言って、ヴィオはポンポンと軽く長椅子ソファーを叩く。

 隣に座れ――ということのようだ。


 なぜかヴィオのななめ向かいに座っている茜が――コホンッ――と咳払せきばらいをして、ヴィオと同じように長椅子ソファーを叩いた。


なんだろう? 『床に座れ』ということだろうか……)


 俺は機嫌の悪い茜をけ、ヴィオの隣に腰を掛ける。なっ!――と茜がおどろいた表情するが、ほぼ同時にヴィオが俺の左腕に抱き着いてきた。


 更に理解できないことに、葵まで空いている俺の右腕に抱き着いてくる。


(いつの間に⁉)


 てっきり『二階の自室にこもっている』と思っていたが違ったようだ。

 どういうワケか、茜は手に持っていたお盆を今にもし折ろうとしている。


「茜、落ち着け……」


 と危ないので声を掛けておく。それよりも、これはどういう状況だろう。


「えっと、ヴァイオレットさん……」


 俺の台詞セリフに、


「フフフッ♡ 他人行儀でーす。私、クロムと結婚しに来ました☆」


 と頬を染め、嬉しそうに答えるヴィオ。初耳である。


(そんな約束、した覚えはないのだが……)


「に、兄さん……」


 かなり怒った様子で茜が笑顔を浮かべた。

 なにやらドス黒いオーラのようなモノを感じる。


(ヴィオは結婚とか言い出しているし……)


 女子という生き物は分からないうえに怖い。


「えっと、ヴィオは宇宙からホームステイで来たんじゃないのか?」


 俺の問いに、


「それは建前でーす☆」


 と自称『謎の美少女』が答える。ウチの会社の『ゲームに興味がある』ということで、スポンサーの娘が来たのかと思っていたが――


(違ったようだ……)


 一応、おじさんからは持て成すように指示されている。

 そのため、無下むげにも出来ない。


「もう、いいからっ! 二人とも、あたしの兄さんから離れなさい!」


 と茜が声を上げた。


「同意、ワタシの兄者から離れて」


 珍しく葵も声を上げる。

 しかし、いつの間に部屋から出て来たのだろう。


(全然、気が付かなかった……)


「嫌でーす♪」


 とヴィオ。余計に力を込める。

 かなり力が強いので、これ以上は刺激しない方が良さそうだ。


 腕が折れるかもしれない。


(一旦、交渉相手を変えよう……)


「――ていうか、なぜ葵もくっついているんだ?」


 俺の問いに対し、


「離れていた分、愛が強くなる」


 と意味不明の回答を返された。

 相変わらず、葵は不思議ちゃんだ。


 茜は不機嫌になる一方だし、いったいなにが起きているのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る