第12話 やっと会えまーした♡


 ――現実世界〈朝比奈あさひな宅〉――

 【自室】


 ****************

 *インストールが完了しました。*

 ****************


 『一〇〇%』の数値と一緒にメッセージが表示される。


「これでよし……」


 そうつぶやいて『接続の解除』を行うと俺はヘッドギアを外した。

 自分の情報をデータ化した『情報複製体データクローン』から記憶だけをインストールしたのだ。


 長時間の人格保存が困難である――というのも理由だが、情報保護の観点からも情報複製体データクローンは自動で消去される仕組みとなっている。


 ゲームの開発当時は――これは殺人だ!――と騒ぐ連中がいたため、罪の意識を減らすためにも自動化された。


 いそがしい現代人は自分の記憶と人格だけをデータ化し、情報複製体データクローンを作成するのが当たり前になっている。


 そして、ゲームや勉強、コミュニケーションなどを自分の分身に任せていた。

 人類は――現実世界リアル仮想世界バーチャル――二つの世界で生活していると言えるだろう。


 ただ、これらの情報を活用するには『今、俺が行ったように』定期的に記憶だけを吸い上げる必要があった。


 法律でもVRMMOでの情報複製体データクローンの活動は十日間とされている。

 少しきびしめなのは、日本ならではといったところだろう。


 俺の場合は情報複製体データクローンを十七時間ほどログインさせていた。

 ゲーム内では約一週間となる。


 会社からバイト代も出るため、趣味と実益を兼ねていた。

 まさしく『究極の時短』と言える。


 勿論もちろん情報複製体データクローンを複数作ることで――より多くのゲームをプレイできる――という意見もあるだろう。


 しかし、そう上手くは行かないようだ。

 なぜなら――人間は忘れる生き物だから――である。


 多くの記憶を一度にインストールしても、都合よく物事を覚えてはいられないらしい。


 俺としても『ゲームは一日一ゲームくらいが丁度いい』と考えている。


「あら、兄さん、出掛けるの?」


 俺が着替えて部屋から出ると『朝比奈あさひな あかね』が声を掛けてきた。

 余所よそ行き格好に気付いたのだろう。


 身内の贔屓目ひいきめを差し引いても、可愛らしい顔立ちをしている。

 けれど、彼女は家事を行うのに『邪魔だ』という理由から髪を短くしていた。


 俺としては髪が長い方が好みなので、その点が残念だ。

 性格は明るく社交的で、クラスでも人気がある。


 ただ、俺に対しては小言が多いため、妹というよりも母親に近い。


(まあ、そんなことを言うと怒られるのだけれど……)


 ちなみに兄と呼ばれてはいるが、血のつながりはない。

 親同士の仲が良かったため、小さい頃から交流があった。


 俺としても妹のような存在だが、一般的には幼馴染の関係だ。

 今の俺は居候兼従業員として、この家で一緒に暮らしている。


 隣には会社があり、かつてマンションだった二階建ての建物を改造して使っていた。エプロン姿で掃除機を持っている茜に、


「スポンサーとやらが来るんだろ?」


 だから、お前も掃除をしているんじゃないのか?――と確認する。

 宇宙人の資産家らしく、ずっと宇宙そらで暮らしていたと聞く。


 地球のような星が珍しいようだ。どうにも地球――特に日本――の文化に興味があるらしく、学校に通いたいらしい。


 更にどういうワケか――この家で一緒に暮らす――というのだ。

 居候いそうろうである俺が言えた義理ではないが、おじさんはなにを考えているのだろうか?


 俺は先日の出来事を思い出す。


玄夢くろむ、お前のコミュ力に我が社の運命がかかっている』


 とおじさん――いや、ゲーム会社『アクアトロン』の社長――にガシッと両肩をつかまれた。


 おじさんとしても、地球が崩壊するまでに色々と手を打っておきたいのだろう。

 そのためにもまとまったお金が必要だ。


 良質のゲームを作るにはかく、お金がかかる。

 優秀な人材も必要だ。お金はいくらあっても困らない。


 居候いそうろうの身としては――任せておいてよ――とは答える他ない。

 ふーっ、と溜息をく。面倒なことになったモノだ。


 それは茜も一緒なのだろう。肩をすくめた。

 同時に視線を感じたので、俺は振り向く。


 すると――バタンっ!――とドアが閉まった。

 茜の双子の妹『あおい』の部屋だ。


「やっぱり、嫌われているのか?」


 俺の疑問に対し、


「その逆だと思う」


 と茜。困った子よね――と苦笑しつつ、


「じゃあ、兄さん、頑張ってね」


 と頼まれる。


「ああ、任せてくれ」


 丁度、俺が答えた時だった。玄関のチャイムが鳴る。

 はーい!――と返事をする茜を手で制すと、代わりに俺が玄関へと向かった。


 デバイスの通知を見ると、例の宇宙人が来たようだ。

 だが、様子がおかしい。


 なにか大きな物が家の前に停まった気がする。玄関のドアを開けると、そこには三メートルを超える二足歩行の人型ロボットが立っていた。


 やはり、俺が出て正解だったようだ。茜なら悲鳴を上げていたかもしれない。

 頭部にあるメインカメラで俺を認識したのだろう。


「クロム、久し振りでーす!」


 と聞き覚えのある少女の声がロボットから響く。かすかなモーター音と――ウィーン!――という作動音の後、操縦席と思しき胸部が開いた。


 そこには薄い紅薔薇色ピンクローズの輝く髪をした美少女が一人。

 立ち上がったかと思うと、俺目掛けて飛び降りてきた。


 危ない!――と思い、めるような形で、俺は彼女を受け止める。


「やっと会えまーした♡」


 そう言った彼女の瞳は、見覚えのある澄んだ水色をしていて、


「もしかして、アメジストか?」


 そんな俺の問いに、


「はーい、クロム! 地球の伝統にのっとり……」


 ロボットに乗った『謎の美少女』との再会でーす!――とアメジスト。

 いや、『ヴァイオレット』は嬉しそうに微笑ほほえむのだった。


(嵐の予感がする……)

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