第11話 クロム、お別れだね


 ――商業都市〈パイロス〉――

 【パイロス中央教会】


 先程までの激しい戦闘が嘘のように、今は静寂せいじゃくが支配している。

 人々は無事、この教会から逃げることができたようだ。


 天窓からは俺たちの勝利を祝福するように、優しい月の光が差し込んでいた。


「ば、バカな……わたしは究極の存在……」


 完全な肉体を手に入れたはず――と稀代の錬金術師を自称した男。

 そんな彼が最後の言葉をつむぐ。


 戦闘での敗北と同時に肉体が保てなくなり、消滅して行く運命さだめのようだ。

 既に身体は人間の姿ではなく、巨大な怪物の風体に成り果てていた。


 鬼や悪魔を連想させるように大きな角を生やした三つ目の魔人。

 そんな姿が――彼の求めていた究極――だったのだろうか?


 いや、違う。彼は『最愛の娘』を助けたかっただけだ。

 研究のための資金を必要とし、違法な手段にも手を染めるようになった。


 そこを何者かに付け込まれ、目的をゆがまされたのだろう。

 いつしか、彼の狂気は暴走する。


 俺とアメジストはギルドからの依頼クエストを順調にクリアしていった。

 村で流行る謎の奇病、夜中に徘徊する死人、人語を介する異形たち――


 彼が行った実験による被害者やモンスターと遭遇そうぐうするようになるのは自然な流れだったのかもしれない。


 そしてようやく、彼を追い詰めたのだが――


「結局、誰も救えなかったね……」


 ゲームだというのに、アメジストは落ち込む。

 ダンジョンに例えるなら『階層主ボス』を倒したことになる。


 これで次の『時間軸ステージ』へと進むことができるはずだ。もう少し喜ぶのかと思ったのだが、完全にゲームの中に入り込んでいるのかもしれない。


 このゲームでは『階層主ボス』は複数存在した。

 冒険者の場合は、どの依頼クエストを受けるかにより、ルートが分岐する。


 そして、結末が異なるのだ。今回は『死霊遣いネクロマンサー』という特性を生かすため、オカルト関連の依頼クエストばかりに手を出していた。


 そのため、このルートに入ったのだろう。

 ちりと化し、砂場のようになった父親の遺体を見詰める幽霊の少女。


 俺たちは彼女に導かれ、この場所へと辿たどり着いた。

 錬金術師である彼女の父親。その非道な研究を止めるのが主な流れである。


 お礼を言っているのだろうか?

 少女の霊は口を動かした後、頭を下げる。


 そして、教会の十字架へと吸い込まれるように消えて行く。

 どうやら、その魂は成仏したようだ。


 先程まで少女の霊が立っていた場所には、今後、物語のキーとなるペンダントが残されていた。アメジストがそれを拾うと同時に黒い影が現れる。


 冒険者でプレイしていると、あまり縁がないのだが、教会に所属する『漆黒の十三騎士ブラック・ラウンズ』の一人だ。


 その名の通り、鎧の色は黒で統一されており――甲冑かっちゅうに隠された彼らの素顔を見た者は誰もいない――とされている。


 錬金術師が持っていたと推測できる『禁書』を持っているようだ。


「やれやれ、見込み違いでしたね」


 と錬金術師のむくろを見て、丁寧な口調で話す。

 影から操っていた――という演出だろう。


 ご丁寧ていねいに――預けていた本は返してもらいますよ――と付け加える。一応、


「お前は何者だ!」


 と俺は言っておく。アメジストの方は状況を理解できていないのだろうか?

 いつもと違い、気の抜けた様子だ。黒騎士は、


「少しはやるようですが、冒険者風情に構っているほど、ひまではありません」


 そう言って『禁書』の能力ちからを使い〈時空の扉タイムゲート〉を出現させた。


「気になるのであれば、追ってきてください……」


 その勇気があれば、ですけどね――そう言って、黒騎士は〈時空の扉タイムゲート〉の中へと姿を消す。通常であれば――待て!――と追い掛けるところだ。


 だが、ゲームなので戻って回復することも可能だったりする。

 装備や所持品アイテムを整えたいプレイヤーもいるだろう。


 その辺は個人の自由だ。

 俺は視線を感じ、アメジストを見る。


 彼女は寂しそうな表情で俺を見詰めていた。

 どうやら――ゲームの物語に入り込んでいる――という理由ではなさそうだ。


 契約上、運営側のサポートとしては『ここまで』となっている。

 そのことを事前に伝えていたからだろう。


「クロム、お別れだね」


 とアメジストは無理に笑おうとする。

 ゲームとはいえ、ここまで一緒に冒険してきた仲だ。


 あっさり別れるのは寂しい。誰だってそうだろう。勿論もちろん、事務的な会話のマニュアルは用意されているが、使う気にはなれなかった。


「まあ、縁があったら、また会えるさ」


 と俺は伝える。


「運営側からメールが行くと思うから、アンケートに答えてくれると助かるよ」


 そう言って、パーティーの解除を行った。これで師弟関係も終わりとなる。

 彼女から、もう少し言葉があると思っていたが、


「うん、そうだね! また、近い内にね……」


 バイバイ☆――アメジストはそう言って手を振ると、さっさと〈時空の扉タイムゲート〉に入ってしまった。思ったよりも、簡単な幕切れに俺の方が拍子抜けしてしまう。


「近い内に――か……」


 意味もなく復唱する。

 この時の俺はまだ、彼女の言葉の真意がみ取れずにいた。


 少し考えれば、これからなにが起こるのか、心の準備くらいはできていたのかもしれない。


 まさか、ゲームではなく現実世界リアルで再会することになるとは予想だにしていなかった。

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