【21】セインティック・ヴァイオレンス

 漆黒の長髪は無造作に引っ張られ、首の肉が断裂する。

 体外へと出ていく血液が華やかなメイド服を汚し、モノトーンを犯す。

 引き抜かれると共に露出される柔らかい肉と細い骨。

 私が裂くはずだった全てが、他者の手によってバラされていく。

 しかも、ムカつくことに手際が最高ときた。アレは今まで多くの生物をその手で裂いているな。


「え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、」


 アイリの聲は壊れたレコードのように、最初と最後の一文字を繰り返す。

 脊髄が露になろうとも、不可思議なことにそれは止まらない。


 彼をバラバラにしていく調理師へ、私は今すぐ辞めるように叫喚した。

 肉声なき叫びは、無論アイリにすら届いていない。

 よくも、私のお肉アイリに、よくも、よくも、汚い手で触って切り裂いてくれたな。


「そう言われましても」


 首から下を切り落とすと共に、黒服は横顔でこちらを見つめだした。

 ──と、言っても眼など見えないのだが。


 片手に持つは首だけとなった美少年女の頭。

 背骨がうねりながら痙攣し、口を動かす度に血を垂らし続けていた。

 そこから見えてくる双眸には当然光など無かった。

 しかし、首を失った彼の体は地面に這いつくばって動かないというのに、まだ呼吸ができるとはどういうことか。


「藍萊様、どうか落ち着いてください」


 自動人形のように言葉を繰り返し続けるアイリに、黒服は優しく語り掛ける。

 それも、自分が正しいと言わんばかりなのが頭にくる。


「呼吸もできますし、痛みもないでしょう? 大丈夫です、私たちが食べさせて差し上げますので」

「────────────────────」


 アイリは私の方をずっと見て、音にすらならない何かを叫び続けていた。

 聞こえない、凄く聞きたいのに。

 何を言いたいの? ねぇ。


 そして──


「ええ、無論です」


 アイリが何を答えたのかは、わからない。


 すると、黒服は彼のか弱い下顎をそっと手で覆い、

 刹那──アイリの顔は不快音を鳴らし、勢いよく引き剥がされたのだ。

 彼は痛みも感じぬまま動揺し、紅く濡れた舌を躍らせている。


 アイリが、愛しい彼が知らない奴に壊されていく。その美しさも心も全て凌辱されていく。


 いったい、何がしたいのだ。殺すなら私だけで充分だろう。

 アイリがバラバラになっていく様を私は見せつけられて、何をどうしたいのだ。


「どうしたい、と言われまして」


 私の疑問に対し、黒服は口を挟む。


「御嬢様は上質なようですので、口の中で噛むというのはあまりにも下品かと思いまして。こういうのは、このまま飲み込むに限ります」


 包み隠すことのない残虐で非道な答えに、考える言葉を失った。

 私が上質だというのか、お前……。


「何しろ“鬼の聖女様”を連れて来るなんて、驚いたなんてものではございません」


 ──その言葉に、心臓が一瞬跳ね上がった。

 それは私が食べて吐き捨てた、災厄の過去。

 そんな事まで、私のクソみたいな人生を全部見たのか? お前は。


「それも肉は純潔ときた、これは今までで一番楽しい食事になるかもしれませんね」


 本物の気狂いだよ、あんた──

 

 お腹が一気にカーっと熱くなった。


 何処からともなく取り出されたフォークとナイフが私のお腹を突き刺し、行儀よくさばいていく。

 断罪のつもりなのだろうか。


 しかし、どうしたのだろう。自分でも不思議だ。


 痛いのに、悪い気がしないの。


 変だよね、アイリ。

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