【22】ヴァイオレンス

 突然、黒服の手がぴたりと止まった。

 フォークは私のお腹に突き刺さったままで、ナイフも子宮真上まで切られた状態で放置されている。

 アイリの時とは違う、痛熱が継続する生き物が本来感じる生命維持反応。

 そして、アイツは何をするわけでもなく髪を引っ張る形で片手にアイリの首を持ち、黙ったままその場に静止したままだ。

 せっかくのバニーガール衣装も滅茶苦茶にして、どうしたいのだ。


 すると、何かが起き上がる音が聞こえてきた。

 ペタリと手を床に突き、膝を起こし、机で腹を裂かれた私の前に立つ。

 私はそっと一瞥し、その正体を確認する。


 視えた、それは首から血を垂らしたデュラハンメイド。

 体の主は言わずもがな。

 白は赤黒いに塗れ、穢れなきタイツの上にも侵食していた。

 無論、薄ら見える絆創膏にも。


 背骨を失い上半身の維持に手こずりながらも、こちらの方へと歩みより机に両手をダンッとついた。

 私の体に震える指先が近づき、左手の小指が少し太腿に触れた。

 やっぱり、アイリの小さな手だ。


 私に突き刺されたままのナイフとフォークにデュラハンメイドの手が触れると、全身に微小の痛みが伴う。

 ナイフを左手に持ち、フォークに右手で握り、これから食されるのだ。


 ──すると、デュラハンメイドは突然静止した。

 首は無いが首を傾げ、何かを考えるような動作をしはじめた。

 突然、ハッとしたようにデュラハンメイドが揺らぎ、食器越しから痛みとなって伝わった。


 すると、デュラハンメイドは触れていた食器から、すっと手を離した。

 それは哀れみなどでは決してなく。

 寧ろ、今度は私の体から容赦なしに引き抜いてきた。

 聲も無く、痛みともに私の血が辺りに飛び散る。

 その血は食器をつたり、アイリの手を汚す。

 私色に染まり、震えながらも祖拙い手つきでナイフとフォークを入れ替えたのだ。


 あれ、うん、そうだ。

 ──フォークは左手で、ナイフは右手、添えるよう。


 私が教えたやつ。


 ──で、切り裂かれた腹の中へとフォークを振り下ろしてきた。

 殺痛さつつうを感じる瞬間ひまさえ与えず、ナイフが内臓なかへとお邪魔する。


 沈み込んでいく銀の食器が、を吸い上げ私をころす。

 私が教えてあげた持ち方で、彼は傷つけていく。

 黒服のせいで、今や自身の罪すら愛してしまっているのだろう。

 可哀想に、マリオネットの様に動かされた挙句最悪な喜びを覚えてしまったんだ。


 こんな所へ、こんな所へ、私は連れてきてしまったんだ。

 私はなんという愚か者だ。故に、喰い殺されるのも必然。

 搔き乱されるこの熱も、私が教えてあげたマナーで作り出されているのであれば、悪くないものだ。

 もう、この熱さいたみすらどうでもいい。


 途端、痛覚は崩壊を訴える。

 貴方様からが千切れた、と。

 目尻から涙をこぼすと共に、視線を追いかける。


 小腸の一部がぶち切られ、肉として取り出されていた。

 

 血を溢しながら、黒服の持つアイリの頭へと持っていく。

 震えた手つきで、顎の無い口中へデュラハンメイドは押し込んだ。


 私の小腸がアイリの舌に乗ると、血交じりの唾と手を取り激しく踊りだす。

 私の舌なんかよりも先に、大人の行為をする内臓。

 何故か嫉妬や腹立たしさがある、自分の部位なのに。

 十秒ほど舌の上で踊り続けると、最後は斜めに滑り喉へと入って行った。


 ────ペチャ。


 が、首から下は支えるものは何も無く、モノトーンブロックの床に小腸は絶える。

 なんか勿体ない。

 どうせだったら、噛んで、舌で知って、胃の中で溶かして欲しかった。

 それもこれも……。


 それでも尚、黒服は沈黙を保っているとアイリの顔を見て、そっと頷いた。


「えぇ、そうですね。もっと味わいたいですよね」


 私の小腸を踏みつけ、アイリと共に黒服は私の前へと歩み寄った。

 ……そのまま、食わせる気だ。

 上から私の顔を覗き込むようにして、黒服は業務的動作でアイリの顔を近づていく。

 壊れた美少年女の眸が私のと重なる。

 ……もう、瞳は逸らせない。

 その瞳の中にバニーわたしはいるのだろうか、それともバニーしかいないのだろうか。


 血で濡れ、キャンドルの灯を耽美的に取り込んだ黒髪が──同じく血で濡れ、汚穢にまみれた白髪に溶け込んでいく。

 モノトーンに混ざる、だからと言ってカフェオレはできない。

 できたとしても、私たち二人しか飲み干すことのできない特注品である。


 すると、今度は私の意志に反し、上半身がゆっくりと起き上がり始めたのだ。

 しかし今のは、まるで誰かに起こされているようだった。

 体を動かすことができなく、その正体を知れぬことにもどかしさを感じていると首がもたれる様にして、後ろの方へと曲がった。


 後頭部に小さな胸が当たると、『……そっか、良かった』と一人沈静した。

 黒服よりも、アイリに振られて殺された方がマシだったからだ。


 テーブルの上でデュラハンメイドに上半身を支えられると、次に、両手に持っていたフォークとナイフを両方の鎖骨に突き刺してきたのだ。

 幾度となく来る痛みと熱は、もはや快楽となりつつありながらも私は違和感と言う名の拒否反応を示し、正気を保ち続けている。

 そろそろ、本格的にぶっ飛んじゃいそうだから。


 さぁ、早く食べて。

 顔を犯すなら、侵してくれ。


 されど、メイドの生首は見つめるだけで食べようとしてくれない。

 まだ意思があるのかも解らない無垢な瞳、どこから食べようか迷っているの?

 じゃあ、道を指示してあげよう。


 動じることのない黒服に私は言葉を贈った。

 どうせ、この独白も聞いているのだろう。


「………………」


 ……体の一部だけ、自由に動く。

 早く、早く早く、アイリへ食べて貰うんだ。

 食べられようとした分だけ、たんと食べろ。


 私は────ベッと舌を出す。


 これが私の精一杯。

 小賢しい、そしてやらしい手口。

 最後くらい、良いじゃない。

 可愛くて喰い殺したくなって、喰われたい男の子と妙な大人色の口づけを交わしたって良いじゃない。

 自らの双眸で意思表示をする、私の舌を喰え。と。


 すると、届いたのかは知らぬが緩々ながら舌の方へとアイリの顔は近づいてくる。

 その際、腹や胸に触れうねる脊髄がこそばゆく、こんな状況でありながらもアイリを可愛らしく思えてしまう。


 例え体から切り離されて、顎無しの脊髄だけになろうとも可愛い子は可愛いのだ。

 こんな姿になっても、私はアイリを好いている。これがどれほど幸せなことか。


「…………ぁ……」


 私は彼の小さな舌を掴み取るように、必死に撫でた。

 涎が無くなり、乾燥しきった舌を私は愛していく。

 水を与える様に、乞えを無くすように。


 愛らしさのあまり私は涙を溢しつつ、奥歯に隠していたを舌で器用に運び出し、彼の舌に触れさせた。

 私の涎で濡れているから、きっと舌の上で溶けてくれるはずだ。


 アイリ、あなたに即効性のドラッグお菓子をあげる。

 これ食べて、元気だしなっつーこと。

 ま、後は煮るなり、焼くなり。どうなるか知らんけど。

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