【19】ドリームスティック・ヴァイオレンス

 何分も経ったというのに、誰も来ないとは何事か。

 ここは呼んだ方が……。

 声をかける一歩手前、私は咄嗟に口を閉じた。


「アイリ、店員さん呼んで、誰も来ないと何も始まらない」

「……はい」


 私は、店員を呼ぶ役目をアイリへと渡した。

 これには深い意味などは特に無く、アイリが呼んだ方が早く来るのだろう。という数分間で得た印象だった。

 アイリは静かに手を上げ、凛とした声で通路へと話しかけた。


「すみません、店員さ」

「ゴチュウモンハ、オキマリデショウカ?」


 は私たちの席に伏線も無くやって来た。

 黒いスーツを着用した得体の知れないの顔は黒く染まっていて、何も見えず。

 ノイズがかった聲に耳がキーン、と飛びそうになった。

 まるでこの店そのものを表しているかの様な、表情の見えぬ死神。


 なるほど、通りで。

 こりゃ私もここで死ぬのかな。一瞬死ぬ思いをしたからそれよりはまだ正気だけど、でもやだなぁ。

 嫌な憶測を生み出し続ける黒服を凝視しつつも、なんとか言葉を紡ぎ出そうとした。


「あー、そうっすね。えーっと……」


 ありゃ、そういえばメニューないんだ。ここ。

 どうするんだこれ。アレか、漫画でよくある人の顔を見て料理を作る料理人みたいなのがいるの?


「ゴチュウモンハオキマリデショウカ? レディ」


 ……レディ?

 その言葉を聞き、私はゆっくりとアイリの方を向いた。

 今の彼は額に微小の冷汗をかき、視線はくろの心髄を探る気高きあかの瞳であった。

 震えは無く、恐れも無い。

 そして、可憐にも黒服へ一礼。


「僕、男です」


 レディの最初に出た言葉は『訂正』。


 いや、そこか。

 私も間違えたけど……、私の時はもっと可愛げがあったのに今は堂々としているな。

 少しの成長を感じるような、感じないような。

 それを聞き、黒服は──。


「……タイヘンシツレイイタシマシタ。ボーイ」


 素直に訂正する。驚きの表情は無論無い。


「デ、ドノヨウニイタシマショウカ? ボーイ」


 この黒服には空間を共にしている私など、眼中に入っていない様だ。

 注文を尋ねられた美少年女の赫き宝石に反射するは虚無、そんな子から出る内容が明るいはずが無かった。


「僕、生きてるだけで皆が迷惑するんです」


 淡々と、自分存在を否定していくはアイリ。


「生きているだけで、学校の皆が嫌な顔をして、女の子の一人が僕がいるせいで罰ゲームを受けて、そのせいで僕が耳を切り落として……」

「い、いや~、それはその女が悪いっしょ」


 あまりにもマイナス思考でネチネチとした内容に、私はつい言葉を遮ってしまった。

 なにより、この後何されるかわかったもんじゃない。

 途中で止めなかった私が悪いが、ここで帰るように何とかアイリの考えを誘導するしか、やり過ごす方法は無いだろう。


「さっきも言ったけど、そんな死にたくなるような事なんて生きてる間にたくさ──────はっ────────」


 声帯が、死んだ止まった


「人の言葉に口を挟むのはお控えください。──御嬢様」


 困惑していた私の鼓膜に入ってきたのは、ノイズの薄れた突き殺す聲。

 先程の様な壊れた聲は完全に修復し、男らしく低いものとなっていた。

 調整が必要なのだろうか、じゃあこいつらは生き物ではない? 悪魔や神の使いの類か?


「貴方は、少年様のなんなのですか」


 何ってそりゃあ……。

 聲が出ない以前に、答えが出なかった。

 私が彼の何なのかなんて、……私自体解らないのだ。

 好きなのは確実だ、好き好き大好き。

 だけど、それが何の好きなのか解らない。

 ──揶揄いやすいから?

 ──話しやすいから?

 ──眼が離せないから?

 そんな状態で答えた所で、何も──。


「おやめください! 女性に対して暴力を行うなど言語道断です!」


 黒服に向かって突然、彼は恐れ知らずに怒気の付いた聲を木霊させた。

 無論、その聲が此処から漏れることはないだろうが──それでも、叫んだのは私の解らない好きな子だ。


「申し訳ございません。──ですが、これは規則でございまして。少年様が最後までご注文をおっしゃらない限り、声帯は抑えたままにさせていただきます。ご了承ください」


 アイリは肩で呼吸をし、可愛い顔で黒服を睨み付けた。

 それでも尚、黒服はそんな怪物を見据え、回答が来るのを待っていた。

 去ることも無い静寂に嫌気がさしたのか、一呼吸おいてアイリは話を続けた。


「……耳を切り落として、彼女の命をそのまま奪い取ろうとした時、バァバが止めてくれて、その時に──バァバの手にも怪我を負わせてしまいました」


 それは、初耳であった。

 手に怪我を負う程の斬撃、アイリの先代バァはどの様な気持ちで止めたのであろうか。

 そんな事を、つい考えてしまう。


「パパにもママにもジィジにも迷惑かけて、此処に来ても先輩さん達より仕事が遅いから、迷惑かけちゃって……、そして、彼女……バニーさんの事も殺しかけました」


 ──違う! あれはアイリ、一つも悪くないじゃん!

 そう叫んでも、私の声は死んだままで届くはずも無い。

 これ程までに、もどかしさを感じる状況は生まれて初めてだった。


「だから」


 言うな、バカ。やめろ。

 アイリ。


「もう誰にも迷惑を掛けられない様に、僕を一思いに殺してください」


 そんなこと、言わないでよ。


「……注文を受け付けました。真砂まなご 藍萊あいり様」

 黒服は彼の注文を聞き入れ、彼の名と共に了承する。


「では、取り掛からせていただきます。──丁度良い同伴者食材も持参してくださったようですし」

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