【12】伝説って?

 ──とても、妙なことが起きた。


 いったいどうしたのだろう。と瞳をぐるりと動かしたが、塔の最上階そのままだ。

 一瞬、死後の世界だと思った。天国とか地獄とかそういうやつ。 

 だって、全身の痛みが引いて、熱に壊された体が元に戻っていたのだ。

 死んだ世界でもないと、私の体が壊される前に治っているのはおかしい。

 しかしこの風、背中に感じる石床のひんやりとした温度感。


 そしてもう一つ、アイリのすすり泣く声が聞こえてくるのだから、ここはまだ現実。

 頬を苺色に染めた白蛇系美人が視線に気付くと、涙に濡れた乙女の顔は安心した表情へと移り変わる。

 そんな反応をされるとは思ってもみなくて、私は一瞬だけ目を逸らした。


「よ、良かった……生きてた……」


 二つの単語を繰り返しながら、アイリは再度宝石を生み出しては石床へと溢し、割っていく。

 感激の乙女中、申し訳ないが。と質問をした。


「…………アイリ、私の体……どうしたの?」

「な……治す薬を買って来て……飲ませました」

「体を瞬時に治す薬って……確か、凄い値段するよね」

「…………こ、今月の、残りのお給料、全部出して、買ってきました……」


 バカ、自分を食べようとした奴に全額出すな。


 夜風に火照った体が放熱していき、少し首を曲げるといつもより大きく鳴って、アイリを驚かせてしまう。


「……こんな事、あんまり教えたくないだろうけど……何者?」


 馴れ馴れしいにも程があり、されどとても気になっていた事。

 命が助かった今だからこそ、聞いておきたい。

 袖で涙を拭きとると体育座りの状態で顔を埋め、アイリは話してくれた。

 

「僕……、“安珍あんちん清姫きよひめ伝説”の血を引いてるんです」


 聞いた事の無い単語に理解が追い付けなかったが、間を置いて答えた。


「…………清姫? なぁに、アイリって王族とかの家系なの?」


 月光に照らされ自らの影と共に、アイリは首を横へ振る。


「いいえ、僕と清姫には何の関係もございません。

 ──僕と『血縁関係』があるのは、あくまで清姫伝説となんです」

「……………………」


 生まれ変わったばかりの脳みそを回せども、アイリの言っている事はイマイチ飲み込めない。

 ヨグ=ソトースさんから聞く話の方が、今はまだわかりやすいかもしれない。

 私の無言の意味を肌で感じ、アイリは話を続けた。


「そう言われても、よく……わかんないですよね……。清姫伝説から、お話します」

「…………ん、お願い」


 そう頼むと言葉を紡ぐよう、アイリは清姫伝説について話し始めた。


「『熊野』という土地に参詣へやってきた“安珍”という男性が、

 宿を借りた際に出会った女性が“庄司清姫”という御方なのです」

「……そんで、そのちゃんはどうしたの?」

「……清姫は安珍を一目見て惚れ込んでしまい、彼を困らせてしまいました。

 宿を出ようにもしつこかった清姫に「帰りには絶対また来るから」と嘘をついて二度と宿へは戻りませんでした」


 うぇ……悪い未来しか想像できないのだが。

「それから、騙されたと知った清姫は怒り狂い、安珍を追いかけ始めました。

 ──途中、川を泳いで追いかけていると徐々に蛇の体へと変わっていったと聞きます」

「ん……いや、なんで? なんで川を泳いでいる途中で蛇になるの?」

「い、いや、そういう物語なんです。

 ……人が考える昔話なんて、こんなもんなんです」

「そういうもんなんだ……」


 私の腹を満たしてくれた人たちも、こういう物語を考えた事があるのだろうか。

 お腹の中で未だに夢を見ているのかな。

 まぁ、そんな疑問を抱いたところでもう意味は無いけど。


「寺まで逃げ込んだ安珍は追い詰められ、大きな鐘を降ろしてその中で隠れていたのですが、清姫は逃がすこと無く鐘ごと彼を焼き殺して

 ──その後、彼女は入水自殺をして命を絶ちました」

「……なんで火が──ごめん、物語だったね」


 うむ。細かい所に疑問を持ってしまうが、気にしては負けというやつだ。


「その清姫伝説が何かしらの因果により、生物としての形で産み落されたのが僕のご先祖様なんです。

 ──僕はこの通り、まだ未熟なので全身を蛇には変えられませんし、それに蛇もコントロールできなくて……普段は自制薬で抑えているのですが……」


 『未熟で、あそこまでやられてしまったのか……』と不服に思いながらも合点は一致し、謎は解けた。

 噛まれた時に発生した熱に侵された様な負傷は、そこから来ているのだろう。

 何でもありな奴が来る場所だ、こんな子がいてもおかしくない。

 それが逆に普通な世界なのだから。

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