【13】泣き虫な異様者

 伝説とは──不確定な真実であり、殆どが幻想。

 この清姫伝説は、作り話というのが確定している。つまりはくうを掴もうとするのと一緒で。

 悔しいけど、最初から勝てる訳が無かったのだ。


「でも……こんな所で血が暴走しちゃうなんて、思わなくて……バニーさんを……」

「……私が悪いよ。人喰いだから、食べようとした私が悪いの」


 罪悪感など無い。そんな物があったらこんな放浪生活はしていない。

 今まで死にかけた人は食うか、腐っていたら無視していた。

 しかし、この子は──安珍・清姫伝説の子孫は。

 放置しておけば死んだものを、大金叩いて買ってきた薬を飲ませ、起きるまで見守ってくれたのだ。


「いえ……貴方様は、自分のに従っただけです。僕はその性を邪魔した、“悪”に過ぎません」


 どうも、おかしなことを言う。

 食べられたのに、自分が悪いという獲物は生まれて初めてだ。

 いや、そうそうるタイプのヒトとは思えない。

 ある意味、異常いよう過ぎる。

 逆にこちらが恐怖すら覚える程、混沌とし過ぎている。


「でもさ、普通は命を奪う方が悪って感じじゃない? じゃあ私が悪くない?」


 それでも、美少年女は首を振る。


「誰だって、僕だって、命を食べます。──それが、自分が良いと判断して行動した性であれば、それで良いと思います……。

 ──薬で眠らせて、痛みの無いまま死なせようとしてくれたのは、貴方様の優しさだと思います。それに比べ、僕のは無意識で自動に発現して、相手を殺す……外道の使うものです」


「じゃ、じゃあぁ、アイリは死んでも良いの⁉ 死にそうだから抵抗するのは当たり前じゃない! 私だって、アイリの蛇に抵抗したよ! 生きていたいから!」


 何、寝たままで声を上擦らせてるんだ、私。

 食べ物としか判断してなかったに、どうしてこんなに本気になっているんだ。

 アイリを睨み付けるが、彼は蹲ったままで顔を見せない。


「僕、は、死にたいです」


 それに、何か頭に来た。


 勢いよく起き上がり、背骨や腰、四肢から生まれ変わった骨のが、全身からパキパキとに鳴った。

 アイリへと詰め寄り、前髪を掴み上げる。

 いじけた様子の少女顔、目と鼻周りは赤いまま。


「美少年女が、死にたいとか言うな!」


 食材にキレる自分はきっと他人から見たら滑稽だ。食べようとした子に説教とか絶対馬鹿。

 親も幼馴染も殺した私に、そんな資格ないのに。


「美しい奴が、死にたいとか言うな! 優しい奴が、死にたいとか言うな! まだ本当の幸せ知らねぇくせに、死にたいって言うな!」


 語彙の無く、人を縛り付ける最低なお説教。

 私は誰にも叱られたことが無い。叱られている様子しか見た事が無い。


「ば、っか、がよぉ……生きたいの、一言も言えないの……」

「……ぱ」


 最低な説教を喰らった美少年女が、何かを喋りだす。


「……パパとママと、ジィジとバァバと、村に住んでいた頃、女の子の友達がいたんです。仲が良かったんですけど、その子、実は、罰ゲームで、僕と仲良くしてて、僕、学校じゃ嫌われてて」

「……最低」


 私は前髪から手を離した。


「最低だよ、その子」


 その髪はくしゃくしゃになったままである。


「もちろん、傷つきました。でも、僕は気持ち悪い子だし、当然です。それで、放課後に……道端で会って、その時、無意識で……」


 虚ろな蛇の目が語るは、罪。

 『裏切られた』という負の感情。

 それを少しでも思った瞬間、自動的に発動するのが「清姫伝説の血」。


「で、どうなったの?」


 続きを催促した。


「左耳を……切り落とした。血が溢れて、ランドセルにもかかっていて」

「その子、死んでないの?」

「バァバが止めてくれました……。バァバが来てくれなかったら、きっと……」

「そのバァバちゃんって……」


 アイリは相槌を打つ、つまりはそういう事だ。


「女の子はそれが原因で引っ越して、僕はその後引き籠って、それから何日経って、修行に出ろって言われて、この世界へ飛ばされま、した」


 アイリは啜り泣きながら、私に自分の罪を教えてくれた。


 が、正直言って、序の口と言ったら可哀想だろうか。

 それよりも酷い光景は見て来たし、酷い殺しもしてきた。

 しかし、自分の主観は当てにならない。

 観点が壊れているというところでは、アイリよりも異常なんだから。


「だから、ぁ、僕はになっちゃ、ダメ、なんです。自制薬を飲んでも、裏切られたって思った瞬間、無意識で、殺しちゃうからぁぁ……。このまま誰かを傷つけながら、生きるよりだったら……食べられた方が、良かった……」


 再び、アイリの瞳から涙が溢れ落ちていく。

 人を殺すことへの、傷付ける事への恐怖。

 自分こそ、恐怖の対象。

 自分が、絶対悪。

 自分だけ、大嫌いなのだ。

 優しすぎる。それも人とは掛け離れた優しさ。

 人が死ぬよりも、自分が死んだ方が良いって思う人なんだ。

 アイリって、なんだ。


「アイリ……じゃあ死のっか」


 私は背中からハンカチを取り出し、アイリの頬を拭いて挙げる。

 肌を触れているだけなのに、少々ドギマギとしてしまいながら話を続けた。


「安楽死できる場所へ、ウサギさんがご案内してあげるぜ」


 この子には、命を救って貰った恩がある。

 せめて、命を持って恩返しするとしますか。

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