【11】お涙美味しいな

 砂糖菓子の聲が、聞こえたような気がした。

 

 視たい。凄く視たい。気になる。

 だけど、今は少し難しい。


 体躯の殆どがアイリの炎に壊されてしまっていて、指一つ動かすだけで爪と肉が割れ、何百度にもなった血液が溢れ出していく。


 熱い、死ぬ、死ぬ死ぬ、熱い。


 でも……ちょっとだけ、この瞬間だけ瞼が開けばいい。


 ゆっくりと、普段使わないような力を集中させ、抉じ開けていく。

 それだけの単純動作でも痛みは伴い、瞼の肉が裂かれる。


 熱も激痛も止まることはない。

 少し動いただけで皮膚が切れて、骨が折れて、自らの死に貪欲になる。


 だけど、だけどね。

 死にたくても、死ぬ前に、私なんかでも、見ておきたい物があるんだ。


 瞼を無理やり抉じ開け、世界を見つめようとした刹那。

 血と汗が混じり世界視界を凌辱してきた。


 まぁ……ご苦労な事で。

 眼を潰そうとしたのだろうが運命よ、もう遅い。

 ──もう、見た。私の生命みずざまぁみろ。


 先程の白蛇は見当たらない。──否、はするのだが。


 私を殺そうとした小さな白蛇ちゃんはグロさすら感じさせるほど細く、可愛かわゆい左脚へと変態していた。

 その肌色かわは白蛇とよく似た純白、穢れをまだ知らない壊れメイド乙女


 地面に這いつくばっているクズを見降ろし、美少年女は大粒の涙を溢している。

 嗚咽を漏らさず泣くその姿は、月夜の静寂を模したようで私の胃袋にはとても収まりそうにない。

 だというのに、まぁ後ろで光ってるだけのお月様は、私なんかを見る価値もないからと雲隠れって訳ですか。


 怖くて泣いちゃったのかな。美人を泣かせる奴は罪だったけな。

 薬が切れるのが早い気もするが、アイリくらいの化物なら造作もないことなのだろう。


 私は痛みに耐えつつも、唇の形を「逃げな」と歪ませる。

 唇の動きを感じ取ったのか、アイリは慌ただしい足取りで階段を下りて行った。

 小さな足音が地面を伝わり、振動という名の刃が私の内臓を傷つけていく。

 だけど、うん。

 可愛い足音を聞けるんだから、このくらいの代償普通じゃん。


 ──最後に見えた物は、乱雑に放置された白いストッキングと黒い靴だった。

 靴の形から見て左脚の……あぁ、蛇になった時に脱げてしまったのか。

 履かないで出て行くとか、慌てすぎだっつの。まぁ無理もないけど。


 何度も他人を泣かせてきた。

 痛いから泣く者、未来を想像し命乞いをする者、涙と共に笑う者。

 ムカついたから殺し、美味しそうだからとなんでも食ってきた。

 そして、また泣かせてしまった。


 それにしても、まぁ優しい涙だったなと。

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