【7】お友達は焔

 もしかして、私の考えがもうバレているのかな。

 ──いやしかし、それは違うな。と自分を否定する。

 奥底までは、気付いていない様子だ。


「私がここに来た理由、ようは“夢”よ」


 この世界で誰もが思い抱いて、何時いつかいろんな形で消え逝くもの。


「『不思議と可愛いと思った子と一夜を共にする』。それが今の夢」


 私の夢を聞くと、大きな水晶玉をしばたたかせながら、アイリは首を傾げる。


「それが夢…………?」

「君と夜を最後まで過ごしたら、この街からはバイバイ」


 それを話した途端、アイリは黙り込み目下にあるソースと肉の油にまみれた皿の上を凝視した。

 数秒の沈黙は、先程の寡黙な美少女を呼び戻させる呼び鈴である。

 しかし、隣席の男が腰を上げたと同時に、寡黙な美少女は去って行った喋りだした


「……あの、嫌なら良いんですけど……その、街から出て行くのでしたら、と、友達になってくれませんか……?」

「友達?」

「お恥ずかしい事なのですが、僕、お友達がいなくって……本当によろしければで良いんです。バニー様が……ご迷惑でなければ」


 その言葉願いと共に愛らしき瞳は揺れ、頬は成熟した果実のように色褪せていく。

 “バニー様”だってさ……可憐だ。


「……良いよ、お友達になりましょう」


 この子の友達になるのは、悪い事じゃない。逆に可愛すぎて勲章が付いてくる。

 どうせ明日にはいなくなる一夜限りの友達だけど、よろしくね。


 私の了承を聞いたアイリは、口元を綻ばせ小さく頷いた。

 その小さな表情は、彼の最大限の感情表現。

 こんな子の美々な笑顔が見られるなんて、私はなんて幸せ者なのだろう。


「夢があるなんて羨ましいです、僕にはそういうの無いから」


 笑顔の中で微小に呟かれた憧れは、客の会話と店内演奏にかき消されようと私の耳にはちゃんと残っている。

 ──どこか切なげで、消えてしまいそうな美少女の聲だった。

 悲しそうに微笑するアイリを見て、『気持ちを紛らわせる為にからかってやろう』と彼の頬へと手を差し伸ばした。


「おいおいおーい、そんな事言わないの。笑え~、美少──」


 果実ほおにそっと触れようとした瞬間、私の手の甲に小さな痛みが伝わった。

 先程の熱よりも、断然微弱な小さな熱。

 

 アイリの瞳が、恐怖に震えている。

 顔色は先よりも増して色あざやかになっていて、寡黙な少女の呼び出しはもう無いのだろう。

 私の時に彼自身も痛みを感じたのか、とても小さく華奢な手を抑え、視覚から遠ざけた。


 痛みを与えられると共に、私は拒絶された。

 先程と比較にならない程、悲しい焔が皮膚かわに小さな跡を作っている。

 弱すぎて数分後には溶けてしまう。

 そんなアイリの拒否反応が、少しだけ痛かった。

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