【8】デートは終わらない

 晒し首の月下。

 相も変わらず賑わっている街道を離れぬように寄り添いながら歩いて行く、兎とメイド。


「ふ~っ、お腹いっぱいだ」

「…………このご恩はいつの日か」

「良いの、どうせ陽が開けたら消えるし」


 どこまでも律儀。

 この夢が終わるまでは、この子とのデートはやめたくない。

 しかし、どうしたものか。この後どこに行くか考えてなかった。

 邪神カップルの横を通り、知り合いが前を通りかかると逆方向にズレ、ケロべロスのような猫が発情期を迎え雌を追いかける、この夜。


 ──そうだ、あそこなら誰にも邪魔されない。


 思い付きと共に足がピタリと止まり、アイリは「どうしたのですか?」と言いたげに様子を伺った。


「ねぇね、私だけが知ってる所に連れてってあげる」

「知っている場所?」

「うん、誰も来ない私の絶景ゾーン」


 理解が追い付かないアイリの体を有無を言わさずお姫様抱っこで持ち上げると、裏路地に連れて行く。

 支えたその体は生きているのか怪しく、夕食の食材が入った買い物袋の方が重いと感じる程──彼の体は、とても軽かったのだ。

 ちゃんと毎日ご飯を食べているのかな?

 当の本人は顔を赤らめながら周りを気にしているだけで、自分の貧弱さに気付いていない。


 光の照らされない月影へと潜り、誰もいない事を確認した。


「じゃあ、から」

「え、跳──」


 その言葉が最後まで発せられる事のないまま、私たちは宙へ舞い立った。

 アイリと私黒白の髪が、からで絡まり溶け合う。

 屋根の上に着地しては駆けて行き、促進かそくの先を生み出していく。

 私が編み出す音速は看板や壁などもろともせず、時に重力をもその脚で破壊し道を生成する。

 しかし、正確に言えば今のスピード段階は『高速』であり、いつも出しているものより遅いのだ。

 もしここで『音速』や最大の『光速』を使ってしまえば、アイリの体が壊れてしまう。

 可愛い子が速度如きに壊されるなんて、私は嫌だ。


 アイリは高速の中、変転し溶け逝く生き物や光景に驚いたのか、私の体に腕を強く回した。

 すごく、とてつもなく嬉しい。


 ※


 蹴りの構えで跳んでいき、なんとか最上階へ到着。

 アイリをゆっくり降ろすが、足取りがフラフラと疎かになっていて転びかける。

 ──抑えたつもりだけど、反省だ。

 呼吸を整えつつ、アイリは近くの石畳の手すりに凭れかかる。

 少し落ち着くとゆっくり顔を見上げ、そこに広がっていた光景を大きな瞳に受け止めた。


「わぁ……!」


 塔から見えたものは、先程私たちが駆けた街。

 視界の続く限り、無限に広がったひかりが、夜の寂しさから守ってくれている。

 アイリは何粒もの金平糖へと姿を変えた夜世界よせかいを見渡し、心酔していた。

 この10階建ての塔は夜中になると誰も来なくなり、勝手に侵入しては朝になるまで一人酒を飲んでいたりした。

 アイリの職場から見た景色の方が良いと思うが、彼にとってはこっちの方が素敵な物なのだろう。

 黒髪に隠れたメイド美少年の背を見て、「可愛い」と呟く。

 それほどまでに、君は可愛い。

 連れて来て、本当に良かったと思う。


「……綺麗?」

「はい!」

「目に刻み込んでおきなよ~、思い出になるんだからね」

「はい! 忘れませ──」


 アイリの細い首筋を折らぬよう、麻酔薬を押し込む。

 躰が人形の様に動かなくなっていく、屍骸になった訳ではない。

 数時間ほど眠ってしまうだけの、昨日買った特殊な麻酔薬。

 嗚呼、アイリの白肌を見ていると自我が抑えられない。

 地球の童話にある『白雪姫』を連想させる横顔は私の純情を増幅させ、理性を吐き捨てさせる。



 やっと。



 ──アイリを食べられる。



 白肌の子供の肉を汚し、その上をテーブルクロスの様に紅が染め上げる。

 好き、愛してる、嗜好。



 ──それが、“喰人”である私の渇望なのだから。

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