【6】兎女と偽女のための、おいしいお肉たち

 と、近年類をみない美少年女びしょうねんじょに見とれている所へ、左腕を右肩に移植したウェイトレスが料理を二品運んで来た。


 一つは私の、『オリエント産ユニコーンサーロインステーキ』170g。

 すっごいお高めでなかなか食せない伝説上な生き物の肉。

 何も食べていない腹に、この神秘性は来る。

 だけど、私は高いから上手い。とかいうのはよく解らないタイプでして。

 アフターで高い料理と酒を口にしたことはあったけど、何が良いのかわからず只々不味かった。

 しかしこれまた酔いも回っていた帰り道に一人路上で吐いたら、その二つが舌の上に逆流しながら混ざり合って、とても美味しいと感じてしまったのだ。

 というわけで、どんな不味い物でも吐瀉物として吐けば美味しい物だ。

 アイリには内緒だけど。こんな話。


 アイリには、『51産ペガサスハンバーグステーキ』100gを頼んであげた。

 好きな物がわからなかったから、勝手に頼んでしまったが美味しい物だと聞く。

 子供はハンバーグが好き、私も好きだけど大人なので自粛。あぁ、どうせだったらペガサスの手羽先も食べてみたかった。

 目の前に高級神話料理が置かれ、アイリは戸惑いながら、私の表情を伺いつつハンバーグと睨めっこしていた。

 睨んですらないけど。


「食べないの?」

「い、いえ! そうじゃなくて……」


 ふとアイリの手を見てみると、ぎこちなさそうに左手でナイフを持ち、薬指と親指で挟んで持ち上げようとしている。

 どう見ても持ち方がおかしいし、自分でも何か違うと気付いているのだろう。


「アイリ」


 少量の甘め営業ボイス交じりで話しかけ、彼に近づき手を重ねて、持ち方を教えてあげた。

 左手にフォークを持たせ、ナイフは右手に、人差し指を添える様に。

 そして可愛いバニーガールお姉さんに近距離で教えて貰えたという、刹那感史上最強な思い出を脳みそにトッピングして。


「これで良し、食べよ」


 本当はマナーとか関係なしに食べさせれば良いんだろうけど、本人がそうしたいならそうしてあげるのです。

 何故なら私は、優しいうさぎお姉さんだからなのです。


 自分の席に戻りナイフとフォークを握りしめると、早速ユニコーンステーキにナイフを刺しこんだ。

 深く刺し込めば、幾度と溢れ出てくる脂と肉の香りに涎が暴れ出す。

 アイリも少々拙いながらも、ハンバーグをナイフで切り分けていった。

 フォークで刺し、ハンバーグを食べようと小さな口を開ける。

 すると、ハッとした表情を見せ、「……あっ、いただきます!」と頬を赤らめながら私の瞳を覗いたのだ。


 ──あぁ可愛い美少年女め、あとで食べてやる。


 ハンバーグを噛み締めていくと、不思議なことに彼の顔色が徐々に明るくなっていき、次々と小さな口で頬張り込んでいく。

 小さな声で「おいしいです」と言い、リアクションは苦手なようだけど可愛いので良しだった。

 話を弾ませるチャンスだな……。

 ここで一つ、マメ知識を披露してあげよう。


「ペガサスってのはね、“地球”って世界で語られている幻想場の生き物で、翼が生えた馬なの」


 そう言うと興味を持った表情をチラつかせ、こちらに耳を傾けてくれた。


「……なんで幻想の生き物のお肉が食べられるんでしょう? 皆の頭の中にしかないのに」

「さぁ、そんなな事は、ここだと当たり前になるから。うーん、51産だから……きっと51番星から捕まえて来たんでしょうね」

「では、ユニコーンというのは?」


 お、食い付いて来た。好きよのぉ、男の子だねぇ、可愛いねぇ。

 この手の話はおじじたちからウンザリするぐらい聞かされていたけど、こういう形になったのなら、結果オーライっつーこって。


「ユニコーンは馬の頭に角が生えてる生物のこと。この肉はギルガメッシュ叙事詩じょじしの出身で……エンキドゥって言われてたっけな、私のよく知っているユニコーンと姿は違うけど」

「じょじし……」


 もう何を言われているのかわからなくなっているころだろう。


「お話はおしまい、さっさと食べよ」


 小難しい神話はやめて、食事を続ける美女兎と美少年女。

 ワームブラッドのワインが欲しい気分だったけど、大人が未成年を振り回すわけにはいかないので、これまた自粛。

 お互いに肉が少なってくると突然、アイリはナイフとフォークを皿の上に静かに置いた。

 何事。と思い彼を一瞥する。


「……こんな事聞くのもあれですけど、初対面の僕を誘ったのは……他の理由も、あるんですよね?」


 私の様子をチラチラと伺いながら、美少年女メイド「アイリ」は質問をした。

 その微かに見える瞳の中には、鋭い牙の様な物が見え隠れしていたのを私は見逃さなかった。

 瞳が重なる合う度──この体に熱感が纏われていき、焦がされる。

 その痛覚ですら、今は愛らしく思えてしまう。

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