【5】か、かか、乾いちゃったシーツ

 耳と頭部に付けている偽物のウサ耳に侵入して入ってくるのは、客の会話と天使のピアニストによる店内演奏のみ。


 ──今の衝撃で、しまった。

 喉は、キング・クリムゾンの『21世紀の精神異常者スキッツォイド・マン』を6回連続歌える程に万全。

 問題は脳。

 脳が、乾いてる。

 血……は今はダメ。水が、欲しい。水。水。

 今はそれで…………。


 そこに二人分の水を持って、顔半分に女の生肉をくっ付けたウェイトレスがやって来た。

 「ありがとうございます」とアイリは一礼し、ウェイトレスは水の入ったグラスを一杯テーブルに置いた。

 ──その一瞬のうちに私はグラスを手に取り、仰け反った状態で水を脳みそへ押し流す様にして飲み干した。


 「ほっ」と肩を落としグラスをテーブルに置くとウェイトレスは何言わぬまま、グラスをアイリの方へと置いた。

 美を凝視しながら、メニューに載っている二つの品に指をさすと、彼か彼女かもわからない者をすぐさま立ち去らせた。

 はというと、俯いた表情からは薄っすらと気まずさが伝わってきていた。


「お、」


 美少年女びしょうねんじょが口を開きだす。


「男で、……すみませんでした」


 男でもなお可憐。


「……謝る事じゃないよ。でも、なんで男なのにメイドやってるの?」


 大人びろうと平静を装いながら、目の前の男姫おひめ様に説いた。


「……僕の働いているホテルに、ボーイさんとして雇ってもらうために面接に行った時、面接中に突然「ボーイの人数が足りてしまった」って言われて、

 僕……住むところもお金も無くて、働かせてほしいって何度も頼んだんです。そうしたら、「女みたいな見た目だから、メイドとしてなら」って条件出されて……本当は嫌だったけど、だから……」


 世知辛い理由。

 近距離接客型接客業という点では、こちらも変わらないがアイリの場合は不憫に思えてくる。


「窓の中で働いていた子がまさか男の子だとは……」

「窓?」

「アフター帰りにね、一人でホテルの窓をずっと見てたの」

「えっ、あんな上の窓を下から見てたんですか?」

「目すっごく良いから」


 良くないと、色々と捕まえられないし。


「そしたら、自分の頭よりも高くシーツを積み上げながら運んでいる美少……年がいるじゃない? それで君に会いたくなってしょうがなくなっちゃったの」


 実際、本当にそんな感じ。

 『可愛い子が頑張ってる』。

 『どんな子だろう、会ってみたいな』。

 『じゃあ、招待状でも送るか』。

 これが誘った理由。


「そ、そうなんですか……」


 「見られてたんだ……」と小声で呟き、頬を林檎の実の色の様に染め上げていく。

 ……血色の良いこと。嗚呼どっちにしろ、この子は絶好ぜつすきだな。

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