デートの尾行は緊張する

 優徹町の駅前はがやがやとした喧噪に包まれていた。

 大学生のグループや、部活へ向かう男子高校生、家族連れの観光客もいる。

 織田哲司は柱時計の下でキョロキョロと辺りを見回す。

 待ち人はまだ来ていない。

 彼は、高鳴る心臓を感じながら待ち合わせの時間が来るのを待っていた。


「お、緊張してるな。あいつ」

「それはそうとして、なんで尾行してるの? オレら」

「ホント、デリカシーないんだから」

「宗太郎、人のこと言えないぞ」


 鉾山高校高校男子剣道部の2年は100mくらい向こうから、哲司を観察していた。

 彼らも男子高校生、色恋沙汰に興味がないといえばウソになる。

 怜也以外の3人は好奇心に駆られたまま、この駅の茂みの向こうから哲司たちを見守っていた。


「お、来たぞ」

「あれが哲司の彼女か」


 桃里という女子は哲司のもとに手を振りながら近づいてくる。

 黒髪のポニーテールを揺らしながら、歩き始める。

 哲司と何か楽しそうに話している。


「大丈夫そうだね」

「アホらし、オレ興味ないから帰る」


 帰ろうとした怜也の肩を優人が掴む。


「待て、怜也。お前、なんでここに来た?」

「優人に呼び出されたからだけど?」


 怜也はうんざりした表情で言う。


「あいつらのデート計画を立てたのは俺らだ。お前も付き合え」

「カップルのストーキングに?」

「そうだ」

「あ、とうとう開き直った」


 優人の横から宗太郎がツッコむ。


「はあ」


 世界溜息大会があったら優勝できそうなほど大きなため息を怜也は吐く。しかし、それは駅の喧騒にあっけなくかき消された。


「お、動き出したぞ」


 陽真が落ち着いた声でいった。宗太郎と優人は気を取り直して動き出す。怜也も優人に引きずられながら歩き出した。





「いやー、なかなか良かったな、あの映画」

「最高だった」

「うんうん、最後の逆転シーンは最高だったよ!」

「……目的忘れてない? こいつら」


 映画館で一同は映画の感想を言いながら尾行を続けていた。


「うまくいっているみたいだな、アイツら」


 優人が微笑ましそうに100m先のカップルを見ていた。


「2人が見るのが、まさかのホラー映画って……」

「桃里さんより哲司のほうが怖がってなかった?」

「思いっきり叫んでた」

「剣道で培った声の大きさがこんなところで仇になるなんてな……」


 そんな話をしながら映画館を出る一同。


「そういえばさ……」

「ん?」


 怜也の言葉に他の3人は振り返る。


「うちの剣道部って恋愛可能だっけ?」

「男子は禁止ではない、女子は禁止だ」


 怜也の言葉に応えたのは陽真。


「なんか、昨日道場でデートの話してたときに女子から睨まれたような気が……」

「お前、辞めろよ」

「そうだ、怜也」

「知らないほうがいいこともある」


 3人の言葉の意味が分からないほど怜也はバカではなかった。


「ごめん」


 自他共にに認めるひねくれ者の怜也が直に頭を下げた。


「お、今度はカフェに行くみたいだぞ。これは計画にないな」


 陽真は遠くにいる桃里と哲司を見つけた。


「陽真、お前よくあんな遠いところにいるのが分かるな?」

「俺の視力は2.0あるからな」

「マサイ族なみにあるんじゃね?」

「すごいなー、僕なんて1.0だよ」

「マサイ族に計ってもらったら?」

「どうやってだよ!?」


 怜也に優人がツッコむ。軽口をたたき合いカフェに入る4人。

 そのカフェは海沿いにあり、テラス席から見れる海の景色は格別だと評判である。


「おっ……雰囲気いいじゃん」

「こんなところでデートか……羨ましいな」

「ちょっと! 声が大きいよ」


 優人と陽真に宗太郎がツッコむ。

 哲司たちはテラス席で会話に夢中なのでこちらには気づいていない。

 4人は屋内のテーブル席に座って適当に注文する。


「ここって何が有名だっけ?」

「パンケーキだろ」

「じゃあそれでいいや」


 桃里と哲司に視線を向ける4人。2人は頬を赤く染めながら何かを話し込んでいる。


「哲司に彼女ができたなんてな」

「喜ばしいことだ」

「うんうん、良かった」

「変な壺売りつけられないといいね」


 約一名を除いてデートを生暖かい目で見守っている。すると、カランカランとドアベルの音が響く。

 4人はすぐに異変に気付いた。

 一人や二人ではない。10人くらいの男たちがぞろぞろと店に入ってきたのだ。

 タトゥーをしていたりガタイが良かったり、男たちの特徴はそれぞれ違っていたがコーヒーを楽しみにしているという顔ではない。

 客たちは訝しげに彼らを見ていたり逆に目をそらすなど反応は様々であった。

 男たちはテラス席に行くと哲司たちの席のそばに立つ。


「な……なんだ?」


 哲司は突如目の前に現れた男たちに困惑を隠せない。


 一瞬の沈黙がその場を支配した。


「やっべ竹刀持ってきてねえ」

「竹刀があっても勝てるか?」

「日本刀はこの店にないよね」

「なんで戦うこと前提なの?」


 宗太郎は一同に突っ込むとテラス席に目を向けた。その瞬間


「おめでとう! 姉御!」


 10人の男たちは頭を下げた。桃里玲奈に対してだ。


「ちょっとみんな! お店の人に迷惑だからやめてよ」


 桃里は頬を赤く染めながら、彼らに叫んだ。


「どういうことなの?」


 怜也は漏らしたようにつぶやく。

 その言葉にはここにいる全員が同意した。


「自分たちは姉御の昔の舎弟っす」

「姉貴は昔、西東京の女王と呼ばれてました!」

「ウチらボスをやってたんです!」

「ちょっとやめてよ! 哲司くん困ってるじゃん!」


 哲司は口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。


「姉貴が幸せそうで安心しました!」

「これからは兄貴と呼ばせてください!」


 今度は哲司に頭を下げはじめた。

 哲司は頭がショートしそうになったがかろうじて踏ん張る。そして、


「だ、大丈夫だ。俺にはもう舎弟がいるからな」

「そ、そうなんすか!?」

「おう、そこにいるだろ? あの銀髪のやつと同じ席に座ってる3人が俺の舎弟だ」


 指をさされた4人組は立ち上がると哲司たちのもとへ走ってくる。


「誰が誰の舎弟だ!」

「認めないぞ」

「ぶっ殺されたいの?」

「日本刀で切り刻んで太平洋に沈めてあげようか?」

「ちょっと宗太郎、それ不良じゃなくてヤクザの脅しだから」


 混沌と化した喫茶店。

 この騒動は店員の『警察呼びますよ!』という脅しによって終わった。






 





 


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