放課後の宴はファミレスで

 授業が終わり、部活も終わった夕暮れどき。

 氷高アンナはファミレスの前で一人の男と待ち合わせしていた。

 ファミレスの前でしばらく立っているとお目当ての男が現れた。


「お待たせ」

「いえ、私も今きたところよ」


 アンナと宗太郎はファミレスに入ると、テーブル席に座り、ウェイトレスから水を貰った。


「アンナは何にする?」

「そうね、パフェにしようかしら」

「僕はポテトにしよ」


 2人は注文を終える。そしてアンナが話を切り出した。


「それで、ストーカーの件はもう大丈夫ってどういうことなの?」

「ん? ああ、あれね」


 宗太郎は水を一口飲むと切り出した。


「あれはね、単なる誤解だよ」

「え?」

「ほら、よくあるでしょ、自分は罪を犯しているつもりはないけど、気が付いたら犯罪になってたってたってこと」

「え、ええ?」


 疑問符を頭の上に浮かべながらも、頷くアンナ。


「結論から言うとね、ストーカーの正体は他校の生徒。それも女子バレー部のね」


「?」


「簡単に言うと、他校から偵察に来た女子バレー部のメンバーだよ。彼女が君をストーキングしてたんだ」


 アンナは黙って宗太郎の話を聞くことにした。宗太郎は天井を見ながら思い出すかのように話を始めた。


「ウチのバレー部って結構な強豪でしょ?」


「ええ?」


 アンナは頷く。

 鉾山高校はスポーツの強豪校で有名である。文武両道を掲げている学校であり、進学校としてもそこそこ有名である。


「だから、他校から生徒が偵察に来ることも結構あるらしくて、それで、ある生徒が期待の新人であるアンナを偵察してたわけ」


「もしかして……」


「最初はただ試合を見るつもりだった。けど君の活躍を見てどんな生活をしているのか気になったみたい」


「それで……」


「うん、まあ後はアンナの知る通りだね」


「ストーカーなんて大それたものじゃなくて、ただの偵察だったってこと?」


「その通り、まあよかったじゃん。ストーカーじゃなくて単なる他校の偵察で」


「そうね、よかったわ。それでその偵察の子は大丈夫なの?」


「うん、僕から言っておいた。これ以上は警察沙汰になるからやめとけってね」


 アンナはいまいち納得がいかない表情だった。


「あの子は反省してるみたいだし、きっと大丈夫。今度は正面から堂々と偵察に来てくれるよ」


 宗太郎は微笑む。


「ま、迷惑のかからない範囲でやってほしいわね」


 アンナは息を吐いた。体にたまった不安を吐き出すように。

 ファミレスの中は、放課後の学生で少し騒々しくなっていた。

 窓の外を見ると、夕焼けが空の大地の境界線を赤く染め上げていた。


「さ、乾杯しようよ」


 宗太郎は水の入ったコップを掲げた。アンナもコップを持って、宗太郎の持っているそれに軽くぶつけた。


***


 少女は街の中を歩いていた。夕方の商店街は学校帰りの学生や会社帰りのサレリーマンであふれかえっていた。少女が一人で出歩いていてもそこまで目立たない。


 ──そろそろ来る。


 少女は目標を見定めた。それは、茶髪の長身の少女。


 身長は170cm近い。茶髪をポニーテールにし、前髪をセンターパートに分けている。長いまつ毛に縁どられたグレーの瞳、スッと整った目鼻立ちに厚めの唇、長い手足に、美しい均整の取れたスタイル。それらすべてがとても同年代とは思えないほど美しかった。高校生というよりも、まるで海外のモデルのようだった。


 彼女はただ美しいだけではない。バレーボールの優秀な選手だ。

 中学時代、彼女のプレイを見たことがある。


 サーブ、レシーブ、スパイク、トス、どれを取っても一級品だった。


 スカウトを受けて、地元の強豪校に進学したと聞いた。そして、自分も彼女について知りたいと思うようになり、こうして偵察をしている。


 偵察をしてくるようにバレー部の先輩に言われたときは、嬉しかった。


 今日はどのような日を過ごすのだろうと、彼女の通る商店街に足を運んだ。

 すると、


「キミだよね、最近ウチのクラスメイトを尾行しているの」

「え?」


 振り返ると、そこには美少年がいた。男にしては長い黒髪にはウェーブがかかっており、肩まで伸びている。くりくりとした大きな黒い目に、長いまつ毛、肌は羨ましいくらい綺麗で、キメが細かく白い。体はやや華奢で、優しそうな雰囲気を放っている。


 制服の下がズボンでなければ、女子だと思ってしまうところだ。


「最近、やたら視線を感じるってあの子に言われてさ」

「あの子?」

「キミが尾行している子のことだよ」


 美少年の言葉に少女はギクリとしてしまう。しかし、少年は優しく諭すように話す。


「あんまり街中で後をつけるのはやめてくれる?」


「す、すみません」


 少女は頭を下げる。

 正直、心のどこかでこれはストーカーではないかと思っていたのだ。それをこうも正面からやめろと言われては、言い逃れしようもない。


「ストーカーとか、そんなつもりはなかったんです。ただ……」

「強い相手がなぜ強いのか知りたいだけ?」

「え?」

「この間街でたまたま見たんだよね、アンナを尾行してる君をさ」

「え!?」

「その目はどこか観察してるって感じだったからさ。もしかして、スポーツ関係かなって思って」

「なんでそれを?」

「僕も同じような感じだったからかな。 あっ……勘違いしないでよ。君みたいにストーカーはしてないから」

「うっ……」


 美少年の言葉に少女は息が詰まる。


「とにかく、もう辞めときなよ。アンナもかなり参ってる。これ以上は下手したら警察沙汰になるから。偵察なら、試合とか練習を見る程度にしておきなよ」


 美少年はそれだけ言うと微笑みから一転、真剣な顔になった。


「わかったね」

「は、はい」


 少女はもはや言い返すことができなかった。


「うん、なら僕はこれで」


 美少年は歩き出し、騒がしい街の中へ消えていった。


***


「あんまり食べると夕飯入らなくなるから、これくらいにしとこっか」

「そうね」


 席を立つ二人。会計をしようとレジに向かう。


「今回は私が奢るわ」

「えっ、いいよ」

「今回の一件であなたにはかなり世話になってしまったもの、女性に恥をかかせないで」

「……はーい」


 宗太郎とアンナは並んで歩く。

 空はもう暗い。西の空がかろうじて夕日に染められているだけだった。



 

 

 


 







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