第13話 目には目を(後編)

2097年 2月20日 12時40分


 地下3階 多目的輸送用5番シャフト 非常階段



「おい待て!おい!!」


 意味が分からない。


「置いていくのか!?」

「問題ありません。マスターの視界は本機にも随時転送されています。状況把握は滞りなく可能です。貴方は使用可能な火砲捜索にご協力お願いします」

「そうじゃない!お前はあれを見て何も思わないのか!」


 私は自分でも驚くほどの苛立った声を前を走るドローンへとぶつける。その

 少女があの巨大なタコを見た瞬間、まるで人が変わったかのように戦い始めた。普段は大人しく私達の指示や行動に付き従っていたあの少女がだ。


「本機は現在マスターからの指示が最優先事項となっております」


 ドローンは一切速度を落とさない。むしろ加速しながら階段を駆け上がっていく。

 あの大ダコ…エネミアンは人類の敵であり危険な存在なのだろう。初めて見たこの私ですらあの怪物が放つ危険性は嗅ぎ取れたし、それを排除せねばならないという彼女の行動理念も理解する。

 しかし、それを行うのは今この瞬間でないはずだ。銃口から光を放つ拳銃やこのドローン程度でどうこう出来るとはとても思えないし、それ以前に少女は生身である。そもそも壁を破って現れたあの瞬間、私たちはまだ化け物ダコに視認されていなかった。つまり、この複雑な地下空間を使えば奴を巻くことなど造作もないはずなのだ。

 それをわざわざ此方から出向くなど「私を殺してください」と看板を掲げているようなものではないか。あのデカい触手で1度殴られるだけでも人間は致命傷を通り越し即死してしまう。あまりにも無謀が過ぎる。


 そして何より…何かを飲んだ直後のギラついたあの目は、正に狂気的であった。

 あれではまるで獣だ。

 眼下に現れた獲物を殺したくて仕方ないケダモノだ。


 人とは思えない。


「彼女はいらぬ戦いに命を懸けてるのだぞ!」

「それは主観です。視点が変われば目的も変わります」

「お前らにとっては必要だとでも?」


 途端、そのロボットが立ち止まった。

 流石に言い過ぎたか。一戦交えかねないと思わず身構える。

 だが奴は、何もしてこなかった。


「当然 これは必要な戦争です。続けねば 人類は 滅びますから」


  その青い一つ目を静かに指向させ、ゆっくりと此方を一瞥し、再び階段を上り始める。それはこれ以上の口論をする余裕が無いと知るには十分な態度であった。

 今はただそれに黙って追いすがり、大人しく武器を探すしか出来ないのだ。

 深入りせず見守り続けたのは間違いだったのでは、と思考を反芻しながら。



………

……



同時刻


  地下4階 多目的輸送用5番シャフト



 非常階段、リフト、ワイヤー、壁のへこみに鉄骨。そういった足場となりうる物体をフル活用しシャフト内を跳ねまわりながら下へ下へと落下する。

 やはりと言うべきか、頭付きは私以外にまるで興味を示さずにまっすぐ此方を追いかけてきていた。その無数の腕を壁に突き刺す度、奴はシャフト内部を埋め尽くす砂塵を幾重にも纏う。そうしてその巨影を更に肥大化させながらにじり寄る様子は此方を威圧するには十分であった。

 好都合なのは奴が光学兵器を使うそぶりを見せないことだ。多少違和感は覚えたものの、周囲の崩落を恐れるがあまり不用意に使えない事もまた理解できる。それとも不調で撃てないだけか、未だ様子見なのか。はたまた捕縛優先の可能性もあるか。


「かかって来いよ!図体だけの化け物が!」

(あんなもの、さっさと殺しちゃおうね)

 

 とはいえ理由などどうでも良い。それは私が考えるべき事柄ではないのだ。今は奴から距離を取ること、そして少しでも時間を稼ぐことを意識し続ければ良い。

 止まらない激情を言葉として吐き出しつつ、更なるけん制射による目くらましと挑発を混ぜながら最下層を目指す。


(貴女なら出来るわ)


 そう、私なら。

 私達なら、奴を殺せるのだ。



………

……



2097年 2月20日 12時45分


 地下1階 地下格納庫



 地下格納庫前には三島達が全員集まっていた。


「おぉ無事やったか!よかったわ、崩落に巻き込まれとったらどないしようかと」


 安心感からか笑顔で出迎えた三島の表情は、まだ一人欠けていると気が付いた瞬間困惑へと書き換わる。


「あら?嬢ちゃんはどこや?そこの丸いのと一緒やなかったんか」

「下層でエネミアンと出くわした。あいつは今それと戦っている」

「なんやと?」


 私は手短に状況を説明した。

 だが、三島以外の連中の反応は一様に危機感に欠けるものだった。


「そんな焦るほどですかね。確かに地鳴りは続いてますけど…」

「イカレブリキ共が釣られて戻ってくる方がマズいのでは?」

「宇宙人と戦やりあってるとかアイツすげぇな」

「俺まだ1度も直接見たことないや。あれって実在するんすね」


 それも当然、大多数は口伝でしかその存在を知らないのだ。私や三島ですらはるか遠くを飛ぶ個体しか見たことがない。

 状況がまだ飲み込みきれてない彼達を尻目に、ドローンは格納庫奥に集められた兵器と廃材の山へと近寄る。

 しかし使い物になる武器は殆ど村の防衛用に確保済、この場に残されているのは使い物にならない大砲や運び出せない飛行機ばかりのはずだ。

 ドローンは目元から光の様な物を照射し周囲を探っていく。その光が埃まみれな防水カバーの山に埋もれるひとつの金属塊を捉えた時、奴の動きが変わった。


「それか、お目当ての品は」


 それは、錆だらけの大砲だった。

 いや…おそらくは大砲である、と表現した方が私達の印象に近くなるだろう。直線的な構造に電気的な制御板と思わしき物体が備わっているそれは、村に持ち帰った大砲とは似て非なる別種のようにしか見えないのだ。

 周りの火器よりは一回り巨大な火砲。いくら赤茶けてるとはいえ形を保っているそれは一見まだ使い物になりえそうだが──


「いやぁどうだか。私らが使おうとした時はうんともすんとも言わへんかったぞ。そもそも車輪が片っぽもげてる程度にはサビサビやしな」


 ──カバーを取っ払っていた三島は“だから持ち帰らなかった”と言わんばかりに肩を竦め、他の手を探さないかと暗に訴えかける。機械に察しを求めるのはやはり難しいらしいと思うのだが。

 当然というべきか、奴はそんな事情など知ったことではないといわんばかりに堂々と三島の横をすり抜け、暗く閉ざされた制御盤の前に陣取る。そして奴は自身の体からコードを1本取り出すと、制御盤の側面に開いた穴へと差し込んだ。


「なんや、どうしてもこれがええんかいな。これにこだわるよりさっさと嬢ちゃん連れ戻しに行った方が──」

「問題ありません」

「──あ??」

「制御系回復。33式閉塞電磁投射砲 再起動シーケンス開始」


 ドローンの片角から漏れ出した光がひと際増す。駆動音がにわかに鳴り始め、大砲の制御盤や砲身に奴の角から伝播したかのような鈍い輝きが宿る。


「データ抽出。本兵装は対異文明兵器として開発された史上初の100mm閉塞式レールカノン砲であり 弾頭には対生体金属専用高速徹甲弾を使用します。これは当該敵戦力が保有する生体金属装甲を十分貫徹可能で」

「長い。要は使いもんになるっちゅうことでええんやな?」


 奴は息を吹き返し文字が羅列される制御盤から目を離し、此方をまっすぐ見据えると静かに言葉を発する。


「はい。劣化はありますが これこそマスターの作戦に沿える唯一の兵器です」


 ブレなく私達を見据え続けるその目は、少女を守るという固い意志が存在しているかの如く青い光を放ち続けていた。



………

……



2097年 2月20日 13時00分


 最下層 D4廃棄処理区画



 様々な処理施設や貯水槽、発電所に各種生産設備など重要設備が集積された基地最下層。元は籠城戦に備えて整備されたのであろうそれらの設備も、今はただ埃を被りその役目を終えつつある。

 その動力源が未だ生きているのが不思議なほどの暗闇で一度奴を巻くべく、先んじて突入した私は物陰にて身を隠していた。拳銃の弾倉バッテリーを変え、乱れかけていた呼吸を整える。

 頭付きは私がこの身を隠してすぐ、時間にして数十秒後に周囲の地形を乱雑に抉りながら最下層へと侵入してきた。狙い通り視界から外れたらしく、辺り一帯に広がる静の世界を手当たり次第に引き裂いては此方を探し回っている。上手く立ち回ればあの巨躯と直接相対することなくこの場に留め続けることもできるかもしれない。


≪マスター 使用可能かつ有効打を期待できる兵器を発見しました。現在1番シャフト大型貨物エレベーターで最下層C1生産区へ輸送中。間もなく配置につきます≫


 ミレイヤから待ち望んだ通信が届いたのは、奴が発する騒音に紛れ距離を取ろうと動く最中であった。手近な柱の陰で送られてきたデータを開くと、バイザーに向こうの映像と各種データがずらりと並ぶ。彼女がそれらを送り付けてきた意図はデータの中身を見るだけで容易に理解できた。


「なるほど固定砲。つまりそっちまで誘導が必要なわけか」

≪はい。ですが劣化によって照準及び電力制御システム内に深刻なエラーが発生しています。電力供給と照準補正は当機で賄えますが 精密射撃も速射も不可能です≫

「撃たせる隙も必要ということね。残弾は?」

≪砲身と砲弾の劣化が著しく進んでいます。数発 場合によっては1、2発で限界を迎える可能性が非常に高いです≫


 たったの1、2発。あまりにも心もとない弾数だが、奴に通用する兵器があっただけ喜ぶべきだ。

 現在地の位置関係を再度確認する。指定されたエレベーターの終着点は隣の区画、距離にして200mほど先のようだ。誘導自体はまず問題なく行えるだろう。

 問題は如何にこの火力を奴へと叩き込むかだ。元気よく動き回る頭付きに直撃させるにはその意識を釘付けにする必要がある。

 火砲側はこれ以上何かを期待など出来ない。これ以上作戦を練る余裕もない。

 ならば手はひとつ。

 

「よし。ミレイヤはそのレールガンと一緒に潜伏して。私が隙を作ってみせる」


 奴が今最大の関心を持っている対象は私だ。その私がおとりとしてレールガンの射線上に立てば…奴は必ず喰いつく。その瞬間をミレイヤに撃ち抜かせるしかない。

 最初の奇襲をしてきたのは向こうなのだ。いわば奇襲返し、やり返されても文句は言えないはずだ。

 

「だからミレイヤ…後は頼むよ」

≪了解≫


 上手くいくかはわからない。だが、私の相棒なら必ず仕留められる。私はこのままけん制と後退を繰り返し、奴の誘引に専念すれば良い。私は移動に備え通信を切断し周囲を見渡した。そして、静寂が包む空間を前にひとつの違和感に気が付く。

 つい先ほどまで頭付きが周囲を引っ掻き回す音が遠くから鳴っていたはず。

 なのになぜ物音ひとつ


 背筋を悪寒が走った。


 その場を離れるため床を蹴るも、その寸前に背後の柱が吹き飛ぶ。

 キュっと締まる瞳孔は、柱ごと一帯が奴の巨椀に薙ぎ払われる様を…この身体の回避が間に合わないという思考までもを鮮明に捉えた。


 マズイ。クる。


 太く。硬く。しなやかな鋼の塊が腹部越しに背骨までめり込み、決して鳴るべきではない異音が脊髄を突き破る。そのあまりに重たい一撃は、私の時の進みを、数段と遅らせていく。

 ぬるりと影から現れる巨躯。ゆっくりと流れる地面に伸ばした手が空を掻いた時、初めてこの体が放物線を描いていると知った。

 

「く゛─っ──────‼」


 胃と肺の中身が無秩序に混ざり、抑えきれずに呻き声として体外へと漏れる。

 10m、いやそれ以上に飛ばされただろうか。内臓丸ごと粉砕されたかのような痛みと、地面に酷く叩きつけられる衝撃。強く打ち付けたヘルメットにはノイズが走り、思考が白く歪む。視界に走る亀裂はバイザーにヒビ割れが生まれたことを示す。


(ほら、立てるでしょ?)

 あぁ。まだだ。


 ここで気を失えば奴は私を捕縛し、その矛先の他の人間へと向けるだろう。胸の鹵獲防止装置がマトモに機能していない以上、ここで意識を手放すわけにはいかない。体内を駆け巡るチョコレートに頼り脳を無理矢理覚醒させる。

 活性化した視界は顔に刺さる巨大な影をすんでの位置で再捕捉した。無茶な動きに絶叫する痛んだ体を強制的に跳ね上げ、今度は自らの跳躍力を以て追撃を躱す。

 振り下ろされる力越しに私を執拗に狙う5つの目玉と目が合う。

 当然だが頭付きは機械だ、ミレイヤと同じく感情などない。だが、増幅されきったこの身体は、その機械仕掛けの目に“苛立ち”という感情すら見出してしまう。


「怒りたいのは、こっちだよ!!」


 異様で異質な眼球に向け更なる銃撃を浴びせていく。当然効き目なんてさらさら期待していない。それでも煩わしく思わせる程度には効果があったのか、奴はその蠢く装甲を動かし防御の構えを取った。

 その隙に地面に着地し、柱やがらくたを駆使し視界を切る。奴がその身を動かす度撒き上がる瓦礫類は物理的にも視覚的にも脅威だが、それは此方とて同じだ。頭に直撃しない程度にこの身を瓦礫の影に隠し、少しでも回避率を底上げする。

 壁を蹴り、柱をくぐり、引き金を引く。

 が、その銃口から光は撃ちだされない。

 

「っ弾!」


 電力タマ切れした弾倉を手早く再装填し、攻撃を避け、走り出す。それを何度も繰り返す。

 目指すはミレイヤの待つC1区画。誘導という第一目標は達成できる。

 …はずだった。


『警告 貯水槽に亀裂発生。隔壁緊急閉鎖。関係職員は直ちに退避』


 地下空間全体にノイズ混じりの警報が響く。問題が起きたのはC区画へ通ずる扉に手を掛けた直後、ミレイヤの射角まで残り数十メートルと迫った時だった。頭付きの背後、奴が無造作に腕を突き刺していた壁が崩れ、その中から勢いよく何かが吹き出し始めたのだ。


「何!?」


 それは見たこともないほど大量に集められた“水”であった。

 真っ黒に染まった大量の水が壁のように押し寄せる。私は身構える暇すらなく足元を掬われ、勢いそのままその水の群れに扉ごと押し倒された。

 何かを触っているのに何も掴めない奇妙な感覚。地面から離れる浮遊感は宇宙で溺れるあの感覚と似ているのに、それとはまるで異なる圧迫感が体を潰す。

 そして──


 バキン


 ──重みに耐えかねたバイザーが圧壊し、濁り臭う水がスーツ内を一気に満たす。

 目を、鼻を、喉を、肺を巡る水、水、水。

 目が痛い。水が重い。苦しい。

 体の内外を形無き恐怖がことごとく埋め尽くす。やがて酸欠に意識がぶつ切りになり……


 ……途絶えた私の意識は、何かに強く潰される感覚に叩き起こされる。


「ゲ゛ポ゛──ッ゛──コ゛ホ──」


 脚が宙に浮く感覚。朦朧とした意識の中、霞む視界を持ち上げた先には巨大な頭部が覗き込んでいた。意識を失っている間に掴まってしまったようだ。

 胴体に巻き付けられた腕がギリギリと締め上げていく。締め付けられる度体の穴という穴から水を逆流させる無様なこの姿を、頭付きの不気味な目玉がじっとりと凝視している。

 銃すら失った私に抵抗の術など残されていない。奴が私を握り潰さんとその腕に力を込め始める。


 「フフ…」


 だからこそ、無意識に口角が上がる。


 奴の死角、天井間際で停止した大型エレベーターから突き出る砲身。

 その下で輝く、青い目。

 あぁ…間違いない。


「私の、勝チね。頭付き」


 私は負けた。だからどうした。

 とどめを刺そうと力を増す頭付きを唯一黙らせられるのは。


「ターゲット ロック」


 奴の醜い頭にその弾頭をねじ込むのは。


射撃開始オープン・ファイア


 私ではなく、彼女なのだから。








次回 活動限界点


【お知らせ】

 合同誌に提出する原稿優先のため、次話更新は大きく遅れる可能性があります。合同誌原稿が書き上がり次第更新再開致しますので、今しばらくお待ちください。

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鋼月戦記《IRONMOON:WAR》 Ri.Coil @RiCoil333

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