第12話 大廃都 東京(後編)

 夕暮れ時。 

 私は自在鉤の沸き立つ鍋に味噌を溶かし夕食の準備を進める。囲炉裏が小さく爆ぜる度、冷えた体に伝わる熱。玄関口では少女が火鉢で暖を取りながらひとつひとつ丁寧に芋を洗っている。


「発掘予定日が決まったらしいな」

『はい。なので明日から仕事の手伝いをして欲しいとミシマさんが。ここまで帰ってくるのも大変だろうと、寝室も用意してくれるそうです。自動兵器に関しても対抗策があるとミレイヤは言っていました』


 ここ最近の日常となりつつある光景。

 少女が以前から切望していた東京の設備調査、その詳細を初めて耳にしたのは発掘予定日から丁度1週間前の夕食間近であった。


 ──ようやくか。


 それが約1ヶ月間もあの少女の面倒を見させられていた私の第一印象だ。

 この話が進み始めた頃から、求めている物を見つけ次第すぐにでも味方の元へ合流したいとは聞いていた。

 これでようやく私から離れてくれる。以前の日常が帰ってくる安堵感がこの身を包む、そのはずだった。


「そうか。わかった」


 視線を少女から目の前の炎へと落とす。心に影を落とすのは表しようのない不安と…何か、昔味わったような奥底で溜まる不快な感情。

 はたしてこれで終わりなのだろうか。

 あの少女は強い。運動神経は体格から想像だに出来ぬほどに抜群であるし、一度教えた仕事も要領よく終わらせる。様々な知識に対する興味や吸収もずば抜けて高い。

 だからこそ、違和感を強く覚える。

 目的意識は確実に存在するが、その割に自立心の薄い空洞的な行動。頭のよく切れる才女だと見受けられるのに、道具の扱い方を始めとする稚拙さ。自身が従える技術力や文化に見合うだけの能力をただ腐らせているようにしか見えないのだ。


『此方の作業終わりました。次は何をしますか?』

「いや、もういい。自分の皿を用意して待ってろ」

『わかりました』


 視界の端を人影が通り過ぎた。皿を持って囲炉裏越しに座った少女は正面の火を見つめ、料理が完成するのをぼんやりと待っている。本人はその表情を隠しているつもりだろう。ここ最近するようになったどこか焦点の合わない顔の眉間に、僅かな皺が寄ったのを私は見逃さなかった。

 何かがあると勘が囁く。

 しかし、確証を持ちきれていないのも事実だ。単に私が深読みしすぎなだけの可能性もある。少女の出身地である月の文化圏ではスーツを脱がないことこそが礼儀であるだけかもしれないし、少女の持ち物にあった保存食やを見る限り食器類が不要なの事にも多少は納得がいく。

 そもそも生まれも育ちも違う赤の他人である少女、それに対し私は深入りしないようにしているのだ。わからない事があってしかるべきなのは当然なはず。


 …ならばこの胸騒ぎを、放置して良いのだろうか。


 パチパチと爆ぜる囲炉裏の火。煌々と燃え盛る熱は、壁に立てかけられたライフルを鈍く照らし出している。



………

……



2097年 2月20日 11時50分

 人類統一軍 横田複合基地跡 滑走路周辺


 折り重なるように積みあがった瓦礫の先、壁に囲まれた巨大な敷地。物資集積所からヨコタ基地までは徒歩1時間ほどの距離に存在しており、壁外周に点在する砲台や各軍事施設も含めたその規模感は流石統一軍と賞賛すべきか。当時の人類の抵抗の象徴であった事は想像に難くない。

 そんな戦争遺産の眼前。基地近くの路地裏から辺りを伺う顔があった。発掘に向け各担当へと手分けしたちちぶ村自警団の内、この基地を目標とするミシマさん率いる発掘班の面々だ。30人程の小規模な集団は警戒を強めつつ、基地へと着実に歩を進める。

 普段であれば周囲をうろつく例の自動兵器による監視の目を掻い潜り潜入を試みなければならないらしいが……


『えらいすんなりと…こりゃとんでもないな』

『えぇ。本当に音沙汰無くなるとは思いませんでした』


 先んじて壁の隙間から侵入したミシマさんが此方──正確には私の後ろで手製のアンテナを張るミレイヤ──へと振り返る。誰一人出発時から欠けていない。本来なら安堵すべき場面なのだろうが、皆どこか不思議そうな表情を浮かべている。


 ……いざ蓋を開けてみれば、侵入自体は至極簡単であった。

 理由はひとつ、新たにミレイヤの提案で搭載された対自動兵器電子戦兵装によるものだ。これは自動兵器同士の相互通信に割り込み、付近を巡回する個体の誘導や認識阻害を目的とした兵器である。貝塚で山積みとなっていた自動兵器の残骸から信号発信機やアンテナ類などのまだ使い物になりそうなパーツを見繕い、彼女の義体に直接搭載したのだ。

 その他にも少しずつ改修が進められた義体は以前より滑らかに駆動するようになった上、部分的な装甲や運搬用背部ラックなども増設。1カ月ほど前の骸骨じみた貧相なみてくれから卒業していた。


『案の定ブリキ共やつらは出払っています、ここまで来ればもう安全かと』

『戦わずに済むなんて最高じゃないか!』

『帰りもこの調子で楽させてもらえないかね』


 ミシマさんに続き基地の壁を潜り抜けると、敷地内の地面はいくつもの爆発痕とそれに伴い露出した地下構造物や元兵器らしき金属塊、そして無造作に伸びる植物群で埋め尽くされていた。元々は滑走路と呼ばれる飛行機を離発着させる道があったらしいが、それもどこに敷かれていたのか一見しただけでは判別出来ない。

 このような惨状、果たして通信設備は残っているのか。


『嬢ちゃん!こっちや!』


 心の奥底に溜まる不安に足が止まっていると、遠くからミシマさんの張りのある声が響く。


『ここから中に降りるで』


 思考を振り払い彼の元にまで駆け寄るや、私は呆気にとられた。

 そこには月面のクレーターかと見紛うほどの陥没痕が広がっていた。直径数十mはあろうかと思われるその巨大な穴の中には瓦礫の坂が形成され、奥の方にまで空間が続いている。

 そして、その大空間には人工の光がいくつも灯っていたのだ。


「電気が通っている?」


 恐らく元は格納庫か何かだった空間に繋がったのだろう。奥には旧式の戦闘機や装甲車、大小様々な武器や整備用と思わしき機械が丁寧に並べられている。

 

『この辺はそうみたいやな。と言ってもどこでどう発電してるのかは知らんけど』

 

 まさか旧大戦時の設備が生き残っていたなんて。瓦礫の坂を下り間近でよく観察すると、これらは現在もメンテナンスされているように見受けられた。各所に錆や装甲材の劣化は目立つが、各種大砲などは電力や弾薬さえ用意出来れば十分使える程度にまで保全されている。

 「自動兵器群の行動の一部にこの保全作業が組み込まれているのだろう」というのがミレイヤの出した推測だ。

 とはいえそれはあくまで一部の兵器だけ。有人式の兵器は内部構造の劣化が激しくほぼ外見だけの保全作業のような有様であったし、レールガンやチェーンガンといった電力稼働式兵器もこの空間以外では運用が困難だと診断された。そもそもマトモに運用できそうな火薬式の武器などは自警団が確保済みだ。万が一の電力供給元としての価値は高いが、私達が直接活用できそうな兵器は残念ながら全く残っていない。

 それでも全く成果が無かったわけではなかった。


「ミレイヤ、こっちのデータは抜けそう?」

「照合終了 形式最適化。使用可能です」


 ひと通り分析を終えたミレイヤはひとつの3Dマップホログラムを空中に映し出す。

 複数階層に分かれたその立体地図はヨコタ基地の物であった。無事だった電子機器からいくつかの貴重な情報…特に基地内部の地形データを入手することが出来たのだ。

 無理矢理抜いた弊害かノイズ塗れにこそなってしまったが、それでもこの広大な基地を探索するに心強い情報ではある。

 最も、この情報込みでどこまで進めるのかには疑問があったが。


「うっ──」


 ホログラムから顔を上げた瞬間、鋭く脳に突き刺さる痛みに小さく呻く。

 頭痛は日増しに悪化している。当然だ、適切なチョコレートの摂取もあの忌々しいデトックス治療も行っていないのだから。

 バイタル計測結果を見ずともわかる。時間が無い。体の不調も決して無視できない。すぐにでも通信を確立し帰還する必要がある。これでも相当引き延ばした方だ。


『嬢ちゃん人手はいるか?こっちは人数足りてるし、何人かそっちに回せるで』

「──いえ、大丈夫です。」


 この1カ月で随分と軽くなってしまった袋を今一度背負い直し、最短経路を算出したミレイヤに案内を頼む。基地奥に通じる扉は大きく歪んでおり危険を予感させる物であったが、道を開くにはこの先へと進むしかないのだ。

 これ以上この地で立ち往生しているわけにはいかない。

 私は焦りと時間に追われるように足を踏み出した。



 ……そんな少女の背を1人の男がじっと観察していたと気が付いたのは、少女を先導せんと背後を振り返ったドローンの目だけであった。



………

……



 2097年 2月20日 12時30分


  旧横田基地 地下4階 



「正面構造解析 強度算出 安全確認。探索に支障はありません」


 端的に表現すれば、基地内は見かけ以上に荒廃しきっていた。

 所々捲れた天井からはケーブルや鉄骨混じりに空が見え、壁は手を付いた傍から容易に崩れていく。この状態でまだ動力周りが生きているなど今でも信じ難い。巨大な瓦礫を乗り越える度に粉塵が舞い、暫くぶりに被ったヘルメットのバイザーを覆う。

 はっきり言ってしまえば、マトモに歩かせる気のない環境だ。


「支障しかないように思えるけど」

「瓦礫が散乱しています。足元にお気をつけください」

「この状況で気にしない人いないでしょ」


 周囲をスキャンしながら先導する相棒に愚痴を零しながらも少しずつ進む。

 普段ならばこの瓦礫の山を調べ当時の戦闘の詳細を知りたいと思っていただろう。しかし少しでも先を急ぎたい今は、この折り重なった瓦礫の山々が煩わしい事この上なかった。

 階段を降り、下の階層へと進む。深く潜るにつれ自然の光芒も消え、時折残っていた健在な照明も徐々に減っていく。ミレイヤのライトだけが頼りだ。暗闇には慣れていたはずなのに、足を踏み出す度体が重く感じる。時折ヘルメット内で響く警告音が精神を削ぐ。


 苛立ちと不安を募らせながら瓦礫と暗闇相手に格闘すること数十分。いい加減警告音が脳内でループし始めた頃、ミレイヤがひとつの扉の前で立ち止まった。戦闘の余波で歪んだのであろう金属製の巨大な両開き扉は歪みで半分程度も開かず、その上部には『中#統##揮室』と文字らしき物が彫り込まれている。


「室内に動体反応無し」


 なんとか開けた隙間から体を滑らせ入室し周囲を見渡す。

 室内はなにひとつ灯りの無い暗闇であり、ミレイヤのライトでは照らしきれない程に広かった。内部は入口から正面の巨大モニターに向けて段々に窪み、各段にはいくつものコンソールやモニター類、椅子、その他用途不明な機械達がずらりと並ぶ。

 そして入口側の天井付近には階段と共に中2階が張り出すように設置されてた。


 だが、その内半分以上は崩落し1階の機器をいくつも押し潰している。


「ねぇ。本当に、ここで、合ってるんだよね」


 背筋を悪寒が冷たく這う。

 私が喉奥から絞り出した声に、ミレイヤは何の反応も返さない。彼女はあの即席の脚で移動しているとは思えないほどに素早く部屋の奥まで進むと、内部設備の解析を始めた。

 私は部屋の隅にただ座り込み、遠くでライトが蠢く様子をじっと眺めていることしか出来ない。

 数分後。一通りスキャンを終えたミレイヤが此方に戻ってきた。


「…通信設備、使える?」

「当設備全体に致命的なダメージを複数確認しました。通信設備は使用不可能です」

「…修復の目途は」

「現有装備での早期復旧は困難と予想します」


 大きなため息がヘルメット内部で反響する。


「…そう」


 元々確実性などこれっぽちも無かった事は事実だ。

しかし、いざ目の当たりにするとこれほど強烈な虚脱感に襲われるとは。墜落した日から遅延に遅延を重ねた結果全く進展がなかったという事実に、力なく膝を抱えることしかできない。

 静寂が私達を包む。この静けさを今はとても耐えられそうにない。

 頭痛が静寂の中で反響するように増幅していく。

 脳が割れそうだ。


「マスター 医療棟方面の調査を進言します。此方の施設ならば増強食の補充 もしくは生産を行える可能性があります」


 重苦しい沈黙を破ったのはやはりミレイヤであった。そっと顔を上げると、粉塵で汚れたバイザー越しに、彼女の青い単眼と目が合う。


「増強食の補充が行えれば時間的猶予が生まれます。その間に通信確立を始めとする打開案を模索すべきと考えます」


 正直に言えば、これ以上動ける気がしない。現状を再度受け止めようとするたび胸の奥が小さく握り潰され、喉が締まる。ここまでの無気力は生まれて初めてだ。自分でも驚くほどに感情のコントロールが出来ていない。

 眼前に立つ彼女はマップを投影しながら説明を続けていく。持てる情報を全て統合して考察を行い進むべき道を示すその様子を漠然と眺めていると、機械的であるはずの一挙手一投足にどこか安心感を覚える。


(──大丈夫よソフィ。私が傍にいるわ)


 フラッシュバックにも満たない小さな囁きが脳裏をなぞる。頭痛が和らぎ、僅かだが力が戻ってくる。


「…わかった。じゃあそこを目指してみようか」


 大丈夫。私はまだ動ける。まだ足を止めるわけにはいかない。 

 完全に倒れるまでは動き続けねばならないのだから。

 ミレイヤの身体を借りひと息に立ち上がる。この段階になってもまだアズサに会う希望を持てているのはミレイヤのお陰だ。

 私は彼女無しでは何も出来ない。


「ミレイヤ…ありがとね」

「問題ありません。パイロットのために行動するのが我々Mタイプドローンの──」


 我が相棒は決して変わらぬ声色で自らの行動原理を復唱しようとし。

 私はそれを黙って聞いていた。


 だが、現実は時として更なる試練を与えてくる。


≪警告 警告 警告≫


 ミレイヤの音声を突如としてアラートがかき消し。

 足元からの轟音がそのアラートすら塗り潰す。

 地面が大きく揺れ、瓦礫や粉塵が大きく撒き上がり────


「エネミアン──!?」


 ────その中から、見覚えのある腕がいくつも現れる。


 鋼鉄の肌。無数の関節無き手足。

 そして、暗闇と粉塵越しに輝く5つの目玉。


 その“悪魔エネミアン”は、基地の深層すら突き破り。


 今再び、私の前に立ちはだかった。



………

……



 ──[02:01:2097]vital計測記録


 ──対象者 master


 ──error/ALICE program 応答無 

      内部algorithm抽出 自己OS/代替機能拡充


 ──健康状態 劣/中


 ──血中nanomachine濃度 不足 alert level/05

  【warning】劣化/戦闘濃度適応剤

         /nanomachine制御剤


 ──精神状態 計測不可/外部観察継続

        推定/不安定化


 ──総合結果

  【warning】血中濃度最低値未満

        nanomachine排出不全

        対nanomachine抵抗力低下

   進言/readaptive治療

     /detoxification治療


 ──order/情報隠匿


 ──data保存終了





次回 目には目を

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