第5話 黎明迎え入れるカーマン・ライン(後編)

「眼鏡の修理?」

「昨日くらいからあちこちぐらついてしまうのよ。接触不良も起こしているから私だけだと直せなくて。こういう案件はミレイヤに任せるのが一番でしょう?」


 私に抱き着く形で膝上に座るアズサはそう語りながら自身の丸眼鏡を外す。手に取りよく観察すると、確かにテンプルとヨロイを繋ぐ箇所やパッド部分が酷く緩んでいた。それにレンズを覗くと軽いノイズも走っている。

 アズサの眼鏡はマイクロモニタを内蔵していながらもどこかクラシカルなデザインをしている高級品だ。本来ならば本国で直すべき品、それをアズサはただ視力矯正のためだけに使い、整備もミレイヤに一任していた。常々もったいないなと思うが、本人曰く「父親のエゴを仕方なく身に着けてあげているだけ」とのことらしい。


「いいけど、何もこんなタイミングで渡さなくても…明日には出港でしょ」


 足すら満足に伸ばせないコクピットの中で切り出す話題ではないだろうと苦言を呈する。そもそも緩んだのが昨日であるならば、十中八九夜身に着けながら騒いでいたあのタイミングではないか。朝起きた時点ならば即刻ミレイヤに預けられたし、もしかすれば明日の出港にも間に合ったかもしれないのに。

 

「ごめんなさいね。ソフィのいじらしい表情かおに見惚れているうちに忘れてしまっていたの」


 私の喉を、顎を。アズサの華奢な指が優しく這いまわるたび胸の奥底がぞくりと震え、触れる唇越しに漏らした吐息を貪り喰われる。

 あぁ、これは確実に誤魔化されているな。

 蕩けていく脳でなんとか理解をするも、そんな些末な感情は愛と快楽で容易に押し流される。

 こうして密着しているのはアズサの出港前日に行うお約束のひとつだ。出発前夜、作業用ドローン以外誰もいない格納庫にやってきては最後の2人だけの時間を過ごす。この1人ですら狭い機内で抱き合うと、キャノピーの中でひとつに混ざるような浮遊感が私達を包み込んでくれる。


「わかったよ。でも出港には間に合わないと思うからね」

「大丈夫よ。スペアもあるのだから3カ月くらいどうということないわ。その代わり、次に逢える日まで肌身離さずしっかりと保管しておくのよ?」


 少し言葉に詰まる。アズサにはまだ新たな降下作戦の話は伝わっていないだろう。守秘義務がある以上死ぬかもしれないと不安を吐露することすら許されない。


「…うん。ずっと持ってるよ、どこにいようとも」

「ふふ。ちゃんと私に返してね?それまではどう使おうとも許してあげるから」

「ちょっと、それはどういう意──」


 私の言葉は遮られた。諦めて眼鏡をコクピットの収納ケースに戻し、アズサの舌に身をゆだねる。溶け合う感覚に自分の感情が侵されていく感触。

 大丈夫。私なら必ず帰ってこられる。またこうしてアズサと一緒に過ごしていける。


 でも、なぜだろう。


 舌で蓋をした感情が、どこかさみしさを纏っている気がしたのは。



………

……



 2077年 1月18日 00:50

  地球軌道 高度250km点



 急転直下。

 私を含む17機は地球に落下していると錯覚するほどの速度で“一本角”を含む敵艦隊に向け、無謀とも思える急降下攻撃を敢行する。


≪正面敵直掩!来るぞ!≫


 此方に気が付いたであろう敵艦隊の影から、新たな脳無しの中規模群が現れた。数にして60機程度、無数に生えた腕や脚を広げ、装甲板内に隠されたミサイルが矢継ぎ早に放たれ弾幕を形成。一本角を始めとする艦船群もその巨大な目玉をこちらに向け、光線の奔流を次々と吐き出す。

 避けきれず被弾した友軍が、脱出すら叶わず光の柱に破砕される。


「散開しないと被害が!」

≪余裕がないんだよ、このまますり抜ける!≫

≪こんなの飛べるかよぉ!?≫

「対象艦隊の高度が低下。軌道予測再計算」


 先を行くステファン機に追いすがる。その勢いは実に秒速1,000mを超えるも、回避軌道はなお機敏に、複雑に、中のパイロットの事など一切考慮せず機体は振りまわされる。考える頭のない脳無しごときに追従できる動きではない。光と誘導弾の隙間を縫い、破裂するミサイルを隠れ蓑にし、まっすぐ突っ込んでくる障害をレーザーブレードや機銃で切り裂く。

 

≪後方から敵機!≫


 味方と交戦していた一部が流れてきたか、後方から更なる無人機群が迫る。


≪ミサイルが残っている機は限界まで距離を詰めろ!追手は我々が何とかする!≫


 対艦攻撃能力を失っていた機体が編隊から離脱し、背後に迫る脳無しを相手取る。既に編隊の数は10機を下回っているが、今更引き下がることなどできない。


「対象まで10km」

「ミサイルロック!角の根元を狙うよ!」


 懐に踏み込まんと、機体の限界まで増速。照準を一本角の根元と、そこに張り付く頭付きに定める。あと、8km──

 一本角の身を覆っていた腕がぐるりと動き出した。かと思えば、内側に隠されていた対空レーザーが一斉に起動し私達に襲い掛かる。赤いレーザーの光の壁。咄嗟に機首を跳ね上げ一時的に急減速、掠めるレーザーの群れを躱す。反応がコンマ数秒でも遅れていればコクピットを撃ち抜かれていただろう。

 だがつまり、逆に言えば先駆けとなっていた機体は回避する暇などなかったということだ。V-26のシグナルを放つ機体も同様であり、閃光が翼に直撃し火の手が吹き上がった。


「ステファン!?」


 幸いなことに火の手はすぐに収まり黒煙が燻る。だが機体の速度は急激に落ち、黒い尾を引きながら編隊から落伍しつつあった。致命傷は避けたのだろうが、あれでは後方からの追手に飲み込まれてしまう。


≪捨てなさい!目標撃破が最優先よ≫

「っわかっている!」


 高度170、一本角まであと3km。これ以上の降下は不可能、今度はこちらの番だ。回避運動しつつ機首を一本角に向ける。


「ミレイヤ!」

「誘導弾全弾斉射」


 翼に過積載されていたミサイルは私の手を離れ飛翔。活躍の時を今か今かと待ちわびていたそれらは必死の抵抗を見せるレーザーをかいくぐり──

 ──そのほぼ全てが角の根元へ、同時に着弾した。

 まるで血かと見紛う真っ赤な炎の柱が被弾箇所から吹き上がる。頭付きを飲み込み広がる火の手。もがき苦しむかのように船体が捩れ、装甲や武装、そしてその巨大な角が倒壊、剥離していく。

 視界の端で何かの影が墜ちていくのを捉える。それが、コントロールを失った脳無しの群れであると認識したとき、攻撃は成功したのだと初めて理解した。


「無人機群機能停止。信号の発進が停止した模様」


 発生したデブリが大気圏へと触れ、奥で降下を続ける第3陣と共にいくつもの赤熱する彗星として地球に落ちていく。


 しかし。戦いは終わらない。


「警告。光学兵器再起動 回避行動」

≪あの一本角まだ生きているわ!≫


 再度対空砲座から無数のレーザーが撃ち上がり、軽母級含む全敵艦はその醜悪な目玉を閃かせ光線を乱れ撃ち始める。軽母級の砲撃は私達に、そして一本角の標的は降下船団に向けてであった。降り注ぐ光に晒された降下船団の中で爆炎が輝く。

 どうやら軽母級の主砲は射程外であるらしく、一本角さえ沈めれば奴らの攻勢は完全に打ち砕かれるだろう。だがこれ以上この距離から与えられる有効打は、ない。これ以上の打撃を与えるならば──


「──張り付くしかない…!」

≪これ以上高度を落とせばハーミーズじゃ回収出来ねぇぞ!≫

≪このままじゃ降下部隊が全滅するわよ!黙って見ているわけには…≫


 既に高度は170kmを切っている。このまま降下を続け戦闘を繰り広げても回収される前に大気圏に突入しかねない。そうなれば、あの鉄屑と化した脳無しと同じ末路をたどる。それだけは。それだけは…


≪構わない。攻撃を継続せよ、人類の道を開くために≫


 二の足を踏む私達の背を押す声が、ヘルメットの通信機から鳴る。

 その通信は、臨時旗艦たるボストークから発信されていた。暫定指揮官であろう男の声は続く。


≪既に貴官らを安全に回収する術無し。ここまでの奮戦感謝する。最終命令を与える、最後の1秒まで降下部隊を守り通せ≫






 あぁ。そうか。

 グラディエーター隊の損耗率は高い。私が配属された1年半は…ステファンがいた。熟練の先輩がいた。だから、私達はいままで生き延びてこられた。

 だから、次は私達の番なのだ。

 気が付けば残された私達5機は全て、命令に従うべく無意識のうちに機体を操り、燃料の1滴まで使いきらんと最高速を叩きだしていた。私達を止められる者など誰もいない。赤いレーザーも、光の柱も、ミサイルも脳無しも頭付きでも、あの巨大戦艦でさえもだ。

 一本角に限界まで肉薄する。装甲の細かなディテールさえしっかりと識別できるほどに。


「レーザーブレード発振。全火力解放」


 チョコレートのおかげで戦意は益々高揚し、恐怖は一切感じない。すべての攻撃を見切ることすら容易く出来る。徹底的にぜい肉をそぎ落としたこの機体なら無茶な機動にも完璧に応えられ、暴力的な加速Gはチョコレートが完全に抑え込む。

 敵の艦尾から艦首に沿うように飛ぶ。エンジンノズルに、対空砲座に、装甲の狭間にレーザーブレードをねじ込む。レールカノンはその残された弾頭を吐き出しきるまで火を噴き続ける。

 無造作に目玉の生える艦首に到達。その目玉ひとつひとつを念入りにえぐるよう火線を集中。焼け落ちる様を見るたびに感情が喜びと恍惚感にかき乱される。

 全身から火花を散らし、それでもなお一本角は抵抗を続けんとぼろぼろの装甲板や焼けた目玉を動かす。だが角はへし折れ、火力をもがれ、焼け付いた満身創痍の船体では、いかに巨艦といえど船体維持すらままならないようであった。


「敵艦沈黙。状況終了」


 戦いは決した。降下船団は無事大気圏に突入し、イレブン・ポイントに到達するだろう。残された軽母級も回頭し脱出を図っている。主を失った大量の脳無し達が順に地球の大気に飲み込まれていく。


≪未来への道は開かれた。この戦場に散る全ての兵士─ザザ─未来の礎として!人類の英雄として称えられるであろう!これよ─ザ─我が艦隊──戦域を離脱す─≫


 そして。私達は死ぬ。沈みゆく一本角たちに容赦ない追撃を仕掛けた結果、既に高度150km以下。助かるすべなどない。巨艦の甲板に機体を降ろす。宇宙そらを見上げれば艦隊が離れていく軌跡が明滅していた。

 負け戦とも思えた作戦は無事に成功。私達は残弾すら残さず命令を完遂。犠牲を払いつつも人類のための道を開いたのだ。やれることは全てやったはず。グラディエーターのパイロットとして、後は華々しく散るのを待つだけ。

 息苦しいヘルメットを外す。ついさっきまで周囲を飛んでいたはずの戦友たちは影も形も見当たらない。無駄に生きながらえても仕方ないと皆死んでしまったのだろうか。私自身、普段の防衛線ならば絶対死なないと決意を固めているのに、今は無限に広がる星の海と青く輝く地球の狭間たるカーマン・ラインこの場所ならば良い死に方が出来ると思ってしまっている。感情とはつくづく不思議だ。


「…お腹、空いたな…」


 チョコレートの効果が切れつつある。この昂りを消したくはない。新しいチョコレートを食べようと思い立ち私は収納ケースに手を伸ばした。最後の晩餐にこれを持ってくるのは癪だが──








カチャン


 ──何か、細く硬い、なのにどこか触り慣れた物体に手が触れた。


「あ……」


 それは、アズサから預かった眼鏡であった。そういえば、修理前なら多少戦場で振り回しても大丈夫だろうと降ろさずに飛んでいたことを思い出す。

 眼鏡をそっと掛ける。やはりあちこち緩くおさまりが悪いし、ピントもまるで合わない。それなのに、フレームに触れているだけで、どこか温まりを、思い出を、想起させる。


(──ちゃんと返すのよ?)


 ぼやけたソラを見上げる。もうあの宇宙には上がれない。だが、背後にはかつての人類の故郷たる地球がある。最後くらい、夢と約束の両方を追うのも…いいかもしれない。


「………ミレイヤ。もう少しだけ無茶しても、いいかな」


 大したあてもなく、そう私の相棒に問うた時であった。轟音と共に正面の甲板を割り異形の機影が現れる。5つの目玉。肥大化した頭部。


「ッまだいたか、頭付き!」


 最後の最後まで残党狩りとは。どこまでも性根の腐った化け物共が。

 睨みつける私めがけて振り降ろされる腕。即機体を浮かべて回避しレーザーブレードを起動する。武装はこれ一つだけ。数m後方に飛び着地し間合いを図る。

 既に私は死のうとしていた気の迷いなど星屑の彼方に投げ捨てていた。今更頭付き1機に負けてなどいられない。私には、帰らねばならない人がいるのだから。

 それに、生き残る勝算が向こうからやってきたのだ。

 何としても物にしてみせる。

 残された燃料もほぼない以上、無駄に噴かせてなどいられない。華奢な尾翼脚で甲板を蹴り、地に足をつけたまま切りかかる。関節に掛かる負荷が許容値を超え、警告アラートが耳をつんざく。奴も飛び上がらず腕を振り払い応戦してくる。向こうの機体も限界なのだろう。よく見れば5つの目玉のうち3つは潰れ、グネグネと曲がる脚や腕も傷だらけの手負いだ。奴の死に場所もここだったのかもしれない。あるいはあのスコア馬鹿のように死に際までスコアを稼ぎたかったか。


「おあいにく様。私はまだ戦えるのよ!」

 

 啖呵を切れるほどの活力がまだ残っていることに感謝しつつ、何度も白く熱帯びる刃を繰り出す。本来はすれ違いざまに一閃を放つための代物、長期戦はできない。確実に相手の急所たる頭を狙う。反撃する奴の腕の叩きつけを避け、そのたびにぼろぼろの甲板が歪む。いかに装甲が厚くとも、そこかしこが穴だらけな現状ではこれ以上私達を支えきれないかもしれない。


「カーマン・ラインまで10km。これ以上の降下は空力加熱の発生する可能性が極めて大」


 ミレイヤの淡々とした報告を耳にするたび焦りそうになる。操縦桿を握る手に汗がにじむ。じりじりと間合い詰めつつ隙を見極める。もう一刻の猶予も許されない。

 少しずつ歩を進め、前のめりに切りかかろうとするそぶりを見せたその瞬間、奴が反応しまっすぐに此方にとびかかってくる。残されたすべての腕や脚を広げ、決して避けられぬよう全方向から叩き込む必殺の一撃。

 チャンスは今しかない。

 温存していたスラスターを開放し、全推力を解き放つ。ボロボロの装甲に尾翼の爪を突き立てるとそれは大量の破片をばらまきながら派手に破断した。足場を失い私の機体は船内へと迎え入れられる。

 思わぬ角度で回避され攻撃が空ぶった奴の機体が私の頭上を越える。その瞬間を狙い、最大出力の光刃を薙ぎ払う。その刃は奴の関節無き脚をまとめて溶断した。


「やったか!」


 船外に出ると、機体の支えを失った頭付きが甲板上に突っ伏していた。まだ胴に残った腕や脚の付け根を振り回しもがいている。これなら、この状況を脱出できるかもしれない。奴の頭頂部側面からレーザーブレードを差し込み、コクピット部分を強引にこじ開ける。


「これが、エネミアン…」


 そこに鎮座していたものは、人類よりひと回り以上大きい人型生命体であった。死んでしまったのか身じろぎひとつしないが、頭付きに似た頭部には機体と同じような目が5つ並び、それぞれがコードのようなもので機体と繋がっている。奴らは直接機体の目とつないで視界を確保していると聞いてはいたが、間近で見るとあまりにグロテスクな光景だ。


「カーマン・ラインまで残り5km」


 時間が無い。実物のエネミアンを観察したい気持ちを抑え、パイロットに接続されたコードを引きちぎり外に捨てる。


「ミレイヤ!ハッキング出来る!?」


 エネミアンの機体の操縦用コンピュータなどは人間の使用するそれに近しい。機体の状態によってはハッキングも可能だと、以前デブリ回収部隊に転属した同期に聞いていた。それに大気圏突入フィールドも元はエネミアンの技術、ならコイツにだって装備されているはずだ。着陸腕のコネクターとコードを強引に接続し、敵の機体データを抽出。


「この機体の大気圏突入装備を展開させて!」

「了解。プログラム再構築開始」


 アリスシステムによる機体の乗っ取りが始まる。今はミレイヤだけが頼りだ。

 頼む。眼鏡を手で包みガラにもない祈りをささげる。思いっきり力を込めれば折れてしまいそうな代物、それなのに縋り付く私をしっかりと支えてくれている。まるで、本当にアズサが傍にいるかと思えるほどに。

 カーマン・ラインまで、あと1km。周辺の装甲剥離は止まらない。

 一段と頭付きの震えが激しくなり、腕や脚がピンと張り詰めた後──だらりと伸び切った。

 まるでその力全てを失ったかのように…唾液が急速に乾く。


「────奪取成功。大気圏突入フィールド起動します」

 

 機体の周囲に青いフィールドが広がる。安定こそしていないが、光明が見えた。

 無論喜んでいる暇などない。ただの気休めとは承知の上で再突入に備えヘルメットを被る。もう戦艦としての体裁などかけらも残っていないただの残骸に爪を喰いこませ機体を固定。壊れた頭付きは着陸腕で保持。フィールドが安定していない以上飛ぶことなどできない。周囲のデブリに巻き込まれないよう願う。


「カーマン・ライン突破。機外温度急上昇」

「フィールド維持にエネルギーを!全部!」


 外界が熱に染まる。フィールドが不安定になるたび、機体の外装が、翼が、限界を訴え僅かに溶け出す。あと、どれだけ耐えればいいのだろう。何もわからない。何も知らない。

 それなのに。


「あぁ…あぁ…!なんでかなぁ!!」


 私は笑みがこぼれているのだろう。楽しく感じるのだろう。見たことのない世界を見られるかもしれない期待感だろうか。私の命が流れ星のように燃え尽きるかもしれないからだろうか。


「ミレイヤ!なんで私は笑えてるのかなぁ!?」

「私はマスターの感情に関与できません」


 あのいつも通りの冷たい返答ですら、心底可笑しく思えてしまう。笑いが止まらない。止められない。止めたくない。


「間もなく高度50kmを突破。成層圏に突入。機体制御を空力に変更。残骸破棄」


 甲板の成れ果てに遮られていた視界が広がり、視界の色彩が増していく。キャノピー越しに外の音が聞こえる。機体はぼろぼろだが、なんとか滑空は出来ている。


 やった。

 私は生き残った。これまで感じたことのない、喜びと開放感、そして希望が全身を覆っていく。

 これが地球。何度も夢にまで見た、あの地球。


 かつて人類の故郷に。かつての大戦争の戦場に。

 私は生きてやってきたのだ。







第一章 道歩む日常編 完




次章 忘却の地球編 開幕

 

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