第5話 黎明迎え入れるカーマン・ライン(前編)

「第1陣降下部隊、イレブンポイントへの降下軌道に乗りました」

「第2陣大気圏突入まで後3分。突入フィールド展開始め」

「よし。エネミアンの反応は?」

「各派遣艦隊、要塞索敵網、双方未だ感なしとのこと」


 順調に事が運んでいるときほど清々しい瞬間はない。

 また、順調に事が運んでいるときほど警戒せなばならない。

 そんなティン総司令の価値観に従えば、今は成果が実りつつある快感を享受できる至福の時間であり、今が不測の事態に備えるべく最も注意を払わねばならない時間でもあった。艦橋と一体化するように設けられた司令室内へ続々と届く報告に、ひとまず彼は満足げに頷くと更なる指示を出し始める。


「よろしい。第3陣降下前に追加で戦力をEフィールド方面へ寄せておけ」

「ヴェルダン派遣艦隊だけでは不足でしょうか?」

「敵が予想通りの戦力で予測通りに侵攻してくるならば、いかに精鋭ぞろいのヴェルダン部隊といえど防衛陣形の維持は困難を極めるでしょう。第2艦隊をいつでも向かわせられる位置に移動させるのがよろしいかと」


 疑問符を浮かべる副官に対し、隣に立っていた参謀将校がティン総司令より先に口を開く。


「聞いての通りだ。念の為第1艦隊我が方の直掩機も一部回してやれ」

「了解しました。第2艦隊に打電、警戒態勢を維持しつつ陣形変更せよ」


 正面に展開していた第2艦隊は即座に隊列を崩し回頭を始める。それに追従せんと艦橋を飛び越える中核軍の精鋭たるグラディエーター隊。頼もしい反面、自らが動かないことに対する僅かな呵責が彼を襲っていた。


(これ程の大艦隊を従えておきながらこの艦が沈むのを恐れているとは)


 自身は思った以上に小心者であり神経質な性格かもしれない。今年で37になるこの男は苦笑交じりにそう自己評価を下す。

 ティン大将はその地位に見合う優秀な将校であり、その彼が自ら考案した長距離防衛陣はまさに鉄壁であった。しかしその陣形はあくまで輸送艦を守るためのもの、第1艦隊が陣形の内側に引き籠るためではない。かといって参謀将校を乗せたまま戦列に加われるほど彼は無謀な男ではなかった。結果本来第1艦隊が埋めるはずだった後方警戒網の大部分を要塞に頼らざるを得なかったが、その分より索敵範囲を広げられていたのだから判断は間違っていなかったと言えるだろう。



「…!?報告!!」


 だから、それほどまでに優秀かつ頭の切れる彼が油断しているはずがない。

 それに、常に最善を尽くしている彼らに落ち度があったわけでもない。そこに例外など一切ない。


 唐突に強烈な衝撃が走り船体が大きくよろめく。艦全体が軋み、破裂音を一斉に奏でる。


「──メインノズルに被弾!火災発生!推力喪失!」

「ッ状況報告どうなっている!」

「警報を出せ!総員対空戦闘!!」

「艦尾対空砲損壊、使用不能!」


 REDアラート。鼓膜を破らんとけたたましく鳴り響く。頭上を跳び越したのは我らが精鋭ではなく、頭のない異形の機体群。機影に追いすがるよう、対空砲がワンテンポ遅れ火を噴き始める。


「後方から敵無人機群多数接近!数不明!!」

「索敵網は!なぜ接近させた!!」


 混乱と悲鳴に近い絶叫が艦橋内で交わる。

 直後、室内に噴き出す大きな爆発と火炎。爆風に弾き飛ばされる指令室の面々。彼らを彩る黒煙と火花。

 彼とて例外ではなく、破片と肉片に混ざり激しく壁に打ち付けられる。チリチリと熱で焦げ異臭を放つ顎髭。頭頂部から溢れる鮮血。


「総司令!」

「だ、第に、艦たいを…あら、てが…く…まえに…」


 指揮を取ろうと口を動かすもうまく言葉を紡げず、視界が真っ赤に染まっていく。


 彼が、朦朧とする意識を手放す直前目に捉えたのは。


「馬鹿な…ありえない…何故…」


 情けなく狼狽し腰を抜かす参謀将校であった。



………

……



2077年 1月18日 00:30

 地球軌道 高度350km点



 

≪ベルウェザーがやられた!≫

VヴェルダンマスターよりV飛行隊全機!我々第1艦隊は奇襲を受けてブッ────≫

「ホーネット信号途絶」

無人機脳無しの大群だ!連中どっからこれだけの数を!?≫

≪後方よりさらに来るぞ!予測よりはるかに多い!俺達だけじゃ手に負え──≫


 突然の奇襲に晒され艦隊の統制は崩壊寸前であった。旗艦ベルウェザー、第2旗艦エンタープライズが相次いで轟沈。さらに各要塞から集められた飛行部隊の管制を一任されていた空母ホーネットも火柱を幾重にも噴き上げ、その高い指揮能力は既に喪失していると判断するしかない。 

 艦隊外縁を固めていた各派遣艦隊もあまりのイレギュラーな事態に対応が後手後手へと回り大気圏側に押し込まれつつあった。私やステファンのように警戒飛行を続けていたグラディエーターが派遣艦隊の傍にまで戻るころには既に第2艦隊の防御陣すら食い破られており、他の派遣艦隊にも損害が現れつつある。そこかしこで弾丸の軌跡と爆炎が交差し、味方が散っていく。


「状況がわからない!ミレイヤ、敵の数は!」

「現時点では3,000機以上と推定。ほぼ全て無人機で構成されておりさらに増加中とのこと」

「3,000…!?」


 我が方の航空戦力はいくつだったか。各要塞からは70機弱のグラディエーターが参加しているはず、それら3つの派遣艦隊を合わせて200機ほど、中核軍の直掩機や降下部隊の戦力を合わせれば700機は超えているはずだ。元より戦力差がある戦いになるのは予想の範疇だが…これ程の差が、それも無人機だけの群れに凌駕されるなんてありえない。頭付きは1機につき最大でも5~6機程度しか無人機を統率できないことがわかっている。つまり最大でも7機で一群を形成するエネミアンの中から頭付きを探し出し、集中攻撃すれば良かったはずなのだ。それなのに…!


≪此方V-29!馬鹿みたいな数が後ろに!!誰でもいい助け──!ブツ──≫

有人機頭付きは!?無人機脳無しばかり落としても意味がないでしょうよ!≫

≪V-27、何ぼさっと飛んでいる!さっさと俺のカバーにつけ!≫


 混線する無線。先んじて戦闘機動に移っていたステファン…V-26が私を追い越し無人機の大群に向け切り込んだ。


「──了解!」


すぐさま私も戦闘に加わり、群れる脳無しを叩き落とす。機銃を雑に放つだけでも敵の機体に当たりそうなほどに宙域は敵味方入り乱れた戦場と化している。なんとか少しずつ数を削っていくしかない。

 V-26の背後に取りついた脳無しどもに照準を定める。ミサイルは使わない。デッドウエイトになりかねないが、今使ったところでいたずらに火力を消耗するだけだ。背負うレールカノンを速射モードに切り替え、マルチロックし、V-26の直角に曲がる回避軌道に合わせ連射。貫徹力に特化した徹甲弾は奴らの背後に露出した脆い機関部を易々と撃ち砕き、片端からデブリに変えていく。出来るだけ迅速に、連携を取り、確実に一群ずつ減らす。

 それでも視界に映る機影は増えるばかりだ。3機落とせば5機、5機落とせば10機、一群落とせば二群増援がやってくる。とてもじゃないが耐えきれない。どれだけ最適な機動を取ろうとも1機、また1機と戦線を離脱し私たちの負担が大きくなっていく。



 そして、現実は更なる混沌へと変貌する。



 

≪作戦宙域に残存する全機!第3陣の降下を強行する!ただちにそちらの直掩に回り船団を死守せよ!その後は各機の判断に一任する!≫

 



 言っている意味がすぐに飲み込めなかった。まさか、私たちが降下中の船団に混じり戦闘を繰り広げろと?無茶ぶりにもほどがある。

 そもそも私たちの機体は。グラディエーターはシールド発生装置すら搭載しないほどの機動力偏重機だ。大気圏突入戦闘前提である降下部隊直掩機以外には、大気圏突入用フィールド発生装置なぞただの重荷になりかねない。はなからのだ。

 つまり、母艦に帰りつけないほど降下したその瞬間死が確定する。重力を完全に振り切れるほどの推力もなし、派遣艦隊の防衛がおろそかになる都合上私達を危険域から救い出してくれる母艦自体が沈む可能性すらある。事実、既に私をここまで運んできた軽空母ハーミーズは黒煙を上げており戦域を離脱するのも時間の問題だった。

 それでも。


「ミレイヤ!」


 疑念を振り払う。命令には従う、責任ある大人として当然の判断だ。まだ他の派遣艦隊の軽空母は健在、勝利さえすればきっと回収してくれるはず。

 艦隊と自身の位置を確認する。間もなく高度300kmを切ろうとしているその船団に取りつこうとしている脳無しの一群と、それを迎え撃たんと降下船団の直掩が前方Wフィールド方面で衝突していた。数にして1,000を優に超えているだろうか?今はすんでのところで持ちこたえているが、やはり一方的に押され気味だ。

 だが、あれを守り切らねば人類の道が途絶える。

 命令を受けたV飛行隊も次々と降下船団に向かおうとするも、先ほどまで砲火を交えていた脳無しどもに進路を阻まれる。艦隊へ攻撃していた機体も航空戦に参戦してきた辺り、援護をくぎ付けにするのが目的のようだった。


「ミサイル用意!」


 片や私たち一部の機体は、小規模な一群を殲滅している間に戦域の端にまで流れていたが、幸いなことに壁となる脳無しが展開しきっていなかった。

 ほんの十数機しかいないが、ここからならまっすぐ飛べば輸送船団の戦闘に介入できる。スロットルを全開にすればすぐにでもだ。温存していたミサイル群をここぞとばかりに叩き込むべくロックを解除し──


「警告 索敵限界に新たな敵影を確認」


 ──トリガーに掛けていた指を離す。たしかにノイズ混じりなレーダーの片隅に、私達よりさらに低空のEフィールド方面、高度200km付近で静止する影がいくつか映っていた。直接視認すべく機体を上下反転させる。数隻の見慣れた軽母級に混じる、それらとは一線を画す巨大な艦影を私の目は捉えた。すぐさまアリスシステムに情報解析を始めさせる。

 全長は1kmを超すだろうか。極端に肥大化した艦首には巨大な目玉がいくつも無造作に生え、背には1本の巨大な角が伸び、艦尾につれ細くなっていく滑らかな船体をやつらの戦闘機と同じく無数の腕のような装甲が覆いつくしている。

 だがチョコレートに機能を引き上げられた私の目を奪ったのは巨艦などではなく、その角に張り付くいくつもの小さな影であった。

 望遠カメラを起動。相変わらず機体サイズに見合わないデカい頭と5つの目玉を持つ異形の機体…間違いない。


≪各機俺に続け!直ちに降下船団の防空戦闘に合流するぞ!≫

「ステファン!待って!」

≪なんだ、そんなに重力に落ちるのが嫌か!≫

「E方面に艦影が見える!そっちでも見えない!?」

≪あ!?お前の機体ほどレーダー範囲広くねぇんだよ!リンクさせろ!≫


 付近のグラディエーターを先導し突撃しようとするステファンの通信に割って入り情報を渡す。第1、第2艦隊は既に半壊。戦局の趨勢は決しつつある。このまま迫る無人機だけ落とし続けてもいずれ数に圧殺され船団は壊滅するだろう。もし本当に脳無しだけで群を編成しているならば私達に勝ち目はない。けれど──

 

「そこからでも“一本角”は見えるでしょ?あれはおそらく旗艦だと思う。ミレイヤ」

「有人機から発信される暗号通信と同様の物が対象より発信されています。対象が無人機を統制している もしくは有人機の統制通信を増幅発信している可能性は非常に高いと予測します」


 ──巨艦自体が脳無し共を操っている旗艦と仮定すれば話は変わってくる。

 今あの一本角をへし折れば、無人機の統制はきっと崩れる。この戦いに勝利するには、それしかない。

 そして、それを遂行できるのは私達しかいない。


≪あのデカブツをか…≫

≪どのみちジリ貧よ。各機の判断で動くしかないのなら、ここでやるしかないわ≫

≪散々好き勝手暴れやがって。人類の意地を見せてやる≫


 全てを把握した僚機たちが俄然奮い立つ。その熱気は通信越しにもはっきりと肌に伝わるほどだ。燃え上がる闘志。研がれる殺意。こればっかりはチョコレートの副作用に感謝しなければならないだろう。士気はまだ折れてはいない。


≪よしわかった。俺が先導する。未来への道を開くぞ!≫


 ステファン機を基準に簡易的に編隊を組みなおすと、各機が一斉にオーギュメンターに点火、推力を増幅させ高度200kmに向け一気に加速する。


≪目標を“一本角”に定める、全機俺に続け!≫

「了解。あの一本角を大気圏に沈めてやろう!」




 

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