第17話 WPC自動車販売のあれこれ、ヒロイン登場

 WPC自動車は、正式名は“意力回路駆動車”、通名“魔法車”と呼ばれた。だって、魔法陣を取り付けられたシャフトが勝手に回転するのだから、その仕組みを知った消費者がそのように呼ぶのも無理はない。ただ、動力として電力を供給する点は“魔法”にそぐわないが。


 わが国で乗用車の市販車を製造している8社がほぼ同時に売り出したが、これらはすべて乗用車である。各社の販売する台数は1万台から2千台の間であったが、これは結局R-WPCの調達の制限と、EXバッテリーを賦活化する工場の建設の制限によるものであった。


 これは、R-WPCについては、活性化する術者の数がまだ十分でないことによるものであるが、現在WPC能力の発現者は月間1万人を超えている。だから、この点は早晩解決されると見られていて、自動車製造各社は増える術者の能力の確認と、能力が確認された術者との契約を急いでいる。


 また、B-WPCによる賦活工場は日に標準容量100㎾時のEX-バッテリーを1万個賦活可能であるもので、現在首都圏に3、中部圏に2、関西に2工場しか完成し稼働していない。つまりは、現在は地域限定の販売になっているのだが、これは早めに実用車を市場に送り込んでブームを高めようとするものだ。


 しかし、現在全国に250個所の賦活工場が建設中であり、1年以内にはすべて稼働を開始することになるので、全国的にWPC自動車の使用が可能になるのも間もなくである。


 ちなみに、賦活工場の能力は24時間自動操業で、100㎾時のバッテリー1万個の賦活が可能であるので、大体4万㎾の発電所に相当する。ただ、それの1割程度の外部電力をR-WPCの動力として引き込んむことになる。


 バッテリー交換ステーションについては、既存のガソリンスタンドが行うことになっており、作業員の訓練と必要な器具の準備など受け入れ準備は順調に進んでいる。標準のEXバッテリーの価格は2万円ということになって、車に2個装備されて、1個が空になった時に交換することになる。


 バッテリーは車を買った時に、2個標準装備されているが、これらは車の持ち主の所有物ではなくて、実際は使用の権利を買い取ったということになる。

 賦活されたEXバッテリーの交換の費用は、賦活と工場への往復の運送に加え、交換の手間を入れて6千円に決まった。100㎾のバッテリーで大体千km走れるので、km当たり6円だからガソリンよりは相当安い。


 さて、売り出された車であるが、エンジンと燃料タンクという熱を発し、かつ燃え上がるという危険物を収納する必要がなくなったことで、大幅に形については自由度を増した。


 このため、フロント部はエンジンを収納する必要がないために、運転席を前部に寄せることが可能であるが、突き出したフロント部は衝突時のショックアブソーバーとして働く。だから、フロント部に後部にあったトランクを持ってきたメーカーが多かった。


 このため、後部の突き出し長さは短くなって、全般に車体が短くなってはいるが、安定走行のためにある程度のホイール間の長さは必要である。だから、短くなったと言っても2~3割であり、座席のある空間はその分を広げたので目に見えて広くなってゆったりしている。


 また、走行させるためのタイヤや走行機構は変わらず必要であり、近年にわかに充実してきた衝突防止などの安全装置や、カメラなど監視の仕組みはさらに充実している。ここで、問題になったのは、自動車という走る重量物に対する歩行者の認知である。


 つまり、WPC車はモーターで走る電動車に比べても、車としては音を出さないのだ。ある程度スピードを上げると、舗装とタイヤの走行音を発するが、低速の時には事実上無音である。だから、国交省との協議の結果、運転時には、人々が気付くように不快でなく、自然の音と区別できる音響を出すことになった。


 この音の種類と、音量を決める作業は結構難航した。基本的には、人が不快でない音は自然の音なのだが、それに紛れる音は選べないということで、音の種類を選ぶのに苦労した。あとは、車が走っている環境により、必要な音量は異なる。

 結局、環境つまり場所によって音の種類を変え、さらに音量を変えることになって、開発完了が発売ぎりぎりになってしまった。


 ところで、車の値段は原価が低くなっていることは明らかなので、各グレード共に以前より10%から20%安くすることが各社決まっている。しかし、最初の限定販売品については、単価的には大量生産品ではないために、相当高めになっていることは事実である。


 そして限定販売品については、その旨を示したエンブレムを取り付け、考えている定価の概ね2割高く売りだされたが、それでも予約が殺到した。そのため、やむを得ず各社ともにくじ引きにして売っている。

 ちなみに、僕の家にはH自動者からその限定品が1台贈られてきた。相談に乗ったお礼ということだね。


 僕の家は関東圏だから、近くのスタンドでバッテリーの交換ができる。だけど、僕はまだ運転免許は取れないから運転できないんだよね。だから、家あてに贈って来たみたいだな。でも、この限定販売車はプレミアムがついて2倍位の値段で売買されているらしいよ。まあ、実際的にメリットのない外車を買うようなものだね。


 ところで、トラックやバスについてWPC車は少し遅れて発売するようだ。馬力が必要なので、トラックやバスはバッテリーを4個~6個標準装備しているし、R-WPCもトルクを高めるような回路を使っている。また、大型トラックやバスについては結構車体も高価なので、既存の車をWPC化することも考えているようだよ。


 これで、温暖化ガスの10数%の発生源である自動車のWPC化の目途はついたかな。だけど、日本だけWPC化が進んでも意味は薄いんだよね。お隣の中国さんや、アメリカさんが取り入れてくれなくちゃあ困るんだよね。その点、政府はどう考えているのかな。桐川さんを通じて聞いてみるか。


    ―*―*―*―*―*―*―*―


 そんなことを考えている僕だったけど、ある朝いつも通りに市民公園で体操をしている僕に、少女が近づいてきた。周りの人々と同じようにトレーナを来た娘で、すこし浅黒い顔色ですごく整った顔立ちで、細い体つきは素晴らしかった。

 胸部装甲はそれほど豊かではないけど、体とバランスが取れて魅力的だ。歳は、多分僕より少し上かな。


 目は鮮やかな緑だ。僕は思わず見とれちゃったね。周りの意心館の皆が僕を守るよう に反応しないのは、敵意がないからだけど、彼等も見とれているからでもある。すこし早足に僕に近づいてきた彼女は、流石にその間に入ろうとした広田館長が近づくと同時に膝を折って、その石畳みの上に土下座をした。


 それは、すこしぎごちなかったけど確かに“ザ・土下座”であり、日本の伝統芸能?である。僕は慌ててしまったよ。明らかに外人の、それも滅多にいない美人の娘が僕に土下座をするんだよ。

 あたかも、僕がいじめているようじゃないか。そう思った僕は、その娘アジャーラの術中にはまってしまったんだよね。


 慌てて彼女を立たせて事情を聞こうとしたら、英語を少ししゃべるくらいで言葉がほとんど全く通じない。困っていたら、そこに青年が現れて日本語で通訳してくれた。どうもこのマジズという青年は少女の仲間らしいので、完全に示し合わせてこのとだよね。


 僕は怒ってもいいのかもしれないけど、少女の必死な表情に怒れなかった。だから、事情を聞いたよ。彼女は中央アジアのウズベキスタンの中央平原の村の出身だそうだ。


 そこでは彼女のような欧州人に近い顔だちで、緑や青の目のものが時々生まれるという。その原因は、紀元前のアレキサンダー大王の遠征によるものだというから、すごいよね。


 彼女は、成績が良かったために、首都のタシケントで勉強させてもらっていたが、故郷の村での母の病気の問題で、日本に来る決心をしたのだと言う。それは、いつも水が不足していた村で、2年ほど前に井戸が掘られて、村人は大喜びで使っていたのだが、最近になって十数人の村人の体に異常が生じたという。


 その一人が自分の母親で、顔や体がただれ、呼吸も困難になってきてもはや衰えて歩けないらしい。それを日本から派遣されて来た医者が診断して、母と村人の病気の原因が井戸水に含まれるヒ素が原因で、母は殆どその井戸の水ばかりを使っていたので特に重症ということだ。


 そして、その医師、村田みずほという名のJICAから派遣された女医だが、日本に行って浅香修という少年を連れてくれば、母が治る可能性があると言ったそうな。母を治すためには、その浅香修が作った医療具が必要で、しかも重傷の母の治療には、作った本人が治療に当たる必要があると言う。


 村田女医は、ウズベキスタンの役人を動かし、彼女を日本に送るように説き伏せたそうな。CR-WPC、IC-WPCのことは、すでに世界の医療関係者には有名であり、どの国も、誰もが欲しがっていた。そして、それを作れ、それを使って、重症患者でも治療できる唯一の人物を連れて来ることが出来る可能性がある。


 だったら、彼女一人をタシケントから直行便のある成田まで送るのは容易なことだ。そして、日本にいる留学生に協力が命じられ、今彼女がここにいるわけだ。結局彼女は、そのウズベキスタンで医療援助に当たっている村田女医の意向を受けて動いているが、彼女の母を、そして村人を救いたいという思いは本物だ。


 僕は決心した。なにタシケントなんて成田から6時間だ。行くぞ!

 あのね、念のために言っておくけど、決して彼女の美貌に魅かれてではないよ。その必死さに負けたのよ。


 桐川女史は、僕から話を聞いた後に、僕とアジャーラを暫く見比べて、フン!と言うような顔をした。本当に失礼な人だな、と思ったよ。だけど、しばらくスマホを弄ってなにやら調べて彼女は賛成した。


「まあ、いいんじゃないの。美談も作っておくのも悪くはないわ。それに、ウズベキスタンだったら首都まで直行便でひと飛びだし、そのジザラ近郊だったら、空港から車で3時間だね。3日、いや4日あれば十分帰って来れるわね」


 そう言った彼女の手配で、2日後の夜、僕は成田を飛び立った。このウズベキ行きは桐川さんの上司には秘密で、そのために彼女は日本に残る必要がある。ウズベキスタンに入るにはビザが要るが、空港にあちらの厚生省の役人が出迎えるので不要であるとのことだ。


 アジャーラは村田医師の手紙を持ってきたが、それには彼女のアジャーラへの大きな期待とウズベキの人々への治療への思いが述べられていた。そして、自分が費用を払うので是非CR-WPCとIC-WPCを1台づつ別途持ってきてほしいと書かれている。多分ウズベキに寄付するつもりなんだろう。


 桐川さんの調べではウズベキスタンには、今のところCR-WPCとIC-WPCは1台づつしかない。3500万人の国民だから、多分すごく使いまわされているのだと思う。僕は医師の意気に感じて、在庫があった活性化されていないCR-WPCとIC-WPCを5つずつバッグに入れて、1台ずつは手荷物として持った。


 同行者は、無論アジャーラと護衛として意心館の川合さんに、川合さんと同じ年の山江さんに、桐川さんが手配したカメラマンとして向後希恵という人がついた。今は公表できないけど、そのうち美談として発表すると言う。


 アジャーラは帰りのチケットを持っていたが、エコノミーだったのでビジネスに替えさせ、他の人のチケット代やら向こうのホテル代や、山江さんの人件費等は僕が払うことになった。


「どうせ、君は使いきれないお金がたくさんあるでしょうに?」

 桐川さんはそう言ったよ。まあいいんだけどね。もちろん、母には言ったよ。彼女はそれに対して、アジャーラをまじまじと見てため息をついて言った。


「まあ、青春時代ね。あなたは中学生であることは忘れないことね。いい?」

 もちろん僕は頷いた。

「うん、もちろんだよ、母さん」


 銀製のCR-WPCとIC-WPCは手荷物検査で最初から出して、「医療用のCR-WPCとIC-WPCです」と言ったら検査官は知っていて通してくれた。まだ活性化してないけどね。道中で活性化するつもりだ。


 WPCの活性化はラウンジでやったよ。知ってる?飛行機に乗る時、ビジネス席以上だと、ラウンジという飲み物やら食べ物がある部屋を使えるのだよ。飲ん兵には嬉しい待遇だよ。だけど、ビジネス席はエコノミーの倍以上の値段だ。


 それを知っているアジャーラと川合さんたちは遠慮したけど、僕だけというわけにはいかないよね?でも、山江カメラマン兼ライターは平気で、何も言わなかった。流石に桐川さんの知り合いだね。


 ほとんど水平になるビジネス席は快適で、僕はぐっすり寝て起きたら着陸するところだった。タシケントは日本との時差4時間で、人口200万の中央アジア最大の都市であり地下鉄も走っている。空港には、出迎えの役人が来ていて、制服の通関の役人が付き添っているので、真っ先にパスポートコントロールも抜けた。


 普通だと1時間近く待たされるらしい。また、預けた荷物も探してくれてすぐに手に入った。だから、あっという間に出迎えの人々が待っているゲートをくぐった。そこに、ふっくらしたと言う言葉がふさわしい、薄いコートを羽織った色の白い女性がニコニコして立っていた。


 彼女を見たアジャーラが「みずほ!」と叫び、駆け寄り抱き着いた。女性は、同じくらいの身長のアジャーラを受け止め、肩をポンポンと叩いて何やら言っている。そして、アジャーラが彼女の言葉に応えたのだろう離れたところで、僕に歩み寄り手を差し出した。


「浅香修君ね。医師の村田みずほです。よくきてくれたわ。待っていました。おかげで私の手掛けている数十人の患者を救えます。もちろんその中には、アジャーラのお母さんも含まれているわ」


 応じた僕の手を力強く握って彼女が言い、僕は不思議思っていたことを聞いた。

「僕のことを、どうやって知ったんですか?」


「はは、CS病院に同級生がいるのよ。だから、あなたのことを知ってね。こちらで活動するに当たっては、あのCR-WPCとIC-WPCが欲しくてね。どう、ウズベキ美少女の土下座は?」

 いたずらっぽく笑う。


「ええ!あなたが教えたんですか?うーん、事情を聞かざるを得なくなり、聞くとほおっておけなくなり、そう言ったところですね。多分同じような人は世界に沢山いるでしょう。だから自己満足のためですよ」


 僕がそう言うと、彼女は僕の目を見て返す。

「そうよ、私も自己満足のためにここに来て働いています。そして、できることしか出来ない。救えない命も沢山ある。でも、救われた命と、それを見守る人々の喜びは確実にあるわ。

 そのために、私は出来ることをやるのよ。ウズベキでも滅多にいない美少女を日本に送って、救世主になる少年を連れてくることもね」


 彼女は一旦言葉を切って、僕に聞く。

「ところで、私の手紙は読んでくれたかしら」


「読みましたよ。まだ活性化していませんが、CR-WPCとIC-WPCをそれぞれ5つ持ってきました。ここにいる間に活性化しますよ。それに手持ちの活性化済のものをそれぞれ1台残していきましょう」


 僕の言葉に彼女は顔一杯に笑って、手を挙げて叫んだ。

「良かった。うれしい!アジャーラ、でかした。○×○×○、アジャーラ!」


 最後は現地語で言ったのだろう。驚いて医師を見る周りの目も気にせず、アジャーラもうれしそうだ。

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