第16話 WPC駆動自動車発売

 H自動車㈱の社内の開発会議では大いにもめていた。彼らの会社は、その優れたエンジンによる走行性能が売りで、実際に走りに魅せられた多くの固定ファンもいた。しかし、先日のT大学での自動車メーカーを集めてのプレゼンテーションで爆弾が投げ込まれたのだ。


 それはWPC回転機と大容量かつ超小型のEXバッテリーである。そしてEXバッテリーはB-WPCによる賦活化の産物である。すでに、T大の機械工学部ではプロトタイプのWPC駆動の自動車を作っていたが、それは既存の車を改造したもので、要はドライブシャフトの中央にR-WPCを接続した回転機を組み込んだものだ。


 動力は容量が100㎾時のEXバッテリーであり、エンジン燃料タンクが無いので、前部ボンネットの中はスカスカである。しかし、それは全く問題なく走り、大学構内だったからスピードは出せないが走りはスムーズだ。さらに、当然電気自動車だからエンジン音はない。


 彼ら自動車メーカーには、政府から“2050年に温室効果ガスの発生量を実質0”への全面協力の要求が付きつけられており、解決策は電気自動車しかないことはほぼ明らかであった。しかし電気自動車とて、その走行で燃料は不要でガスは出ないが、充電のための電気を起こすには大いに温室効果ガスを発生している。


 そして、現在の技術では電池がいかにしても高価で、かさばって容量は小さい。だから、『時間はある』と彼らは思っていた。しかし、T大で見せられ説明されたWPCの技術はすべての逃げ道を塞いでいた。


 それがあれば、全く温室効果ガスを出さない充電システムと電池があり、しかも電池は夢のような容量とコンパクトさになっている。加えて、モーターを上回る効率と遥かにコンパクトな回転機構がある。


 WPCは人間が活性化する必要があるが、R-WPCの場合にはWP能力者の5人に一人が可能で、彼らが普通1時間程度で活性化できる。EXバッテリーは量産化すれば精々2万円、B-WPCを備えた工場で賦活化すればよいので、R-WPCより活性化が可能な能力者は少ないがB-WPCはそんなに数は要らない。

 この場合には、エンジン、燃料タンクが不要で、どう考えても自動車のコストは劇的に下がる。


 T大はバッテリーについて、予備を含めて2基設置しておいて、ガソリンスタンドでの交換を薦めている。確かに2万円程度のものならそれで十分だろう。ただ、バッテリーはB-WPCを備えたバッテリー賦活工場を全国に建てる必要があり、それをガソリンスタンドへ配送するシステムが必要である。


 さらに、ガソリンスタンドは、バッテリーの交換所になるという変革が必要であるが、十分に実行可能な方法ではある。それによって、自動車による温室効果ガスの発生はなくなることは事実であり、燃料不要で自動車が安くなることによる社会的コストは大幅に減じる。これには、間違いなく政府が飛びつくだろう。


 感情的な意見もあったが、議論するほど逃げられないことが明らかになってきた。

「だけど、どこにわが社の独自性を出せばいいんだ。これだと、走行機構は同じ、バッテリーも同じでどこも似たり寄ったりの車になるぞ」

 開発部のチーフエンジニアが叫ぶように言った。


「ううむ。そうなると、車体で差を出すしかないか。それにしても……」

 出席していた社長が苦渋の表情で言うが、そこにおずおず手を挙げている者がいた。


「ああ、佐々木課長か、何だ?言いたいことがあれば言えよ」

 開発部長の村崎がやけになったように言う。


「はい、私の甥がS県の村山市にいるのですが、その友達があの浅香修なんです。彼のことは一度週刊誌に載りましたが、一説によるとWPCのすべては浅香修から出ていると言われています。

 彼に相談すれば、ひょっとして何か出てくる可能性があります」


「ほう、それは興味深い。その君の甥はその浅香修とどのくらいの付き合いなんだ?」


「ええ、家が近所で小学校以来の友人ということです。中学校では当然同じ学校の同学年です。クラスは違いますがね。彼もすでにWP能力は発現していますが、本人が言うには“処方”を受けた2人目だとか。多分、頼めば会うことは出来るでしょう」


「おお、まあ現状では突破口は見つからない。会ってみよう、アポを取ってくれ」

 村崎部長が言い、社長も頷く。


 僕は、荒木君から頼まれて彼の伯父さんに会うことになった。いつもは傍若無人な荒木君にしてはしおらしく頼んでくるので、何だろうと聞いたら、H自動車に勤めている伯父が相談したいことがあるということだ。


 僕は、近頃はR-WPCについては、最も単純なWPCということであまり関与していない。なにしろ、医療用のWPC作りのノルマが重いんだよね。だから、何の相談かは興味があったのですぐに承知したよ。


 ちなみに荒木君だけど、1時期は成績も上がってブイブイ言っていたが、同級生の皆が処方を受けた今は、その成績は上位20%位に落ち着いた。皆が同じ条件になれば、落ち着くところに落ち着くわけだね。


 とは言え、かつての彼に比べれば学科に対する理解度は全く違って、テストの成績は平均90点に近い。だけど、学年の平均点は80点を越えていて、学年トップの僕は99点だから、如何に全体のレベルが上がっているかということだな。2番が96点だから、まさに僅差だよね。


 先生も、もちろん処方を受けていて、生徒のベースが上がっているのは理解しているが、授業とテストの出題には苦労しているようだ。今までの蓄積がほとんど使えない訳だからね。でも、いわゆる知的な意味で能力が上がっているので、取り組む仕事の処理能力が上がって、かつ知的な意味でのスタミナが付いたという。


 だから、同じ作業を短時間でこなせるし、少々集中した仕事をしても疲れなくなったという。これは、職員室に居座る僕の調整官の桐川さんが仕入れてきた情報だ。彼女も無論手法は受けていて、『仕事が楽になったわ。その点はあなたと処方に感謝ね』と言っている。その割に僕に振ってくる仕事には容赦がないけど。


 荒木君の母方の伯父さんである佐々木さんは3人の会社の人を連れてきた。三井、村崎、南田という人達で皆男なのは日本がやはり男社会であり、かつ理系は男が多いせいだろうね。三井さんが一番偉くて、常務執行役員だそうで、開発担当らしい。


 場所は、我が家の敷地内の作業小屋だけど、隣に建て増しして会議室が出来ている。荒木君が彼らを案内してきて、桐川調整官は当然同席しているが、彼女は今日の会合には特にケチは付けなかった。だから、彼女もそれなりに興味があるんだと思う。


「ええと、R-WPCを差別化したいということですよね?」

 僕は一通り彼らの言うことを聞いて尋ねた。


「ええ、まあそういうことです。T大学から、T-WPCを貸与して頂きそれを車に取り付けて試験しました。結果として、通常車の加速の評価に使われる0-100㎞/時の主要時間は、9.5秒で車の平均的な数値です。


 素晴らしいEXバッテリーがセットである点を考えると十分な性能なのですが、問題はどの社も同じということです。私どもは“走りのH”で売ってきた訳で他と同じ走行性能では、ちょっとというか大いに問題があります」


 三井常務さんが応えて言ったので、僕はそれに返した。

「へえ、だったら、WPCの回路を書き換えればいいのじゃあ、あ、そのやり方はご存知ない?」


「え、ええ。頂いたものが最終のものと考えていましたから、それを変えるというのは考えていませんでした。書き換えて違う性能に出来るのですか?」

 4人が身を乗り出して、僕を見つめる。その目が少し怖い。


「ええ、ちょっと待ってください」

 僕は念のために持ってきたパソコンを立ち上げ、R-WPCの回路図を呼び出して隣の部屋のプリンターに送る。


 僕がプリントした用紙を取りに隣に行こうとすると、荒木君が「あ、俺が取って来るわ」と言ってそれを持ってくる。彼にもそれなりのWPCの活性化のノルマが課せられていて、結構この作業小屋を使っているのだ。


 僕はA3の紙に打ち出したそれを机の上に広げる。丸く何重もの線と記号が書かれた魔方陣みたいなものだ。4人は食い入るように見て、何人かが言う。

「「うん、これだ。これがR-WPCにエッチングされている」」

「「うん、うん」」


「それで、これの、この部分が回転を促す回路で、この部分が電力を回転に変える部分、ここがその回転に使用する電力量を決めている部分ですから、これを変えれば回転に注ぐ電力が大きくなります。だから力が上がりますが、力と言っても速度とトルクの関係がありますから、ここでその配分を変えることができます」


 僕がそこまでで、理解しているか彼らの顔を見ると、目はギラギラしているが大きな“”“???”“”マークが浮かんでいるようだ。

「ええと、回路学は学ばれていない?」


 頷く彼らを見て、僕は桐川さんを睨むのに、彼女はシレッと言う。

「回路の理論の公開はまだです。大学から外へは出していません」


「だってさ、標準のR-WPCを自動車メーカーに供給するだけだと、皆同じようなものしか作れないよ。近い将来WP能力もWPCも海外に教えざるを得ないでしょうに。その時、日本メーカーがアドバンテージを持つなら、WPCを自分なりに変える能力は絶対必要だよ。


 そして走行特性はWPCだけで決まるものではなくて、車の構造との組み合わせて様々に変わってくるのだと思うよ。だから、WPCを変えてみて、特性を試し、また変えるというプロセスが絶対に必要だと思う。ねえ、H自動車の皆さん?」


 彼らがうんうんと熱心に頷いている中で、三井常務が熱狂的に言う。

「そうです。浅香さんの言われる通りです。日本の自動車メーカーが、世界に今後も大きな地位を築くには今言われたことが絶対に必要です。是非その“回路学”を私どもにも学ばせてください。桐川さん、ぜひ政府側の説得をお願いします」

 そうして、彼は若い彼女に頭を下げるが、H自動車の皆も慌ててそれに倣う。


 それには図太い彼女も珍しく慌てて、手を突き出して言う。

「い、いえ。この話は私がどうこう出来る問題ではないんです。いずれにしても頭を上げてください」


 それから、僕の方を見て言う。

「おさむ君、君のお父様を通じて、大先生を動かすしかないわね。私がいくら言っても聞いてはくれないわ」


「うーん。まあ、そうだよね。桐川さんは僕には偉そうだけど、役所ではまだペーペーだもんね。」

 僕がからかって返すと、すこし怒って応じる。


「まあ、確かにペーペーだけど、その力学は解っているつもりよ。だからこそ、今のような的確なアドバイスができるのよ」


 僕はその日、2時間をかけて、彼等に回路の仕組みを教えながら、10%電力消費量を増やし、加速を高めるように回路図を手書きで訂正して元の回路図と、R-WPCの部分の回路を説明した回路学の教科書のコピーをメモリーに入れて渡した。


 既成事実を作って、政府側が公開をせざるを得ないようにするためだ。H自動車の皆はスキップせんばかりに帰って行ったよ。荒木君も僕に神妙にお礼を言った。


 ところで、荒木君は姉の次にWP能力を発現した。そういう意味では、彼はWP循環促進の技術をほとんど使わずに能力を発現した珍しい例だね。彼は能力発現と共に、身体強化ができるようななったために、サッカーのクラブを辞めた。たしかに、普通の選手に身体強化をした選手が混じっていると不公平だからね。


 だけど、身体強化は無意識に出来るようなものではないから、それをしないと決心しておけば問題ないのだけどね。だけど、疑われるのが嫌だと言って彼はクラブを辞めて、広田さんの意心館に入った。


 僕は彼がサッカーを辞めたのは、疑われるのが嫌だというより、むしろ広田さんと朝の運動で一緒にやる内に、格闘技の方が良くなったのではないかと思っている。広田さん達も、WP循環促進の効果で荒木君から半年くらい遅れて身体強化ができるようになった。


 だから、意心館では身体強化をしての組手が出来るようになったし、実際に熱心にやっているよ。身体強化については力と素早さのバランスをうまく取らないと、格闘技には使いにくい。これに熟達しつつある意心館のメンバーは相手が身体強化した格闘家相手でも最強だと思う。世界最強だよ、すごいね。


 身体強化では先輩の彼は、意心館で大いに存在感を増していったようで、今では中学生の身で有力な弟子の一人になっている。僕は今では全く荒木君には敵わないよ。 

 荒木君はWP能力発現で、当然WPCの活性化もやる(やらされる)ようになってきた。彼でも均せば1日1時間程度はやっているはずだよ。


 彼はR-WPCの活性化は出来るがB-WPCは無理なレベルで、姉はどちらも可能だ。 WPC製造にはWPC製造㈱から手当がでているので、荒木君で月に10万円位にはなっているはずで、姉はその5倍にはなっているよ。考えたら、僕もそうだけど我が姉弟はリッチになったものだ。でも、まだ母が預かって目を光らせているけど。


ところで、父を通じての工作はうまくいった。これは、僕がすでにH自動車に回路設計を部分的に教えたという既成事実も効いたらしい。お陰で桐川女史は上司に叱責されたらしいが、国としての方針が間違っていると開き直ったそうだから強いよね。


「ふん、いざとなれば個人秘書としておさむ君に仕えるわよ。いいでしょう?」

 彼女はそう言って、僕に向かってウィンクをしたので、少し背中に寒気を感じたけど無理はないよね。まあ、彼女の能力であれば、なにも僕にくっつかなくても、大会社になることが確定しているWPC製造㈱でも十分生かせるよ。むろん、僕または浅香家で彼女の給料位は出せるけどね。


 そういうことで、2週間ほどで、T大に自動車メーカー各社を呼んでの勉強会が始まった。前のようなことがあってはいけないので、何回か僕も参加したけど、細かいところは僕がもはや追いていけないレベルだった。このような経緯があって、僕の3年生の秋に、日本の各メーカーから一斉にWPC車の限定販売が始まった。

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