第13話 剣王の残骨


 その男は、基本的に山の奥地に居る。


 下山する事は殆ど無く、あるとすれば、とある老婆に呼ばれた時のみだけだろう。


「何かあったのか、アマト坊」


「ギルガさん、今日はお願いがあって来ました」


「毎回そうじゃねぇか。

 婆さんからの依頼か?」


「いいえ、俺からの依頼です」


 雪が吹雪く山の中。

 その頂上にあるログハウス。

 その中で、上半身の汗を拭いながら白髪の男は答える。


 白髪、白髭、皺のある頬のクセに筋肉は武人のそれだ。

 これで、あの婆さんの10個下という老人なのだから恐れ入る。

 現役の戦士の肉体と遜色ない身体。


 その男が、俺に視線を向けた。


「アホ抜かすな。

 お前はただの配達係じゃろうが」


 俺はこの爺さんに、婆さんからの依頼を届ける仕事を何度かした事がある。

 ハーベストという弱小ギルドが、団員数5人という規模のギルドが存続している理由の全て。


 それが、この爺さんだ。


 この爺さんは、受ければあらゆる依頼を完遂する。

 ロードだろうが厄災級のモンスターだろうが、両断する。

 自他共に認めるS級戦力。


 しかし、この爺さんの登録ランクはBだ。

 それは、この爺さんがそれを願ったから。

 剣王と呼ばれるこの男は、その地位を捨てた。


 世捨て人となった男は、剣の修行に明け暮れている。


 婆さんの依頼だけを、多少の賃金と引き換えに受けているのはただ、婆さんと爺さんが知り合いってだけの話。


 そして、この爺さんが依頼を受ける条件は、依頼内容を下方修正して報告する事。

 つまり、この爺さんのランクが上がらない様に取り計る事。


「お願いします!」


 俺は頭を地面に擦り付け、願う。


 この人の協力があれば、アストラファミリアと言えど敵じゃない。

 けれど、この人は尋常な理由では動かない。


「断る。

 出直せ小僧」


 この問答は目に見えていた物だ。

 俺はただの仲介人。

 この人に頼み事をできる様な立場じゃない。


「ギルガさんは、最後に負けたのはいつですか?」


「バカ言うな……儂が負けるっつうのはな、国が滅びるっちゅう意味じゃ。

 儂が負けたのは、女にだけよ」


「俺が負かして上げましょうか?」


 武人、戦士、彼等は誰も彼も同じだ。

 魔術師には理解できない単純さ。

 敗北の嫌悪、勝利への自信。

 それを兼ね備える物だけが、戦士として大成する。


 だからこそ、俺にとっては都合がいい。


「童が吠えたモンだ。

 いいぜ、儂に勝てたらお前の言う事聞いてやるよ」


 メフィアの時と同じ流れに持ち込めた。

 これで、リベリオンの力を見せればこの人の協力も得られる。



 ◆



 筈だったのに。


「なんで……!」


 吹雪の中、俺は何度も引き金を引いた。


 発射された弾丸の数は、既に100を越えている。

 なのに、一発も当たらない。

 いや、殆どの弾丸が……


「これが、お前の策かよ」


 切り裂かれる。

 剣豪の一撃すらも凌駕している。

 ロードの反応速度すら超越している。

 なんなんだ、アンタには未来でも見えてるのか……!


「はぁ……」


 溜息を吐き、爺さんが動き始めた。

 戦闘開始から5分程、爺さんは足を動かさなかった。

 けれど、今動いたのは俺の底を理解したという事なのだろう。


「儂が25の時、式符ってモンが開発された。

 それを開発した魔術師が、当時もそれなりの剣豪だった俺に勝負を挑んで来た事があったぜ。

 今の、お前みたいな顔になってボロ雑巾にしてやった」


 式符、リベリオンにも使われている魔術革命の一つ。

 魔法を道具に封じ込め、任意のタイミングで解放する魔道具。


 その開発者は成人君主で知られている。

 息子に向けた最後の言葉は、――奢らず生きよ。


「あの女好きジジイ、俺の騎士団の女に手えだそうとしやがってな。

 泣きっ面で降参させてやったよ」


 クソ、リベリオンは最強だ。

 魔術師にも戦士にも冒険者にも負けない。


「玩具で剣王ワシに勝てるかよぉ」


最終弾丸ファイナルバレット装て……!」


「見苦しいわ」


 ギルガの瞳が青く光る。


 前に居たハズのギルガの姿が掻き消えた。


 瞬間、俺の首に衝撃が走る。


「ガッ!」


 空気が口から一気に漏れる。

 視界が回り、意識が遠退いた。



 ◆



 目覚めたのはログハウスの中だった。


 状況はすんなりと受け入れる事ができた。


「俺は負けたんですね」


「そういうこった。

 帰んな、お前に協力はしねぇ」


 それ以上追い縋っても意味は無いだろう。

 俺の願いが聞き届けられる事は無いだろう。

 それが、嫌でも理解できた。


 リベリオンは最強だと思っていた。

 事実、今まで誰にも負けなかった。

 なのに、この爺さんには手も足も出なかった。

 ウィルオウィスプを使っても、銃弾自体が見切られているのなら意味はない。


 それに、俺の攻撃間隔よりも爺さんの攻撃速度の方が速かった。

 俺が1発撃つ間に、爺さんは2度斬れる。

 考えるほど、勝てない要因が浮かび上がる。


 こういうのを、完敗と言うのだろう。


「分かりました。

 失礼いたしました……」


「婆さんからの依頼なら受けるから持ってこい」


「はい。

 また来ます」


「おう、何やる気だったか知らねぇが自分の力でやるこった」


「あ、そう言えば婆さんに頼み事されてたんだ」


「なんじゃ?」


「艶光キノコ……? とかいうのを取って来て欲しいだとか」


 俺がそう言うと、剣の手入れをしていたギルガさんの動きが止まる。


「まじ……?」


「え、そんな高級な物なんですか?」


「いやそうじゃねぇが……

 そうか、あの偏屈ババアがね……」


 ぶつぶつと一人で呟くとギルガさんは、俺に向き直って言った。


「分かった。

 一度だけ、お前の願いを一つだけ叶えてやる」


「本当ですか!?」


「儂もハーベストが無くなると、金を得る手段が無くなっちまうからな」


 ハーベストが無くなる?

 いや、確かにアストラファミリアに俺が負けた場合、ハーベストがそのまま存続するとは限らないか。


 でも、なんで山暮らしのこの爺さんがアストラファミリアと戦うって知ってるんだろうか。


「一度だけだぜ。

 それ以外は力を貸さねぇ。

 よく考えて使うこった」


「はい!

 ありがとうございます!」


 その後、ギルガさんの倉庫にあった艶光キノコを貰い受け俺は下山し、街へ戻った。

 当然、俺の願いは伝えた。

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無詠唱の魔弾士 ~魔法世界で初めて銃を開発したので冒険者やってみる~ 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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