第12話 吸血女王


「君の方から、私に勝負を仕掛けて来るとは思わなかったよ」


 街からかなり離れた岩石地帯。

 そこにある巨大な岩山の頂上。

 伝説の剣聖が斬り裂いたと伝えられる、岩の台座。

 そこで、俺とメフィアは対峙していた。


「だろうな」


 俺はこいつから逃げ続けていた。


 会う度に性奴隷になれ何て勧誘してきやがって。


 しかも、勝負勝ったら言う事を聞け。

 そんな感じの条件を提示してくる。

 A級上位の実力を持つお前と戦って、俺が勝てる訳無いだろ。


「アマトが勝てると思う?」


 十数m離れた場所で、ルナの問いにキアが答える。


「全然思わない。

 でも、何の策も無く挑んでくる程あいつはバカじゃない」


 けれど、今は別だ。


 先日、S級魔術師に匹敵すると言われる男を倒したばかりだ。

 冒険者と魔術師ではS級の意味は多少異なる。


 しかし、どちらも絶大な力を持たなければ得られない称号である事は間違いない。


 この女がS級では無いのは、ギルドの依頼を月に1度程度しか受けない怠け者だから。

 断じて、実力が足りていない訳ではない。


 ホルスターから、リベリオンを抜く。


「ルナ、キア」


「どうしたのアマト」


「心配しなくても、グチャグチャになったとしても命さえあれば回復してあげるよ」


「そうか。だったらちゃんと見ていてくれ。

 メフィアが死んだら、協力させられないからな」


 俺がそう言うと、メフィアは嗤った。


「そうかアマト、自慢じゃ無いが私は人生でまだ1度しか敗北した事が無い」


「そうか、俺は勝てる相手の方が少ないよ」


「そんな君が私に勝てると?」


「あぁ」


「準備はいいかい?」


「あぁ」


「そうか、なら始めよう」


 そう言った瞬間。



 ――メフィアが取り出した短刀で自分の首を切り裂いた。



 血液が独りでに動き始める。


 その血液は、鎧を作る。

 その血液は、剣と為る。


 動作式魔法。

 詠唱の代わりに、特定の動作を行う事で口頭詠唱を無くす技術。


 代償魔法。

 魔力以外に供物を使用する事で、魔法の威力を向上させる。

 代償となる供物がマイナスである程に、魔法は強化される。


 あいつの平時の体重は400kg。

 人間の血液量は体重の13分の1程度。

 あいつは常に、あの小柄な見た目に30Lの血を貯蔵している。


 それが全て魔力媒体。

 パーティー戦なら、それに加えてルナキアの血液を使用できる。

 しかも、2人はメフィアの調教によって体重が300kg近くある。


 血液で作成された武具は、超魔力親和性を持つ。

 魔力で形成された全ての物質、エネルギーはあの刀に傷一つ付けられない。

 それどころか、触れた瞬間吸収される。


 人間の血液という、魔力が潤沢にため込まれた物体を直接武器にしているのだ。


 魔力での防御の一切が無効。

 更に魔力での攻撃の一切が、あの鎧に阻まれる。

 正直、最強の能力だ。


 更に、血液を操る彼女の血殺魔法の前では体外へ放出された血液は全て彼女の物になる。

 つまり、少しでも出血した時点で大量出血させられて即死だ。


「まぁ、相手がリベリオンじゃ無ければの話だ」


 傷を作るには接近する必要がある。

 血液でナイフを作って飛ばしてくる可能性も考えてたけど、無駄になったな。


 バン!


 音が彼女たちに聴こえた時には、既に弾丸は通り抜けている。


「ぐっ!」


「まずは、右足」


 膝を弾丸が通り抜けた事で、メフィアはこける。

 直ぐに立ち直し、横に飛ぶ。

 判断は悪くない。


 しかし、いくら魔力で速度を強化しようが、片足のお前に音速を越える弾丸を回避する事などできる筈も無い。


「左腕」


 バン!


「左足」


 バン!


「右腕」


 バン!


「右肩、左肩、腰、腹、肺、右足首、左足首、右手首、左手首」


 バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン、バン。


 血の鎧は全ての魔力を吸い取る。

 魔法攻撃の一切を通さない最強の鎧。


 だが、リベリオンの黒カートリッジは実弾だ。

 その魔力効果は物理運動の倍増。

 倍増した時点で魔法の効果は終わっている。

 込められた魔力は全て消費されている。


 吸い取る魔力が無ければ血の鎧は発動せず、魔法以外に対してそれはただの厚さ数ミリの水の壁でしかない。


 リベリオンの黒弾は、その程度の壁は容易く破り、内臓を破壊する。


「ルナ! キア!

 出血多量で死ぬことはねぇだろうが、ほおっておけば呼吸困難で死ぬぞ」


「そ、そうよね!」


「メフィア様!」


 俺との距離25m。

 その地点で、メフィアは倒れた。

 倒れた後も、動いていたので何度か弾丸を撃ち込んだ。

 頭と胸以外なら、死ぬことは無いだろう。


 動かなくなったのは10発以上弾丸を撃ち込んだ後だった。

 流石の生命力だな。


 吸血鬼は吸血によって同種を増やす。

 しかし、それによって作られるのは下位吸血鬼。

 所謂、グールだ。


 ただし、吸血鬼が人間を相手に通常の性行為によって子孫を作る場合、それは吸血鬼でもグールでもない物になる。


 吸血鬼の純性血統。

 ダンピール。

 幻の種族と呼ばれる亜人種だ。


 でも、親父のリベリオンは幻にすらなってない一点物だ。


「さぁメフィア、約束は約束だ。

 俺に協力してくれるな?」


 修復は全て終わってはいないが、それでも口は聞ける。

 その程度の回復を見計らって、俺は声を掛けた。


 仰向けに寝かされたメフィアは、ルナに膝枕されながら俺を見る。


「アマト、君そんなに強かったのかい?

 今までは実力を隠していたとか?」


「お前も俺の噂は知ってるだろ?

 その親父の研究が完成したんだ。

 まぁ、親父自身は死んじまったがな」


「いや、知らん。

 君のお父様は有名人なのか?」


 真顔でメフィアはそう言った。

 こいつ、噂話とか本当に興味ねぇな。


「私知ってる。

 銃っていう弱い武器を研究してたって」


 キアが捕捉してくれた。


「あぁ、それだそれ。

 それを使い物にした完成品が、このリベリオンって訳」


「へー、これって誰でも使えるの?」


「ルナ、お前がこいつに触れたら、俺はお前のド頭をブチ抜くぜ」


「ほっ、ごめん!」


 リベリオンに手を伸ばしかけていたルナの手が一瞬で引っ込む。

 触った程度で構造が理解できるとは思わないが、それすら心配になる実力をこの銃は持っている。


 設計図どころか、触れさせる気もない。


「よしよし、ルナは悪くない」


「……ちょっと濡れた」


「えっ、うらやましい。

 って、アマトってそっち側なんだ」


 なんだこのコント。


「どっち側でもいいから、答えを聞かせろメフィア」


「もう一回勝負してよ」


「はぁ?

 約束が違うだろ」


「いや、君には協力するよ。

 でも報酬が欲しいって話。

 もう一回勝負してくれるなら、なんでもするよ。

 私を鞭で虐めたいならすればいい。

 私を薬物ででろでろにしたいならすればいい。

 私の悲鳴が聞きたいなら何度でも叫んであげるよ」


「え、メフィア様それ浮気じゃ無いですかぁ!」


「確かに、でも私達も混ぜてくれるなら許す」


「じゃあそうしようか。

 私はSだが、君に負けた身としてMになるのもやぶさかじゃあない!」


 俺は思った。


 こいつらと組むの辞めようかな……


「もうなんでもいい。

 取り合えず協力はしてくれるんだな?」


「あぁ、けどもう一度度勝負してくれよ。

 私は負けた相手に復讐して、負けをゼロにしたいんだ」


「分かった分かった。

 もうそれでいいよ」


 その時俺が負けようが、全部終わった後ならどうでもいい。


「それで、何に協力すればいいんだい?」


「アストラファミリアを壊滅させるから、手伝ってくれ」


 俺がそう言うと、納得したようにキアが頷いた。


「アストラのボスが殺されたって朝から五月蠅いと思ったけど、あれアマトだったんだ」


「確かに、躍起になって敵討ちって感じだったわね。

 ホテルの店員さんも怖がってたな」


「でもアマト、それなら決闘なんてしなくて良かったのに」


 キアがそう言い、ルナも同意する。


「確かにね。

 メフィア様がこの街に居るのは、アストラを壊滅させる為だもんね」


「は?」


「キア、それは違うよ。

 アマトから決闘の前にその提案をされていても、アマトの実力的に不可能だと断っていた。

 でも、実力が伴っていると分かった今なら、私はアマトに感謝の念しか浮かばない」


 尋常ではない様子のメフィア。

 悲しむ様に怒っている。

 鬼気迫る表情でメフィアは嗤っていた。


「アストラファミリアと何かあるのか?」


「アストラファミリアとは何も無いよ。

 ただ、私の初めての性奴隷を殺したのがアストラファミリアに属するS級魔術師、混合種研究家キメラニアンミルドガラスってだけ」


「それは、俺にとっては良い話なんだろうな」


「そうだね。

 もし君が私に頼らず、一人でミルドガラスを殺していたら。

 ちょっと私、怒ってたかも」


 危機回避的な意味で言ったんじゃねぇけど、そう言う意味でも良かったな。


 アストラを倒せても、こいつに恨まれるなら割に合わない。

 こいつには嘘か本当か分からない噂がある。


 自分の奴隷の為に、自分の家族全員殺した。


 それも、メフィアが殆どのギルドに入団を拒絶された理由だ。


「アマト、まさか君がチャンスをくれるとは思っても見なかった。

 メフィア個人としても、ヴァンピール家としても感謝しよう」


 そう言ってメフィアは、俺に膝を付いた。

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