第9話 S級魔術師


 単身、その場に乗り込む。

 それがどれほどの愚行が、この街に住む人間なら誰でも分かる。


 この街の黒を統括する男、アストラ・リーベルト。

 その男へ俺は正面から喧嘩を売った。


「なんだテメェ?」


 葉巻を蒸かせて、男は笑う。

 同時に手を振って、女共を退かせた。


「ここが何処か分かってんだろうな?」


 敵の数はたった1人、アストラの隣の男、S級魔術師のみ。

 それ以外の男たちは部屋の奥へ下がっていく。


 主人を残して退室するのは意味不明だが、S級が1人いて他が援護もクソも無いか。


 ボルフの話が本当なら、この男はアストラの側近で在り、常に行動を共にする側近。


 名前はモードレット。


「分かってるに決まってるだろ」


 引き金を引く。

 狙いはアストラ。


 しかし、その弾丸は弾かれ天上へ跳弾した。


「結界か……」


「行きなり本命狙いか。

 少し目算が甘いのではないか?」


 モードレッドはそう言った。

 フードを外すと、金髪が露わになる。


 恐らく、魔術教会に登録されていない魔術師。

 しかし、俺の眼を信じれば確実にS級に匹敵する術師だ。


「アンタが相手してくれんのか?

 光栄だね」


「ふぅ……

 一応これでもS級魔術師と同格を自負しているのだがな」


 知ってるさ。

 S級。

 俺がどれだけ努力しようが絶対に届かない領域。


 その差を埋めるのは、武器しか無かった。


「一つ質問していいか?」


 二丁のリベリオンを構える。

 一方をアストラ、もう一方をモードレッド。


「結界ってのは同時に2つ張れるモンなのか?」


 魔法は原則同時に1つ。

 それは、初等学校で習う様な基本的な法則だ。


 リベリオンが火花を散らす。

 同時に放たれた二発の銃弾は、アストラとモードレッドそれぞれへ向かう。


「当然だ」


 両方の弾丸が弾かれる。


「俺は同時に4つの魔術を展開できる」


 規格外。

 その言葉が似合い過ぎる。

 だから彼等はS級と呼ばれるのだ。


「アイスニードル」


 モードレッドの頭上に、幾つもの氷の槍が生成されていく。

 単一の術式で、術式の複製発動を繰り返しているのか。


 本当に、規格外の術式処理能力。

 何よりも、それを可能にするだけの莫大な魔力。


 俺には無い才能。


 だがしかし。


 俺にはこの銃がある。


「火花を散らせ、リベリオン」


 ホワイトバレット。

 カートリッジに込められた燃焼式符の内容は『発火』。


 炎を纏った弾丸が、氷の槍が生成された傍から撃ち抜いていく。


 この部屋だけ、木製じゃ無くて助かった。

 じゃ無きゃ、この建物は全焼だ。


 俺の反撃に、モードレッドが目を見開く。


「やはり、術式の展開を俺が確認できない。

 その魔法は何だ?」


 魔術狂。

 S級などと呼ばれる深淵に入り浸る魔術師の蔑称だ。

 しかし、それは蔑称とは俺には思えない。

 こいつらのそれは、最早才能の領域なのだから。


「アストラ様、こいつ捕らえて俺が飼っても構いませんか?」


「好きにしろ」


「という訳だ。

 その術式、研究させて貰うぞ」


 親父の銃は公開しない。

 それは、世界の為に俺が思う最低条件だ。

 この銃は、俺が俺の為だけに使用する。


 だから、俺の答えは決まっている。


「嫌だね」


「お前の意思など関係ないさ」


 大きな魔法陣が展開される。

 その魔法陣の内容を俺は一瞬で読み取った。

 氷系統、召喚術式。


 礫の連射。


「ッチ……」


 銃という武器のコンセプトは、相手にしたい事をさせない。

 その前に殺し切る事。


 しかし、あいつの結界をリベリオンの弾丸は突破できなかった。


「フレイムウォール!」


 炎の壁を顕現させる。


「はっ、魔力の密度が小さすぎる」


 氷の礫は、俺の炎の壁を容易に突破し破壊する。


 けれど、既にそこに俺は居ない。


 俺にも、お前に比べれば些細だが特技がある。


「二重詠唱、韋駄天ライトニングドライブ!」


 身体強化。

 けれど、魔力量が足りない俺のそれは完璧な物では無い。

 本来は、加速し世界を縦横無尽に駆け抜ける魔法。


 けれど、俺のそれはたった一歩の強化しか行えない。


 だが、今の俺にはそれで十分。


「雷と炎の二重属性、そして二重詠唱。

 あぁ、もしお前に魔力が足りていればS級も夢では無かっただろうにな」


 モードレッドは笑う。

 一瞬の隙を突き、側面に回り込んだ俺をしっかりと視界に収めて。


 バン!


 その一撃は、結界に阻まれた。

 あの結界の弱点。

 それは一面に対してしか発生していない事。

 故に、あれだけの強度を誇る。


 けれど、コイツの本当の特筆すべき点は多重詠唱でも術式の種類でもない。


 術式の発動速度だ。

 基本スペックの全てが俺よりも上。

 それは明確な努力の証。

 魔力に恵まれた男が、本気で努力に技能を身に着けた姿。


 今まで使った全ての魔法が、無詠唱。

 そんなのを、化物と呼ばず何と呼ぶ。


「お前の詠唱数は4つ」


 アストラに結界を1枚。

 自身の全面と側面への結界で2枚。

 氷の礫で1枚。


「お前の手札は、もう尽きた。

 これで、終わりだ。

 ウィルオウィスプ!」


「貴様、もう一つの武器は何処だ!?」


 炎の盾で目をくらませ、韋駄天で引き付ける。

 その間に、ウィルウィスプは俺と反対側の側面に回ってる。

 リベリオンの片翼を持って。


 バン!


「なっ!」


 ウィルオウィスプは炎の精霊。

 銃の引き金を引く事は出来ずとも、内部の弾丸を発火させる事ができる。

 そうすれば、自動的に魔法陣が発火現象を最適な物の変質させ銃弾を飛ばす。


 額から血が滴り落ちる。


「所詮俺は、成り損ないか……

 これが、秘奥を諦めた俺の宿命」


 そう言って、モードレッドは地面に伏した。


「ふぅ……」


 アストラが煙草を吹かす。


「見事だ。

 お前はS級魔術師以上の戦力と言う事か。

 お前、俺の傘下に入れ、待遇は約束してやる」


「は?

 命乞いにしても意味不明だな」


「あぁ、こいつは命令だからな。

 もし傘下に入れねぇのなら、お前もお前の幼馴染も殺す」


 さっき、こいつの部下共が出て行った扉が開く。

 そこから現れたのは。


「アマト……ごめん」


「すまない……」


 手首を縛られナイフを首に突き付けられた、ミレイとお父さんだった。


「俺たちは悪党だ。

 悪党には悪党の戦い方ってモンがある。

 大抵の場合、戦術面に置いて正道は悪道に到底敵わない」


 アストラは嗤う。

 まるで、最初から全てを見透かしていたように。


「マフィア嘗めんじゃねぇぞ小僧。

 俺はこの街の頭張ってんだ。

 馬鹿親父の作った武器が完成して遊びてぇの分かるがよぉ、相手は選べ。

 テメェの事なんざ、こちとらとっくの昔に調べつくしてんだよ」

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