第10話 人質


 アストラは喜々として語り始める。


「お前の事は知っているぞ」


 状況判断は伊達では無さそうだ。

 俺は銃である程度遠くの敵も攻撃できる。

 今引き金を引けば、確実にアストラを殺せる。


 しかし、アストラを銃撃すればミレイは確実に死ぬだろう。

 そして、ミレイの後ろに居るアストラの部下を狙ってもミレイに当たる可能性は拭いきれない。


 それに、その場合はお父さんを人質にとっている部下も狙う事になる。

 左右のリベリオンで同時に二人を狙う。

 しかも、人質を掻い潜ってだ。


 現実的ではない。


「父親はトルア・ヘンケルン。元は男爵家の三男坊だ。

 だが、魔法学園で銃という無用の長物の研究に傾倒。

 貴族家を追放され、苗字は失った。

 母親と出会ったのは追放されて直ぐ、酒場の女に貴族だと嘘を吐いて近づき結婚。

 貴族との縁が切れていた事は、きっと知らなかったんだろうなぁ。

 その子供がお前だ、アマト」


「ペラペラと五月蠅い奴だ」


「俺はお喋りなんだよ。

 人が苦しむ話は特に好物だ。

 不幸と不幸の間に生まれたお前が、不幸でなかった筈がない。

 学園でも一人だったらしいじゃ無いか。

 多少虐められもしたんじゃないか?

 街の人間の間でも、お前の父親は有名だからなぁ。

 良く分からない物を研究し、働きもせず工房に引きこもる亭主。

 クソ中のクソだ」


 こいつの言う言葉は何一つ間違っていない。

 母親は、貴族と結婚して楽に生きられると思っていた事を死ぬ前に俺に教えてくれた。

 それでも、真実を知った後でも離婚する気は無かった事も。


 俺の不幸は全て親父が作った物だ。

 幾ら銃が完成しても、親父を許す気にはならない。

 親父の願いを叶えてやろうって気は、銃を使う対価みたいな物だ。


 あの男が嫌いだからこそ、俺はあの男に借りを作りたくない。


「でもな、俺はお前を評価してるんだぜ?

 俺は不幸な奴が好きだ。

 俺だってガキの頃は、パンを盗んで生活してたし、ボロボロの服を着てた。

 俺の部下は、そういう行き場のねぇ奴が殆どだ。

 俺の部下になれよ、アマト。

 お前はS級に匹敵するモードレッドを倒した。

 銃を作ったのは父親だろうが、そいつはもう死んだんだ。

 縛られるなんて馬鹿らしいぜ」


 蜜のように、砂糖のように。

 マフィアの頭領、アストラは俺を誘う。


「俺に付くなら、テメェの願いは叶えるぜ。

 この小娘が欲しいならやるよ。

 親も助けてやるし、カフェの経営くらい許してやる。

 お前の実力なら、金にも困らねぇし女も権力も好き放題できるぜ。

 悪い話じゃねぇだろう?」


「生憎、アンタの力を俺は必要としてないな」


 A級ギルドは手に入れた。

 これはこの街の全ギルドの上の地位だ。

 貴族でも無視できない権力。

 この男を殺しても、俺は立ち回れる。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ小僧。

 お前は俺にはなれねぇ。

 経験が違い過ぎる。

 俺はガキの頃からこの世界に居るんだ。

 対して、お前に何がある?

 多少不幸な家に生まれて、多少不幸な学園生活を送って。

 それだけだ。それでけマフィアと同じ事ができるかよ」


 一瞬、アストラはミレイの方へ目をくべる。

 その部下へ視線を送る。


 部下は頷き、ナイフでミレイの太腿を指した。


「うぅっ!」


 ミレイは皺を寄せて痛みに耐える。

 悲鳴を上げて当然の痛みだ。

 ただの看板娘が痛みに慣れている訳でもない。


 それでもミレイは声を抑える。

 理由は簡単だ。


 ミレイは俺にぎこちない笑みを浮かべる。


 その表情は「大丈夫だよ」と物語っていた。


「話を戻そうぜ小僧。

 こいつ等殺すか、お前が俺の下に付くか、選べっってんだよ」


 力は得た。

 権力を欲した。

 財力も序でに欲しい。


 こいつの話に乗れば全て手に入る。


 俺の目的は、俺の周りを幸せにすること。


 俺がマフィアになって、俺の周りは喜ぶだろうか。

 ミレイは、お父さんは、婆さんは。


 ――多分、俺が何をしようが俺を肯定するんだろうな。


 否定するのは、死んだ親父くらいだ。

 あの頑固者は、俺に善行を行えと強要してくるのが目に見える。


「この女は覚悟見せて、歯ァ食いしばってるぜ。

 後はお前が選ぶだけだ。

 ここまでやった女を殺せんのか、小僧?」


「そうだな。

 俺も覚悟見せねぇとな」


 ――二丁の銃口をミレイとお父さんに向ける。


「正気かテメェ……!

 銃なんざブレて当然の魔法以下の武器だろうが。

 弾丸の威力をどうやって上げたか知らねぇが、そんなモン生身にぶち込んだら手足でも捥げるんだぞ!?」


 ミレイ、俺はお前に十分甘えた。

 だから、自分には甘えねぇ。


「当たったら怨め」


「バカ。信じてるよ」


 激痛に耐えながら、ミレイはそう笑う。

 本当に、お前は強ぇ女だ。


 狙いを付けて、最大限に感覚を研ぎ澄ませる。


 信念を込める。


「殺――」


 アストラの言葉を遮る様に雄叫びが上がる。


「う、うぁあああああ!」


「父さん!」


 ミレイの父親が、ナイフが首を斬りつける事も構わずミレイに突進する。

 そのまま、ミレイを突き飛ばした。


 ――ありがとう、ございます。


 俺は、一瞬の隙を逃さず引き金を引く。


 バン、バン!


 二度の銃声、その弾丸はアストラの部下2人の顔面を吹っ飛ばす。


 すぐさま銃口は、アストラへ。


「くっ……

 俺も焼きが回ったモンだ。

 お前は小僧じゃねぇらしい」


「親父と一緒に迷いは燃やした。

 だが、どうやらアンタは俺が思っていた以上に強かった。

 殺しはしない、一緒に来てもらう」


「家の残党が何しでかすか、ってか?

 俺は銃を魔法以下だなんて思ってねぇぜ」


 そう言って、アストラは懐から小型の銃を取り出す。

 火縄銃より数世代上。

 それでも、雷管や薬莢が搭載されている訳では無いリベリオンより数世代前の産廃兵器。

 リベリオンに対抗できる訳も無い。

 俺はアストラに狙い絞る。


「これほど、自殺に向いた武器もねぇ」


 自分のこめかみに銃口を向ける。


「俺が死んだ後、俺の下に付かなかった事を後悔しやがれ。

 俺の仇は、俺の家族が必ず討つ。

 アストラファミリアは不滅だぁあ!」


「待て!」


 バン!


 リベリオンに比べれば荒く、大きな音。

 硝煙が舞い、アストラのこめかみには穴が開いていた。


 クソ、面倒な事を……


「アマト!」


 ミレイの叫び声に反応し、俺は視線を向ける。

 痛みにすら耐えていた彼女の顔が、恐怖に染まっていた。


 手元が真っ赤に染まっている。


「父さんが……!」


 斬られた首の部分をミレイが手で押さえている。

 それでも、出血が全く止まっていない。

 動脈が切断されてるのか。


 皮膚程度の治癒なら俺でもできる。

 だが、内臓や血管なんかの精密治癒は俺には荷が重い。


「父さん……死なないで!

 どうしよう……アマト……」


 まだ、S級が2人残ってる。

 出来る限り組織に打撃を与え、復活の体力を奪う予定だった。

 まだS級が2人も居る。

 そのどちらかがファミリアを建て直せば、今回の作戦は失敗だ。


 だが、このままじゃミレイのお父さんは死ぬ。


 見た感じ、そこまで大きな傷では無さそうだ。

 しっかり傷口を抑えて居れば、ある程度は生存はできそう。

 簡易治癒を連続で掛けながら、病院に行けば助かる可能性はある。


 守る物を犠牲にしては、本末転倒だ。

 そもそも、ミレイたちが誘拐されている時点で俺の作戦は失敗してるんだ。


「病院に連れて行くぞ」


「うん!」


 目的の半分も達成できず。

 そうして、俺のアストラファミリア壊滅計画は終了した。

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