第7話 接客


「いらっしゃいませ、ご主人様!」


 そう言って、元気よく俺の入店を迎えてくれたのはミレイだった。

 いつもと違う服装に身を包んだ彼女。


 俺は心の中でごちる。

 今日は使用人服か。


「似合ってる」


 そう言うと、ミレイは少し顔を赤らめる。


「ありがと」


 気恥ずかしそうに、彼女はそう言うと俺を席に案内してくれた。

 何というか、毎日のようにコレなのだ。


 昨日は魔術師風のローブ。

 一昨日は東洋の和装。

 その前なんて、魔物の着ぐるみだった。


「悪いねアマト君」


「いえ、でもどうしたんですか?」


 俺は、いつもカウンター席に座っている。

 グラスを拭いているミレイのお父さんとは、数十センチの距離だ。


「何というか、あの子は焦ってるんだ」


「何にですか?」


「分からないけど、強くなろうとしてるんじゃないかな」


「強く?」


「あぁ、別に身体を鍛えるとか魔術を研鑚するとかそう言うのじゃ無くて。

 多分、あの子は君より強くなろうとしてるんだよ」


「あ……」


 気が付ける事は、俺には少ない。

 人一人の感情を完全に読み取るなんて、土台不可能な話だ。

 でも、ミレイの言った言葉は憶えている。


 俺がどうしようもなくなった時に、耐えられなくなった時に。

 俺を殺す。

 そう、彼女は言ってくれた。


 笑顔が。

 焦りが。

 募りが。

 見栄が。


 分からない程、鈍感な訳じゃない。


 ワザとらしく、お父さんがカウンターの奥へ離れていく。

 トレイにコーヒーとオレンジジュースを乗せたミレイが、俺の下へやって来る。


「お待たせしました」


「ミレイ……」


 名前を呼ぶ。

 俺は何を言いたいのだろう。


『そんな事をする必要はない』

『俺は最初から君が好きなんだから』

『君はそんな事をせずとも可愛い』

『俺の為に頑張らなくてもいい』

『苦手な事をさせてしまってごめん』


 どれも、違う様な気がした。


「どうしたの……アマ、ご主人様?」


 ミレイの顔を見ると、俺の口は自然と動いた。

 言葉を紡ぐ。

 それは、きっと心からの気持ちだ。


「ありがとう」


「仕事だから。

 でも、アマトのコーヒーは父さんに教わって私が淹れてみたの」


 その笑顔を失えば、俺に生きる理由は無くなる。

 そんな恐怖が背中を押した。



 ◆



 だから。

 俺は染まる。


「やめてくれよ……」


 男がそう言う。

 両手両足に拘束具を取り付けられた男。

 目隠しをされ、瘦せ衰える。

 髪はボサボサ、髭も伸びていて、最近白髪が生えて来た。


 親父の工房の地下室。

 そこには、ボルフという冒険者が監禁されている。


 第四騎士団が買収されている以上、こいつを突き出しても意味はない。

 寧ろ、第四騎士団、マフィア、貴族という勢力に警戒される分損だ。


 だったら、コイツが勝手に死んだか行方不明だと思われた方が都合がいい。


 ボルフには水と、最低限の食事しか与えていない。

 逃げる気力を出させない様に、活力を与えない為だ。


 非人道的。

 狂気の沙汰。

 犯罪行為。


 理解してやっている。

 ミレイとお父さんには、騎士団に突き出したと嘘を言ってある。

 こいつの存在を知るのは、俺1人だけだ。


「解放してくれ……

 もうアンタには逆らわない。

 情報だって、全部言ったじゃ無いか」


「だからだよ。

 俺にそうしたように、俺の情報をペラペラと喋られても困る」


「言わね、ません。

 この街から消えますよ。

 だから、もうここで1人は嫌なんだ」


 廃人寸前。

 それが、今のボルフの状態だ。


「心配するな、もう少しで解放してやるから。

 それで、質問なんだがマフィアが人身売買以外にも薬物の売買をしてるってのは本当なんだよな?」


「あぁ、魔力覚醒の薬を始め、依存性の高い薬物をバラまいてる。

 つってもまだ半グレに買わせてる程度だ。

 貴族やお偉方で、そういうのをやってるのはまだまだ一部だな」


「ミレイの事を頼んで来た貴族ってのは?」


「あぁ、あの爺さんは結構やってるぜ。

 趣味が女と薬見てぇな爺さんだからな」


「そうか。

 だったら、貴族の方はそっちで黙らせておけばいいな」


 大本の貴族を潰す策はまだない。

 だが、マフィアは別だ。

 ある程度の権力があれば、マフィアを潰しても正義はこちらに着く。


 第四騎士団が金を貰っていようが関係ない。

 潰れたマフィアに、守銭奴が情を出すなんて事も無いだろう。


「あんた真っ黒だ。

 とんでもねぇ男に手ぇ出しちまった」


 皿に入れた水を、犬のように啜りながらボルフは俺の背中にそう吐きかけた。



 恐怖を知った。

 憂いや嘆きが無意味だという現実を知った。


 力だけが、願いを叶える方法だった。

 相手は、国を統治する貴族の一人。

 なれば、それに準じるだけの力が必要だ。


 武力は銃で足りている。

 なれば、次が権力が必要だ。

 手に入れる算段は付いている。


 この街を牛耳る覚悟は、もうできた。


 俺は今日、この街の勢力図を書き換える。

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