第6話 ハーベスト


 想像より時間が掛かった。

 視界の悪い夜の戦闘は避けたいのに。


 ゴブリンロードから討伐証明となる部位を剥ぎ取り、俺が拠点とする街へ到着したのは8時を過ぎた頃だった。


「婆さん、コレが出るの分かって俺に行かせやがったな」


 ギルド、と呼ぶには聊かこじんまりとした建物。

 当たり前だ、その建物を使うのは最大でも6人しか居ないのだから。


 俺の所属するギルド『ハーベスト』。

 このギルドの、現登録冒険者数はたった5人だ。


「仕方ないだろう。

 大手から降ろされた依頼じゃ。

 こっちに選ぶ権利何かありゃしない」


 建物内の構造は単純な物で、入り口と対面する場所に老婆が座る。

 調度品も無ければ、家具も老婆用の椅子が一席あるだけ。

 奥には客間も一応あるが、使われる事は殆ど無い。


 この老婆は、俺のリーダーでありギルドマスター。

 まぁ、それも数十年以上前の杵柄だ。


 しかし、資格は資格。

 この婆さんが居るからこそ、俺は冒険者としてやっていける。

 俺の様な、親父が殆どの冒険者から嫌われている様な人間でも。


「うちでこの依頼を達成できそうなのはあんただけだった。

 それだけだよ」


 弱小ギルド。

 家は、そう呼ばれるのは似合いの規模のギルドだ。

 だからこそ、依頼も普通には受けられない。


 例えば、厄災級モンスターが本当に存在するのか確認する為の捨て駒。


 そんな扱いをされて、当然の冒険者なのだ。


 似たような内容の依頼は前にもあった。

 しかし、相手がここまで強力な存在だったのは今回が初めてだ。

 リベリオンが無ければ、俺は間違いなく死んでいた。


「逃げて来たのかい?

 様子を見るに、ロードは居たみたいだけど」


「いいや、殺した」


 俺はそう言って、石コロを婆さんの前に置く。


「これは……!

 確かに初級魔王種の魔石だね。

 そうか、ソレの力はそれほどかい」


 俺の腰のホルスターに収まったリベリオンに視線をくべり、婆さんはそう言った。


「婆さん……」


 俺は、老婆の目の前に腰を落とす。


「頼みがある」


「なんだい?」


「このギルドを、この国一番のギルドにしたい」


「……ガキが大きく出たもんだ」


 少し間を置いて、婆さんは口を開いた。


「何のために?」


「母さんも親父も死んだ。

 もう俺は何も失いたくない」


「それで?

 どうして国一番のギルドが要る?」


「ある程度の権力が要る。

 貴族にも、俺の我儘が通る位の」


「どうして?」


 目ざとく、婆さんは俺を睨む。

 俺の真意を見抜く魔眼。

 いつもそうだ。

 このギルドに入った時も、親父の事を話させられた。


「嘘は吐けないか……

 俺の隣に住んでる幼馴染が、ある貴族に狙われてる。

 守るには、コイツだけじゃ足りない」


 リベリオンを叩き、婆さんにそう伝える。

 大手ギルドに入る事も多分、今の俺ならできる。

 リベリオンの力を示せばそれで済む。


 だが、そのギルドで力を認められるのは二度手間だ。

 俺が活躍し、ハーベストを大手にするのと変わらない。

 それに、大手に入ってリベリオンの構造を詮索されても困る。


 今の所、この銃の事を誰かに教える気はない。

 構造も理論も理屈も、使われているパーツの形状、火薬の種類も。


 この銃の使用条件は火か雷の魔力を持つ事。

 それだけで、確実に魔術師を殺せるだけの戦力を手に入れる事ができる。


 そんな物を公開する訳には行かない。


「……それだけじゃあないだろう?」


「クソババア……

 親父の願いだ。

 この銃でできる限り多くの人間を魔物の脅威から救う。

 その為には、この規模のギルドじゃ足りない」


 叶える気なんてサラサラなかった願いだ。

 だが、この銃を使うからには恩は返したい。


 親父は最後の最期に答えを出した。

 成功を死に物狂いで掴み取った。

 その功績を、俺は認めないといけない。


「言いたくない事を言わせるのが、本当に好きだな」


 皮肉を込めて、婆さんを睨む。

 しかし、婆さんの表情は全く変わらない。


「好きと嫌いなんて、右と左くらいしか変わらない。

 どちらを選ぼうが、選べる時点で道はあるんだ。

 決めるのはどちらが強いか。

 あんたにとって、娘への好意と父親への険悪、どちらが上なんだい?」


 年の功とでもいうのだろうか。

 婆さんの台詞は、俺の中の核心を突く物だった。

 俺は本当は何のために戦うのだろうか。


 ミレイを守りたいと言う感情は確かに大切な理由だ。

 けれど、急な話で急がされた感じはある。

 親父の事は考えないようにしていた。

 思い出したくなかったからだ。


 俺は俺のことすら、よく考えては居なかったんだな。


「アンタ、元々は教師だったんだってな」


 それを辞めて冒険者になって、今はギルドマスター。

 どうなれば、そんな人生になるのか。


「あぁ、ずいぶん昔の話だけどね」


「良い、教師だったんだろうな」


「答えは決められたかい?」


「両方同じなんだ。

 両親の事も、ミレイの事も。

 俺はどっちも失いたくなかった。

 俺は、俺の大切な物を奪われない為に、俺を捧げるよ」


「父親も大切であったと?」


「コレが完成する事を、俺は心のどこかで願ってた。

 家族を馬鹿にされて、黙ってられる奴なんて居ないだろ」


「そうかい……良かろう。

 このギルド、アンタが好きな様に利用すればいい。

 もし国にS級として認められたなら、あんたにこのギルドを譲るよ。

 その代わり他のガキ共は、アンタが自分で説得するんだよ」


「あぁ、ありがとう。

 婆さん」


「アタシも、自分のとこのガキを馬鹿にされて黙って居られる程お人好しじゃ無いんだ。

 今までの分、刈り入れ時かね」


 醜悪な笑みで、婆さんは笑った。

 けれど、俺はその笑みを心地よい物に感じたのだった。

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