第45話 そっか

 引き続きカラオケで盛り上がるか……というところで、狂歌が僕に問いかけてくる。


「ねぇ、夜謳って、わたしと一緒にいるときを除いて、何をしているときが幸せ?」

「え? 急にどうしてそんな話に?」

「さっき、殺雨に訊かれたんだよね。夜謳の幸せって何か知ってる? って。わたし、上手く答えられなかったんだ。

 わたしと一緒にいるとき、夜謳ってずっとわたしと遊んでるじゃない? わたしと一緒にいないときに何をしていて、何をするのが一番好きなのか、良く知らないなって思っちゃった。だから、今更だけど、知りたい」

「……僕、一人のときには漫画読んだりとかだよ?」

「それが、夜謳の一番好きなこと?」

「……うーん、そうでもないかなぁ。好きではあるけど、一番好きというのはまた違う」

「じゃあ、何が好き?」

「……わからない」

「……そっか。夜謳って、本当に自分のこと、わからないんだ」


 狂歌が悩ましげに俯く。僕の答え、まずかったかな?

 殺雨の方を向き、尋ねる。


「殺雨、狂歌にどんな話をしたの?」

「二人で話したのと似たようなもの。夜謳は何がしたいのかなって。人助けみたいなものも夜謳にとってとても大切な一部だろうけど、もっと個人的な『好き』はどこにあるのか、誰も知らない。たぶん、それは夜謳自身がわかってないから」

「まぁ、そうかも。昔からあんまりないんだよね、特別に好きな趣味とか。無理矢理作らないといけないとも思わない」

「……そうね。無理矢理作る必要はないわ。でもね」

「うん」

「あたしたち、夜謳にも、もっと幸せになってほしいんだよね」


 淡々とした言葉からは、別にどうでもいい話なのだけれど、というニュアンスを感じてしまう。


「僕に、幸せに? 十分貰ってると思うけど?」

「性欲を満たすという意味ではそうかもね。でも、それ以外の面で、あたしたちは無力だわ。夜謳の幸せの形がよくわからないから。夜謳を愛する者として、それはとても悔しい」

「……悔しがる必要はないんだが」

「夜謳。人ってね、もらったものを返したくなる生き物なの。良い意味でも、悪い意味でも。だから、あたしたちに、恩返しをする方法を与えてほしい」

「……というと? 具体的には?」

「夜謳の好きなこと、ちゃんと探してみない? あたしたちと一緒に」

「皆と、一緒に……」


 これはまた意外な提案だ。僕の好きを探すために、皆が協力しようとしてくれている?

 順に皆の顔を見ていくと、どうやら本気らしい。いや、華狩だけは、少々置いてけぼり感。


「……そういう話し合い、私も入れてほしかったな」


 華狩がぼそり。


「ごめんなさい。月姫を除け者にしたかったわけではないのだけれど、鬼面とおしゃべりしていたらそんな話になってしまって」

「……そっか。仕方ないね」

「ええ。それで、月姫はどうする? 一緒に探してみる?」

「うん。やる。私も、夜謳にもっとお返ししたい。生きたまま食べられるなんて……多少の見返りがあったとしても、易々と耐えられることじゃない。本当はもっとお返ししたかった。夜謳に、もっと幸せになってほしかった」

「じゃ、決まりね。後は、宜しく」


 話を引き継いだのは狂歌。


「ねぇ、夜謳。わたしたちと撮影会しない?」

「撮影会?」

「うん! 色々と試してみるうちの一つとしてさ、気軽にできることから始めてみようと思って! 夜謳はエッチな人だし、わたしたちをモデルに自由に撮影できたら、それだけでも楽しいんじゃないかな? 水着撮影までならありだよ!」

「お、おお……。それはまた、楽しそうな話」

「本当はヌード撮影でもいいんだけど……鳳仙花さんがそれはダメだって。年齢制限的に」

「まぁ、それはそうだね」


 児童ポルノ所持で捕まりたくはないな。


「わ、私については、年齢制限はクリアしているので、ヌードでも構いませんよ?」


 照れながら言ったのは鳳仙花さん。


「いえ、それは結構です」

「なんでですか! 女の覚悟をそんなばっさり切り捨てないでください!」

「そう言われましても……。僕たち、そういう関係じゃありませんし」

「そういう関係になればいいじゃないですか! いつもいつも、そうやって私だけ除け者にして!」

「いつもいつも言ってますけど、僕は僕を殺せない人と付き合うつもりはないんです」

「そんなこだわり、さっさと捨ててください!」

「僕は捨てませんから、むしろ鳳仙花さん不殺ころさずの誓いなんて捨ててください」

「私もそこは譲れません!」

「はいはい。わかりました。じゃあ、末永く僕の頼れるお姉さんでいてくさい」

「嫌です!」

「お姉ちゃん、今夜の夕食は何かなぁ?」

「お姉ちゃんなんて呼ばないでください!」


 口惜しげに睨んでくる鳳仙花さん。僕は微笑みながら、やれやれと肩をすくめるのみ。

 ふと周りを見てみると、狂歌、黄泉子、殺雨の三人がぽかんとしている。


「え? どうかした?」

「どうかしたって……。夜謳ってそんな顔で笑うんだ」


 狂歌が神妙な顔になる。


「そんな顔?」

「……なんでもない。鳳仙花、鳴」


 狂歌が鳳仙花さんをギロリと睨む。


「夜謳は、わたしのだから! 絶対、絶対、渡さないから!」

「……私だって、このままお姉ちゃんなどと呼ばれ続けるつもりはありません。必ず振り向かせてみせます」

「……あなたって、鈍感なのね」

「え? 何がですか?」

「なんでもないし! っていうか夜謳!」

「ん?」

「一発殴らせなさい!」

「え? まぁ、いいけど」

「ここでわたしとエッチして!」

「それはちょっと……」

「なんで拒むの! わたしのことなんてどうでもいいってこと!?」

「なんでそうなるんだよ……。どうでもいいわけないだろ?」


 何故か一人で盛り上がっている狂歌。落ち着いてくれればと思い、ひとまずキスをしてみる。


「んむっ」


 狂歌が軽く僕を殴ってくるけれど、だんだんと落ち着いてくる。

 唇を離すと、狂歌が僕の胸元に頭をぽすん。


「……バカ。夜謳の一番は、わたしなんだから……っ」


 どうしてそういう話になったのだろう? 状況が掴めないぞ?

 困惑していると、殺雨が言う。


「……とりあえず、カラオケは終わりにしましょうか。次行きましょ、次」


 殺雨が立ち上がり、僕に近づく。


「ふんっ」

「痛っ」


 足を踏まれた。


「え? 何?」

「……ここまで差があるとは思ってなかった」


 殺雨はそのまま部屋を出ていく。


「あーあ。後でちゃんとフォローしなよ? 殺雨ちゃん、口で言ってるより、夜謳のことを好きなんだから」


 黄泉子が殺雨について、部屋を出る。

 何が、何やら?


「……ああ、そっか。皆、夜謳と鳳仙花さんのやり取りって、あんまり見たことなかったんだ。そっかそっか……」


 華狩が納得しながら部屋を出る。


「えっと、じゃあ、僕たちも行きますか?」


 狂歌を抱きしめつつ、鳳仙花さんに声を掛ける。


「ええ、そうですね……」


 鳳仙花さんも首を傾げながら出口へ。

 狂歌の手を引きつつ、僕も一緒に出る。


「なんでしょうね?」

「さぁ……」


 バーカ、と狂歌がもう一度呟いた。

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