第44話 二人

 僕が鳳仙花さんを連れて部屋に戻ると、狂歌が即座に抱きついてくる。


「誰かと二人きりの時間を作ったなら、あたしとも二人きりの時間を作って!」

「おお……。それは、まぁ……」


 狂歌が望むのであれば、それも叶えてあげるべきかな。

 特に気をつけるべきは狂歌と華狩なのだろうけれど、なかなか忙しないものだね。


「……じゃあ、次は狂歌で、その次に華狩、ちょっと二人で過ごす?」


 視線を向けると、華狩はためらいがちながらも頷いた。


「ハーレムを築くのも大変ねぇ」


 殺雨がやれやれと呆れながら、黄泉子と一緒に殺人動画を視聴している。この二人は細かい配慮は必要なさそうで、一安心。

 まずは狂歌と部屋の外に出て、人気ひとけのない場所で長々とキスをした。


「ねぇ、夜ぁ謳ぉ。二人で抜けちゃわない?」

「それはダメ。今日はそういう日じゃないよ」

「むぅ……。意地悪。わたしに内緒で勝手に日本を出るって決めてたこと、まだ許してないんだからね!」

「ごめんごめん。でも、狂歌ならわかってくれると信じてた。それに、僕は狂歌と一緒にいられれば、どこにいようと、何をしようと、どうでもいいと思ってた。狂歌も、きっと同じ気持ちだって思ってた。だから、勝手に決めちゃった。ごめんね」

「……わたしだって、夜謳がいてくれればそれでいいよ? どこに行ったってついていくよ? でも……わたしは夜謳の一番でいたいって気持ちもあるの。そういう風に扱ってほしいとも思っちゃうの。わがままでごめん」

「狂歌のわがままなんて可愛いものだよ。それじゃ、そろそろ戻ろうか」

「……一回エッチしてから帰るのじゃダメ?」

「……どこでするんだよ」

「トイレとか」

「おいおい。ま、そういうのはまた今度。鳳仙花さんともそんなに長く一緒にいたわけじゃないだから、今は我慢しておくれ」

「仕方ないなぁ」


 狂歌を部屋に戻したら、今度は華狩の番である。再び人気のない廊下の隅へ。


「鬼面さんとは、どこまでしたの?」

「キスは、した」

「私にもして」

「了解」


 華狩とも長いキスをした。狂歌を意識しているのか、公共の場でするにはちょっとやらしい過ぎる濃厚なキスになった。一度他のお客さんとすれ違ったが、引かれていたと思う。


「……あのさ。夜謳を困らせる質問、一つしていい?」

「ん? 何?」

「今の気持ちでいい。夜謳が一番好きな人って、誰?」


 華狩が、上気した顔で見つめてくる。


「……今の気持ちで言うなら、華狩だよ」

「……そういう答えが聞きたかったわけじゃ、ないんだけど」

「と言うと?」

「今この瞬間っていうことじゃなくて……夜謳の、本当に好きな人」

「そう言われても……。僕、華狩のこと、好きだよ?」

「……例えば、あの五人の内、たった一人だけとしか一緒にいられないってなったとき、本当に私を選ぶ?」


 華狩の真っ直ぐな瞳からは、嘘や誤魔化しを求めていないという気持ちが伝わってくる。

 ただただ、真実を知りたい、と。


「……それ、答えないとダメ?」


 質問を返すと、華狩は首を横に振った。


「ううん。もういい。華狩って即答しなかったってことは、そういうことだってわかってる。でも、まだ深く関わるようになってから一ヶ月も経ってないもんね。仕方ない。

 これから、私は夜謳の一番になる。単なる仮定の話であっても、誰か一人を選べって言われたとき、私の名前をあげてくれるようにする」

「……うん」

「っていうか……本当はわかってる。夜謳が一番好きな人。一個、質問だけさせて。夜謳って、鳳仙花さんのことが、一番好きでしょ?」


 おおっと? 華狩から鳳仙花さんの名前が出てくるとは思わなかった。


「どうしてそう思う?」

「……だって、夜謳、鳳仙花さんを一番大事に扱ってるんだもん。一番好きだから、気軽に手を出す気になれないんでしょ?」

「……さぁ、どうだろう?」

「まぁ、いいよ。一番付き合いも長い人だし、鳳仙花さんは本当に素敵な人。夜謳が好きになるの、わかるよ」

「……まぁ、そういうことにしておこうか」

「うん。ちなみに、本人に言うつもりはないから安心して。っていうか、本人には言ってあげない。そんなの悔しいもん」

「……そっか」

「じゃ、戻ろっか。それとも、最後にエッチなことでもしてく?」


 なんというデジャビュ感。狂歌と似てきたな。


「いいや。もう戻ろう。そういうのはまた今度」

「また今夜、ね?」

「……そうだね」


 話を終えて部屋に戻る。お疲れ様、と殺雨が軽く労ってくれた。

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