第41話 自己紹介、後編

「あたしは毒蒔殺雨どくまきあやめ、十五歳の高校一年。『解体』スキルを持っていて、それを生かして仕事もしてるわ。夜謳とは五ヶ月くらいの付き合いで、皆と同じように体の関係もある。

 ただ、そこの二人みたいに熱烈に夜謳に恋してるわけでもなくて、友達の延長? セフレよりは親しい? みたいな、そんな関係。

 あたしは夜謳の一番になりたいとも思ってないし、たまに会っておしゃべりしたり、エッチしたりできれば十分かな。解体欲も満たすけど。

 それで、あたしは別にこれから皆と一緒に暮らそうとは考えてないけど、一度くらいは顔合わせしておくのもいいかと思って来てみたわ。

 無理に皆と仲良くなろうとは思ってない。でも、こうして巡り会ったのも何かの縁だろうし、あえて距離を置こうとも思わない。仲良くなれそうだったらお友達になりましょ」


 比較的友好的な雰囲気の殺雨。さっきまで空気がぴりついていたから、この和やかさがありがたい。特に競争する意志のない者に、狂歌と華狩も対抗心は燃やさなかった。

 拍子抜けした様子で、狂歌が言う。


「わたしから夜謳を奪おうとする子でなければ、普通に仲良くしていきたいと思う。解体スキルってなんだか物騒だけど、宜しくね?」

「宜しくー。あ、一応あたしが年下だけど、敬語の使い方とか知らないんで、その辺は許してね」

「それくらいは別にいい。一歳差なんて誤差でしょ。学校でも仕事でもないのに、上下関係を強要するなんてバカバカしい」

「おー、話がわかる人だわ」


 狂歌と殺雨は相性が良いのかな? 仲良くしてくれる分には大歓迎だ。

 華狩、鳳仙花さん、黄泉子も特に殺雨を疎む様子はないし、殺雨は皆と打ち解けられそうだ。


「殺雨、ありがとう。次は……鳳仙花さんにしておこう、かな?」


 そもそも、鳳仙花さんは他の子たちと少し立場が違う。僕と男女関係はないし、僕を殺さないと生きていけないわけでもない。それでも、僕が誰かと一緒に住むのなら、自分も一緒に住むと言って譲らなかった。

 鳳仙花さんの気持ちは知っているし、拒絶すると鳳仙花さんの精神が崩壊しそうだったので、それで良いと伝えている。僕としても……まぁ、鳳仙花さんにも側にいてほしい気持ちはある。


「私は鳳仙花鳴ほうせんかめい、二十四歳です。黒咬君の護衛を務めています。皆さんとは少し歳が離れてしまい、少々気後れしてしまうところもありますが、宣言しておきます。

 私は黒咬君が好きです。

 将来、黒咬君と結婚したいという気持ちもあります。

 ただ、現状として、黒咬君と男女の関係はありません。一年以上の交流がありますが、恋人未満のままです。黒咬君が『自分を殺せない人と深い仲になるつもりはない』と言って譲らず、私はその条件をクリアできていません。

 これからも、黒咬君を殺すつもりはありません。それでも、いずれは黒咬君の気持ちが変わるよう、努力し続けます。

 今まで一緒に住むことまではしてきませんでしたが、黒咬君が他の人と一緒に住むというのならば、私も一つ屋根の下、暮らしていくことを望みます。

 ちなみに、歳は離れていますが、敬語を使えなどと強要するつもりはありません。偉ぶるつもりもありません。皆さんの思う通りに接していただければ結構です。

 今後とも、宜しくお願いします」


 鳳仙花さんが丁寧に頭を下げる。流石は社会人と思わせる大人びた所作だった。

 集まった中で、鳳仙花さんにこの場で対抗心を燃やすのは、狂歌。

 なお、狂歌と鳳仙花さんは、何度か顔を合わせたことがある。親しく話したことはなかったと思うが。


「ふぅん? あなたも夜謳との結婚を考えているのなら、あまり仲良くはできないかもしれないね。

 その歳で夜謳狙いなのを、淫行だとかで責めるつもりはないけどさ。自分は夜謳を殺しませんって、純潔アピールでもしてるの? あなたたちと違って、自分だけは綺麗な心を持ってますとでも言いたいわけ?」

「そういう意図はありません。もちろん、黒咬君を殺せるあなたたちが、世間的に見てかなり異端の部類に入るという認識はあります。しかし、それが人間としての綺麗さや優劣に直結するとは思っていません」

「そう? ならいいけどね。夜謳を殺さないことを理由に、自分が一番夜謳の妻に相応しいとか言い出したらどうしようかと思っちゃった」

「そんなことは言いませんよ」

「そ。良かった。まぁ、わたしたちと一緒に暮らしたいって言うなら、それも構わない。一線を越えられないもどかしさで、毎晩自分を慰めていればいいんじゃない?」

「……黒咬君が結婚できるようになるまでまだ一年以上あります。そして、本格的に結婚を考えるのはもう少し先でしょう。それまでには、黒咬君の気持ちを変えて見せますよ」

「ふふ? そのとき、あなたの泣きっ面を拝めるのを楽しみにしてるね?」

「さぁ、どちらが泣きを見ることになるでしょうか?」


 両者、全く譲らない睨み合い。火花どころか雷鳴が聞こえてきそう。

 僕がびびっているところで、殺雨が進行してくれる。


「はいはい、そういう喧嘩は二人きりのときにどうぞ。

 最後はあんた。黄昏黄泉子たそがれよみこだっけ? 名前だけは聞いてるわ」

「あ、うん。わたしは黄昏黄泉子たそがれよみこ、十九歳。今は大学二年生で、趣味で描いていた絵がそれなりの金額で売れるようになって、それで生計立ててるよ。夜謳の内蔵をモデルにしてるやつも多いんだけど、気になるなら後で見せるね。

 夜謳に対する気持ちは、どちらかと言うと毒蒔どくまきさんに近いのかな? 好きだし愛してるけど、なんとしても結婚したいとまでは思ってないの。

 ほどほどの距離感で今後も付き合ってくれればいいかなーってとこ。

 ただ、夜謳が誰かと一緒に暮らすつもりなら、わたしも混ぜてほしい。一人暮らしだと寂しい気持ちはあって、夜謳と一緒に住めるならそれがいい。

 一応、鳳仙花さん以外はわたしより年上だけど、わたしにも特に敬語とか使わなくていいよ。文化系な人間なんで、上下関係に特別なこだわりとかないんだ。

 ってことで、宜しくね?」


 黄泉子も特別な対抗心を燃やしていないおかげで、自己紹介で波風立てることはなかった。他の面子も頷き、軽く挨拶を交わして終わった。

 ふぅ……。顔合わせだけでもなかなかの緊張感だった。殺雨以外とこれから一緒に暮らしていくとき、殺伐とした空気になるのはやはり辛い。

 僕が一番責任重大なのだろうけれど、バチバチやっている中に、少しでも空気を和らげる存在がいるのはありがたいな。……殺雨も一緒に住んでくれないかなぁ。その方が良いような気もする。

 ともあれ、自己紹介はここで終わり。

 これからは親睦会。……仲良くなってくれればいいのだが。

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