第40話 ボス戦
殺雨との逢瀬を堪能した翌日。午後一時過ぎ。
僕は、今後一緒に暮らすだろう面子、プラス殺雨の五人とカラオケにやってきた。
具体的には、
……闇咲を除き、僕と浅からぬ縁を持つ者が集合したわけだな。ある意味壮観だけれど、まだまだ短い人生ながら、今までで最大のボス戦に挑む心持ち。
「えっとー……急な話だったのに、集まってくれてありがとね。殺雨の提案で、とりあえず一回、皆が顔合わせする機会があった方がいいよなってことになってさ」
広めの一室で、僕はいわゆるお誕生日席に座っている。隣に人が座れる場所にいると、それだけで喧嘩し始める者がいるので、その配慮である。
なお、僕から向かって左に、華狩と鳳仙花さん、向かって右に狂歌、黄泉子、殺雨が座っている。
僕の話を聞いているのかいないのか、狂歌と華狩が特にお互いをじっと睨んでいる気がする。その間には火花が散っているような気もする。並び、間違えたかな?
この中で、最初に口を開いたのは殺雨。
「なぁに? あたし、夜謳の愛人たちと会ったの初めてだけど、もう仲悪い人たちがいるの?」
くすくす。殺雨は僕に特別な好意を寄せていないし、一緒に住むわけでもないから、この中で一番気安い立場でいるらしい。ちょっとその立ち位置変わってくれない?
「……それ、もしかしてわたしと月姫さんのこと? 別に仲が悪いわけじゃないけど?」
狂歌が、若干不機嫌そうに殺雨に視線をやる。殺雨は苦笑しながら肩をすくめた。
一瞬でこの場を和ませる術があれば良いが、到底無理な話。とにかく、話を進めていこう。
「とりあえず、僕からそれぞれの名前くらいは聞いてると思うけど、簡単に自己紹介してくれない?」
僕が言うと、まずは狂歌が言う。
「わたしは鬼面狂歌。十六歳の高校二年生。ジョブは『ジェイソン』で、時々殺人衝動が出ちゃう。今は夜謳の彼女だけど、将来は結婚するって約束してる」
一番ざわついたのは鳳仙花さんで。
「え? 待ってください。もう結婚約束をしている人がいるなんて聞いていませんが? この子はなんの話をしているんですか?」
「あー、えっとねー」
「わたし、夜謳と結婚の約束した。夜謳も認めてる」
「……本当なんですか? 黒咬君」
「……まぁ、結婚の約束は……しましたよ?」
「それ、黒咬君からのプロポーズで、結婚しようってことになったんですか?」
あまり痛いところを突かないでくれるかな、鳳仙花さん。
結婚の話は狂歌が勝手に言いだしたことで、僕が流れでそれを受け入れた感じだよ。
と、正直に言うと狂歌が暴走しそうなので。
「僕からプロポーズしたわけじゃありませんけど、結婚の意志はあります」
すこーし遠回しに肯定。約束したとは言ってない。
「ふぅん。そうですか……。意志はある、ですか」
微妙な言い回しに何かを察してくれたらしい。これ以上の追求は控えてくれた。流石、できる人。
よし、進めよう。
「それでは、次……華狩、お願いできるかなー?」
「うん。……私は月姫華狩。十六歳の高校二年生で、『人喰い吸血鬼』。夜謳とは、生涯共に過ごすって約束した。あと、ちょっと前に、『僕と結婚しちゃう?』みたいなプロポーズまがいのことをされてた」
「そのプロポーズまがい、夜謳なりの冗談でしょ? 『結婚しちゃう?』って言って、それから断られるまでがワンセット。本気のプロポーズなんかじゃない」
即座に指摘したのは、対抗心剥き出しの狂歌。華狩はぴくりと眉を上げた。
「……ま、まぁ、確かにそうかもしれないね? 私もそれは認めるよ? 本気のトーンでのプロポーズじゃなかった。でも、生涯共に過ごす約束をしたのは本当。ね? 夜謳?」
華狩が笑顔で僕を見て、狂歌は冷ややかな視線を送ってくる。
……ふふ。僕、生きてこの部屋から出られるのかな?
「……うん。僕、華狩とずっと一緒にいるよ。華狩が、僕以外の誰も傷つけずに生きていけるようにね」
「つ、ま、り。別に月姫さんを特別に愛しているからとかじゃなく、単なる優しさとして、夜謳は月姫さんと生涯共に過ごす、ということなのね?」
狂歌。そういう微妙な部分をあえて指摘するもんじゃないよ?
得意げな顔の狂歌に、口元をひきつらせた華狩が言う。
「……始めはそうだったかもしれない。ただの優しさで、私を助けたかっただけかもしれない。
だけど、今は私のこと、好きって言ってくれる。体を重ねているときも、夜謳が私を好きでいること、伝わってくる。
夜謳はシャイだから明確には言ってくれないけど、私たちの間には愛があるよ。ね? 夜謳? 私、ちゃんとわかってるからね?」
ふふ? とたおやかな微笑みを浮かべる華狩。
むむ、と不機嫌そうに顔をしかめる狂歌。
「ふん。まぁいいわ。別に、夜謳にわたし以外の女がいることくらい知ってたし、夜謳がその子をちょっと勘違いさせるくらい大事にすることも想定内。
夜謳と月姫さんがどんな関係だろうと、わたしと夜謳が結婚する未来は変わらない。せいぜい仲良くしていきましょ? 愛人一号さん?」
「……夜謳とどれだけ強い絆で結ばれているかは、結婚しているかどうかで決まるものじゃない。
もしかしたら、夜謳は本当に鬼面さんと結婚する意志があるのかもしれない。けど、それが、夜謳にとって一番大切な人が鬼面さんだという証明じゃない」
睨み合う二人。
どう収拾をつければ良いのかわからない僕。
なんとも情けない話である。本当にこれで、皆との同棲生活を始められるのか。
パンパン、とここで殺雨が手を打つ。皆の視線が殺雨に集まる。
「あなたたちー? 自己紹介も終わってないうちから喧嘩始めるの止めてくれる? 夜謳が誰と結婚するとか、誰を一番愛してるかとか、どーでもいいじゃないの。
結婚相手は一人しか選べないにしても、誰を一番愛しているかなんて、どうせ日々移ろっていくものでしょ。人の気持ちなんてそんなもの。今ここで一番を決めることに、何の意味もない。
それでも夜謳は皆を大切にしていくでしょうし、あたしたちと強い絆で結ばれているのは確か。それでいいじゃないの。
どうしても喧嘩したいなら、あたしたちのいないところでやってくれる? 決着がつくわけもない、ただお互いを傷つけ合うだけのくだらない喧嘩なんて見るに耐えないわ」
殺雨のはっきりしすぎな物言いに、狂歌と華狩も苦い顔をする。
ナイス殺雨。この場でキスしたいくらいに感謝してる。……感謝しているなら首を斬らせて? とか言われそうだな。
場が落ち着いてくれたところで、ほっと一息しつつ。
「……僕はまぁ、知っての通りこういう奴だから、皆に余計な心配をさせてしまったり、喧嘩の原因を作ったりしてしまう。ごめんな。こんな僕についてきてくれてること、本当に感謝してる。
色々と鬱屈をため込んじゃうこともあるだろうけど、後でゆっくり聞くから。少しだけ、我慢してくれるとありがたい」
狂歌と華狩も息を吐き、ゆっくりと頷いた。
「ありがとう。んじゃ、続きをお願いしようかな。この流れで、殺雨、いいか?」
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