第39話 本音

 じっくりたっぷり、濃厚な時間を過ごした後。


「ねぇ、一度皆を集めて、今後のことを話し合ってみたら? あたし以外の四人は、同棲したいって言ってるんでしょ? だったら、個別に話していくより、一度顔を合わせて話しあった方がいいと思う」


 裸で僕に絡みついた状態で、殺雨が言った。僕の首筋をなぞる指先がいやらしいね。なお、場所は床からベッドに移っている。


「……まぁ、そうだね。皆の意見も聞きたいところだし、皆もそろそろ顔合わせしていい時期かな」


 各自、僕がどんな人と交流があるかはだいたい知っているのだけれど、実際に皆で顔を合わせたことはない。今まではそれでも良かったのが、一緒に暮らすなら事前に会っておく方が良い。いざ一緒に暮らし始めてから初顔合わせ、全然馬が合わない、となると悲惨だ。


「全員を引き合わせるの、怖い?」

「いやぁ、そんなことないよ。皆いい子たちだもの」

「……夜謳。あたしの前では、強がらなくていいよ?」

「……なんのことかな?」

「夜謳は死なない体を持ってるけど、人並みに悩んだり落ち込んだりはする人。あたしと会うときはいつも飄々としてるけどさ、いつでも元気一杯じゃないことくらい、わかってる。

 たった一人の人間と真剣に向き合うだけでも大変なことなのに、同時に何人もの相手と向き合うのは拷問みたいなもの。

 あたしは比較的病んでない方だし、他の子たちみたいに強すぎる好意を夜謳にぶつけるつもりもない。

 恋人という程強いしがらみはなくて、友達という程薄い関係でもない。程良い距離感。夜謳が多少弱音や愚痴を吐いたところで、幻滅もしないし、深刻に捉えもしない。

 だからね、あたしの前では気楽に過ごせばいいよ。だらしない姿だって、見せてくれていいよ。あんたも大変ねぇ、って軽く受け流してあげるから」


 熱すぎない、ぬるま湯のような優しい言葉。

 自分でも意外な程に心に沁みて、心も体も解れる感覚がある。


「……ありがとう。殺雨といると心が和むよ」

「どういたしまして。あたしも、夜謳といるときが一番落ち着く。傍にいてくれてありがとう」

「いえいえ」

「それで、今のうちに言っておきたいことはある?」

「んー……」


 微睡むような感覚の中で、曖昧な思考を巡らせる。

 殺雨になら、打ち明けてもいいかもしれないこと……か。


「僕さぁ……」

「うん」

「鳳仙花さんのこと、ずっと好きなんだよねー……」

「ふぅん。それは、彼女だけに恋してるってこと?」

「だけ、ではないかな。殺雨のことも、狂歌たちのことも、僕は好きだよ」

「……それでも、鳳仙花は少し特別なのね?」

「ん……そうだね。鳳仙花さんは、少し特別。好きの中でも、少しだけ特別な好き」

「本当は、鳳仙花だけを愛して生きていきたかった?」

「……かもね。もしかしたら」


 かつてはそうだったかもしれない気持ち。もう、上手く思い出せない。


「夜謳、本当は色んな女の子と仲良ししていくの、ちょっとしんどいもんね。もっとシンプルに生きていく方が向いている」

「……そう見える?」

「うん。あのねぇ、夜謳。無理してない人間は、親しい人に対して、もっと暗い面も見せるものなんだよ? 辛いとき、苦しいとき、機嫌が悪いとき、落ち込んでるとき……それをさらけ出せるものなんだよ? 夜謳は、いつでも飄々としてる。意識してそういう風に振る舞ってるんだろうなって、わかるよ」

「……そっか」

「夜謳だって、たまには怒っていいし、全部放り出す時間を持っていい。

 背負っているものを全部取り払って、自分の素直な気持ちで、誰かを好きになってもいい。

 夜謳だって、まだ高校生なんだよ? もっと、誰かに支えてもらっていい。

 あたしも、夜謳を支えてあげたいと思ってる。

 これから、皆と一緒に暮らし始めるとして。

 しんどくなったら、いつでもここにおいで。あたしと夜謳だけの時間ってことで、他の誰も近づけさせないから」

「……ありがと。そう言ってもらえるだけでも、とても心強いよ」


 殺雨が僕との同棲を望まないのは、僕の逃げ場を用意するため? それとも、単に殺雨は一人暮らしを望んでいる?

 両方、かな。

 どっちにしても、殺雨がこうして気負いなく手をさしのべてくれるのは、本当にありがたい。


「それで……夜謳は、鳳仙花のことをどうするの? 本当はずっと好きなのに、まだ一線は越えてないんだっけ? 相手も望んでいるんだし、やっちゃえばいいんじゃないの?」

「……ダメだよ。僕は、鳳仙花さんにキレイなままでいてほしいから」

「……そういうの、男の勝手な押しつけだと思うよ? 別に女がキレイな存在ってわけじゃないし、好きな人に汚してもらいたい気持ちもある」

「……そうかなぁ」

「たぶんね。人によるといえば、人によるだろうけど。ま、あたしは夜謳に何も強要はしないし、この話を聞いて何かするつもりもない。夜謳の好きなようにすればいい」

「……うん」

「とりあえず、今日はうちでゆっくりしていいけばいい。一人で過ごしたければ、あたしのことは忘れて一人で過ごせばいい」

「ありがとう」

「けど……もう少し、このままでいていい? あたし、一人で過ごすのも平気なタイプだけど、こうして夜謳と触れ合ってたら、もっとこうしていたくなっちゃう」

「うん。いいよ」

「ありがと。今日はもう殺さないから、二人でゆっくりしよ?」


 殺雨が僕に頭を押しつけてくる。それから動かなくなり、そのまますぅすぅと寝息を立て始める。

 僕もなんだか力が抜けてきたので、そっと目を閉じた。

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