第42話 話し合い

 親睦会は、想像していたよりもスムーズに進んだ。

 おそらく、殺雨の言葉が効いた。


「一緒に暮らしても喧嘩になるだけの面子だったら、今まで通り別々に暮らしていた方がいい。

 誰が夜謳にとって一番なのかにこだわる気持ちはあるかもだけど、喧嘩ばかりしている女を夜謳が心底愛せるかは疑問ね。

 夜謳が色んな女に手を出してることなんて、前々からわかっていたこと。だったらお互いに歩み寄ってほしいものだわ。

 じゃないと、夜謳が最終的に選ぶのはあたしかもしれないわね? 変に争わないお前と一緒にいるのが一番落ち着く、とか?」


 これを聞いて、狂歌、華狩、鳳仙花さんの気勢が削がれ、ゆっくり話をする雰囲気になった。

 殺雨、素敵。惚れるわー。……なんて言うとまた揉めそうだから、言わないけど。後で殺雨に何かしらのお礼はしようかな。

 さて、まずはぼちぼち歓談していたのだが、せっかくカラオケに来たのだからと、ごく普通の仲良しグループみたいに順に歌い始めた。

 当然のごとく、アイドル活動している狂歌の歌が抜群に上手かった。上手いだけじゃなく、人の心を動かす力があって、聴いていた皆はその歌に圧倒されていた。

 他の面子もそれぞれ上手かったのだけれど、大きな差異は感じなかった。僕がやたらとデュエットに誘われ、一人だけ喉を枯らしていたのは置いておこう。


 ある程度カラオケも楽しみ、程良く打ち解けた雰囲気になったところで、改めて今後のことについても触れた。

 今のところ、僕、狂歌、華狩、鳳仙花さん、黄泉子の五人が暮らせる部屋を探す予定。これだけの人数だと、ルームシェアで使われるような部屋を選択することになりそう。

 それぞれ、何か部屋選びに希望があるか訊いてみたのだが、『夜謳がいる家ならどんな場所でもいいんじゃない?』というような答えが主で、あまり参考にならなかった。そんなこと言いつつ、本当に適当に選ぶと文句を言うのも目に見えているので、家選びは慎重にしなければ。

 こういうときは、漠然と尋ねるのではなく、候補を絞ってから改めて確認だな。今はあえて集まってもらったが、ビデオ通話でも話し合いは可能だし、すぐに決める必要はない。


「ねぇ、いっそ家くらい買っちゃえば? 夜謳なら買えるでしょ?」


 気軽にそんなことを言い出したのは狂歌。


「流石に気軽に家を買うほどのお金は持ってないよ」

「そうなの? ぶっちゃけ貯金いくら?」

「お? そこまで訊いちゃう?」

「いいじゃん、どうせわたしたち、将来結婚するんだから。ちなみにわたしは二百万くらい」

「へぇ、意外と少ないかも? とかいうと失礼か? アイドルってそんなに儲からない感じ?」

「失礼とかどーでもいいけど、全国区で有名で、テレビにも出るし配信でも稼ぐしみたいな人は知らないけど、そこそこのアイドルだったらそんな稼げないよ」

「そっかぁ」

「で、夜謳は?」

「だいたい二千万くらいはあったかな」

「わぉ。やっぱり儲かるね、『殺され屋』さん」

「『殺され屋』より、実験動物になってる方が儲かるよ。個人と企業じゃ、支払いの桁が違う。内蔵売るのもそこそこ儲かるけど、最近は回復魔法とかで重傷の怪我も治せるから、ちょっと値段下がってる」

「それでも需要はゼロじゃないのね?」

「優秀な回復魔法の使い手は引っ張りだこだから、なかなか捕まらないんだって。回復薬も、重傷を治せるやつは相当な金額。とりあえず内蔵取り替えて時間を稼いで、最終的には魔法とかで治す感じらしいよ」

「なるほどねー。けど、それだけあれば家くらい買えるんじゃない? 二人併せて二千二百万!」

「買えるかもしれないけど、買える家じゃなくて住みたい家を買いたいかな」

「むぅ。それもそっか」


 ここで、華狩が口を挟む。


「家は、買わなくていいよ」

「んー? 何? わたしと夜謳が買った家になんて住みたくないって?」

「そうじゃなくて……」


 華狩が僕を見つめる。その視線の意味するところを察した。


「ああ、確かに、家を買ってももったいないよな」

「……む? 二人だけで分かり合うのやめてくれない? 普通に悔しいんだけど」

「すまん。えっと、華狩、将来的には世界を旅したいって思ってるんだよ。だから、家を買っても将来的には手放すことになるし、もったいないよなって話」

「え? 待って、その口振りだと、夜謳も一緒について行く感じじゃない?」

「そりゃね。華狩は、僕と一緒じゃないと生きていけない体だ」

「待って待って! なんでそんなこと勝手に決めてるの! わたしとの結婚生活は!?」


 狂歌が血相を変える。勝手に決めてしまったのは確かに申し訳ない。

 しかし、だ。


「悪いけど、華狩とはもう約束しちゃったからさ。やっぱり一人で行ってとは言えないよ」

「何それ! 月姫が一人で行くのがダメなら、こっちにいさせればいいじゃん!」

「そういうわけにも、ね?」


 華狩に視線をやると、華狩はにこりと微笑んだ。


「これは、私と夜謳の大事な約束。夜謳がそれを約束したから、私はひとまず生きることを選択した。今更反故になんてさせない」

「そんなの勝手に決めないでよ! ねぇ、夜謳! わたしのことはどうするつもりなの!?」


 狂歌が僕の肩をがくがくと揺さぶる。頭が揺れて気持ち悪い。勝手に決めてしまったのは悪かったとはいえ、そんなに怒らなくても……。


「狂歌もおいでよ。一緒に世界、見て回りたくない?」

「それは……」


 狂歌が揺さぶるのを止める。その隙に、狂歌の頬に手を添えつつ軽くキスをした。

 さっと顔を赤らめる狂歌。今でもキス一つで乙女の顔をするんだから、本当に可愛いよね。


「な、なに!? キスで誤魔化せるほど安い女じゃないからね!?」


 だいぶ誤魔化せていると思うが、口にはしない。


「わかってるって。たださ、僕は狂歌もついてくる前提で華狩と約束をしたんだよ。狂歌って、日本に留まりたい理由でもある?」

「それは……アイドル活動もしてるし……」

「アイドルなんて旅先でもできるよ。世界はネットで繋がっているんだし。配信の技術については僕が学べばいいかな。

 ちなみに、鳳仙花さんもついてくるから、どこに行ったってだいたい安全だよ。あとは語学の勉強も必要だけど、本気で取り組めばどうにでもなることだ」

「……むぅ。確かに断る理由はないけど、きっかけが月姫っていうのが気に入らない」

「そこは許してくれ。ちなみに……」


 僕は黄泉子と殺雨の方を向く。


「二人はどうする? 世界旅行、一緒に来る?」

「面白そうね。あたしもいくわ」


 真っ先に答えたのは殺雨。そして、ためらいがちに、黄泉子も続く。


「うーん……いきなり世界旅行って言われると尻込みしちゃうけど、興味はもちろんあるよ。わたしのアート活動もさほど場所は選ばないし、むしろ色々見て回った方がより良いものが描けそう……。安全も確保されてるし、このメンバーが一緒なら楽しそうだよね。うん、わかった。わたしも行く!」


 予想通りの結果になったな。

 僕としては満足だけど、華狩はちょっぴり不満げに呟く。


「私は夜謳と二人きりでも良かったんだけどなぁ……」

「二人きりもいいけど、皆と一緒なら、それはそれで面白い旅になるよ」

「……それもそっか。うん。今から楽しみになってきた。ちなみに、私は大学卒業した頃に行こうかなって考えてたんだけど、そのつもりでいいのかな?」

「僕はそれでも……」


 良かったのだけど、狂歌は否定的。


「そんな先の話なの? どうせなら、高校卒業したくらいでさっさと行っちゃおうよ。

 世界旅行って、数ヶ月程度の話じゃないんでしょ? 何年も旅するつもりなら、大卒の資格なんてどうせ価値もないでしょ。もし日本に戻ってきたとしても、卒業後何年も経ってたら普通の就職なんてできない。

 だったら、四年間を無駄に過ごす必要なんてない。学びたいことがあるなら話は別かもしれないけどさ」


 狂歌の言葉に、華狩がためらいがちに頷く。


「そっか……。そうかもしれない……。私、何となく大学は卒業しないといけない気がしてたけど、全然そんなことないのか……」

「じゃ、高校卒業後ってことで。……あ、でも、区切りがいいのは三年後かな? 黄昏と毒蒔も丁度卒業だし」


 僕、狂歌、華狩は二年生だから、あと二年で卒業。

 黄泉子は大学二年、殺雨は高校一年だから、あと三年で卒業。

 三年後とした方が丁度いいな。


「あたしの卒業までは待ってほしいわね。これでも高校生活を謳歌してるのよ」


 殺雨はそう言って、黄泉子も続く。


「わたしも、どうせなら卒業はしたいかなー。大学にも友達いるし、卒業したらなかなか会えなくなるなら、最後の三年間は大事にしたいかも」


 二人の意見も採り入れ、僕たちの出発は三年後を目途とすることになった。

 ぼんやりした話だったけれど、具体的に数字が出てくると気が引き締まるな。


「……もしかしたら、まともに日本で過ごすのもあと三年になるかもしれない。変な話、やっぱり日本を離れたくないと思えるくらい、良い家を見つけられたらいいな」


 僕の言葉に、五人が頷く。

 楽しくなってきたが、準備期間がたった三年と思うと脳天気ではいられない。

 適当に何となく生きてきたのにも区切りをつけて、色々と頑張らないと。

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