第37話 幸せ?

「あたしとして伝えるべきことはそれくらいかなー? ま、散々痛めつけられて殺されまくってる夜謳は、精神的な耐久力も強いとは思う。

 ただ、単純に痛みに耐えるのと、人間関係のストレスに悩まされるのってまた別だとも思うし、きついと思ったらすぐに言いなよ? あたしのとこに逃げてきてもいいし、闇咲さんに相談してもいいし?」

「……おう。頼もしいな、殺雨あやめ。年下とは思えないくらいだ」

「一歳差なんて誤差の範囲でしょ。一年程度早く生まれただけで、偉ぶらないでほしいわね」

「それもそーだ」


 年下でも、殺雨は同年代で一番余裕がある気がするな。

 殺雨は中学の頃から解体士として仕事を始め、高校生になったらすぐに自分の意志で一人暮らしを開始、生活費も学費も全て自分でまかっているらしい。昔から精神的に自立しているのだろう。


「ところで、夜謳」

「ん?」

「たまに思うんだけど、夜謳って、何がしたいの?」


 殺雨がこてんと首を傾げる。


「それは、どういう意味で?」

「夜謳って、軽い気持ちで人助けしてるじゃない? 内蔵売ったり、殺されたり、喰われたり」

「まぁ、そうだな」

「それが、夜謳の幸せなの?」


 純粋な瞳。何かを責めているわけではなく、単純に僕の気持ちがわからないという雰囲気。


「僕はこれでも幸せだよ? 僕の行いで幸せになれたり、人生に希望を見いだせたりする人がいる。それで十分じゃない?」

「ふぅん。夜謳は、いわゆる利他主義に生きている人なの? 他人の幸せが、自分の幸せ、みたいな?」

「明確に利他的に生きてるつもりはないな。ちゃんと見返りがあるから人のために色々できるんだし。お金を貰えたり、エッチなことができたりするから、今の生活が続いてるんだと思うよ?」

「そう。じゃあ、もしもの話だけど、夜謳が不死スキルを開眼させなかったら、どういう生き方をしてた? なんのために生きて、何に幸せを感じてた?」


 問われてみて、改めて考えてみる。

 僕は不死の体を手に入れていて、それはもう一生変わらない。だから、不死ではない自分の人生など、もう考えても意味はないだろう。

 しかし、殺雨が訊きたいのは、僕自身の幸せは何か、ということ。他人のために何かをして得る幸せじゃなくて、僕自身がかつて求めていただろう、幸せの形。


「……昔の僕は、何を考えていたんだろう? 中学までの僕は、何者でもなくて、何を求めていたのかもわからなくて、漫画読んだり探索者の配信観たりして、ぼんやり過ごしてた。自分の幸せがなんなのかわからなくて、ずっとくすぶってた気がする。

 もしも僕が不死でなくなったら。僕は、また何をすればいいのかも、自分の幸せがなんなのかもわからず、ぼんやりしてしまうんじゃないかなー……」

「ふぅん。あたしは別に、人はそれぞれの幸せを掴み取らなければいけない、とか言うつもりはない。夜謳が今の生活に満足してるなら、それでいいとも思う。

 ただ、夜謳は心の深いところで何を求めている人なのかは、気になるかな」

「何を求める人、か」


 華狩たちが幸せなら、それでいいとも思う。

 皆の笑顔を作り出せれば、それが僕の幸せ。

 そういうのでも悪いとは思わない。

 何もなかった頃より格段の進歩だろう。


「夜謳は自分の色が薄いからこそ、色んな子に合わせられるのも確か。夜謳が、僕はこういうことがしたいんだ、他のしがらみは邪魔だって言い出したら、皆離れていく。

 現状維持でも、悪くはないのかもね。それに、人生とはなんぞや? とか考える必要もないかもしれない。

 あたしの訊いたことは忘れてくれていいよ。大した意味もないからね」

「……ああ、うん」


 僕の幸せとか、人生とか。

 考えるべきなのか、そうじゃないのか。

 どうかなー、と思案していると。


「それより、せっかく来てくれたんだから……ちょっと試したい刃物があるの。いいでしょ?」

「……おう、わかった」


 殺雨が笑顔で立ち上がり、並べられている刃物類の中から、一本の不思議な形状のナイフを手に取った。揺らめく炎を写し取ったような、奇妙に湾曲した刃の形をしている。


「これ、面白いでしょ? 変な形してるから解体にはちょっと向いてないんだけど、趣味で人を刻むなら問題ないじゃない?」

「ああ、そうだね」


 返事をしながら、服を脱ぐ。今日も切られてやろうかね。

 むん、と気合いを入れたところで、早速殺雨がそのナイフで僕の腹を一文字に切り裂いた。

 溢れると血と、こぼれる内蔵。切腹って痛いよねー。自分で腹を切るとかまじ無理だわ。


「あはっ! いつも、あたしに解体されてくれてありがとう。夜謳のおかげで、殺人犯にならずに済んでるわ」

「……それは、良かった」

「あはは!」


 先ほどまでの落ち着いた雰囲気を消し、殺雨は無邪気に笑って僕を切り刻み始める。

 殺雨は、『解体士』となり、モンスターなどの解体をするうち、人間の解体をしたいと思うようになってしまったらしい。その歪んだ欲望を、僕を解体することで満たしている。

 殺雨が殺人鬼にならずに済むのなら……僕の体くらい、いくらでも差し出すさ。どうせ死なないんだしさ。

 狂気に満ちた殺雨の笑顔も綺麗だな……なんて思っていたら、目を潰された。

 やれやれ。

 しばらくは、黙って刻まれていようかね。

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