第32話 増える

 さて、徹夜はしたが、案外眠くもないので、二人で朝食を摂る。部屋は散らかっているし、僕のパーツも転がっているし、血生臭いしで散々だが、僕たちからすると慣れたもの。平気でお肉も食べられる。朝食はトーストした食パンとハムエッグ。なお、用意したのは僕。


「そういえばさ、夜謳、なんか今までと匂いが違ってたよね。新しい彼女でもできたの?」


 トーストをかじりつつ、黄泉子が尋ねてきた。

 なお、黄泉子は色んな欲求が満たされて落ち着いた雰囲気だが、昨夜に引き続き裸である。うん、とっても良いことだと思う。眼福眼福。


「変な判定基準ですね。匂いが違ってるとすれば、ここのところ闇咲さんの家に寝泊まりしているからですよ。ただ、まぁ、新しい彼女というか、一緒にいないといけない相手は、一人増えました」

「ふぅん。可愛い子? 写真ある?」

「可愛いですし、写真もありますよ」


 その辺に放置されているバッグからスマホを取り出し、華狩の写真を見せる。僕としては華狩のソロ写真が欲しかったが、華狩は僕とのツーショットを望んだ。


月姫華狩つきひめかがりって言います」

「かーわいいなぁ。むぅ、ちょっと嫉妬しちゃうぞ?」

「黄泉子さんの嫉妬は怖いですねー。あまり酷いことはしないでくださいよー」

「それは約束しかねる!」

「ですよねー」

「それで、その子とはどういう経緯で仲良くなったの? 一般的な青春ストーリーを送るうちに惹かれ合った二人ではないんだよね?」

「それはもちろん。僕が普通に過ごすだけで寄ってくる女性なんていませんよ」

「夜謳は自分の魅力を隠しちゃうからなぁ。もったいない」

「スキル的に、隠さないといけないんです」

「まぁね。わたしもそうだし」

「それで、黄泉子さんになら華狩のことを話してもいいんですけど、他言無用でお願いしますね。特殊なジョブとスキルを持っている子なので」

「わかった。いいよ」


 黄泉子に、華狩のことを説明する。

 最近、人喰い吸血鬼に開眼してしまったこと、人を喰わないと生きていけなくなったこと、誰も殺さないために僕だけを喰うようにしていること、僕たちが準恋人関係になったこと、僕の護衛になるため鳳仙花さんにしごかれていること、そして、近々一緒に暮らし始めること。


「ええ!? 夜謳、その子と一緒に暮らすの!? ずるくない!?」

「仕方ないですよ。僕と一緒にいないと、華狩は自分の意志に反して人を殺してしまう可能性があるんですから」

「それでもずるいよ! わたしだって夜謳と一緒に暮らしたいのに!」


 狂歌と同じように、黄泉子も一緒に住むことを考えないといけないのだろうか? そもそも、黄泉子は本当に僕との同棲を望むのかな? 基本的には一人でいたい人のはずだが。


「うーん……」

「月姫さんと二人暮らしなんてダメ! それならわたしも一緒に住む! 本当はわたしだって夜謳と一緒に暮らしたいけど、夜謳のお仕事が特殊だからって我慢してたの!」

「そうでしたか……」


 狂歌とも一緒に暮らすことにはなるから、そもそも二人暮らしの予定はない。

 ただ……僕の関係者は過激な人が多いからなぁ。皆を一緒に住まわせて大丈夫なのだろうか? 攻撃対象は僕だけに収まるかな?


「ねぇ、お願い! わたしも一緒にいさせて! 夜謳がいないとやっぱり寂しいの! 本当はずっと一緒にいたいの!」


 黄泉子が僕に抱きついて、至近距離で訴えてくる。

 こうなると、僕は断り切れないんだよなぁ。意志薄弱で、情けないことである。


「わかりました。華狩と……狂歌とも相談しますよ」

「……狂歌? もしかして、鬼面狂歌きめんきょうかも一緒に暮らすの?」


 直接の面識はないが、黄泉子は狂歌を僕からの伝聞情報として知っている。


「まぁ、そういう流れになってます」

「だったらなおさらわたしも一緒に住む! わたしを差し置いて他の子と暮らすなんて、絶対許さないから!」

「……わかりました。一緒に暮らすことを前提に進めます」

「ありがと! へへー、とうとう夜謳と同棲かぁ。他の子がちょっと邪魔だけど、まぁいいや。夜謳と一緒にいる方が大事だもんねー」


 この流れからすると、毒蒔殺雨どくまきあやめにも話を通した方がいいかな? ただ、あの子は特殊だから、一緒に住もうとはしないかもしれない。


「……引っ越しは必須で、大きな家が必要になりそうですね。家賃、払ってくださいよ?」

「いいよー。そんなの当然じゃん。でも、ルームシェア的にするなら、今より安い家賃で広い部屋に住めるよね。いいじゃんいいじゃん! 掃除もしてもらえるし!」


 おいおい。掃除は自分でしようよ。

 ……まぁ、結局僕がすることになるのだろうね。


「ポジティブに捉えるとそうですね。……ま、とにかく何とかしましょう」


 混ぜるな危険を思い切り混ぜ込んで煮立たせるような行為をしている気がするが、きっと死人は僕だけのはず。大丈夫だ。きっと。うん。

 朝食を食べ終えたら、次第に黄泉子がうとうとし始めた。


「夜謳……一緒に寝よー……」


 甘えるように誘ってきたけれど、僕にはするべきことがある。


「すみませんが、僕は部屋を掃除します。寝ていてください」

「むぅ……添い寝もしてほしいけど、掃除もしてほしい……」

「掃除優先です! ゴミはともかく、僕のパーツをいつまでも放置できません! そんで、掃除が終わったら、僕は学校に行きますから!」

「ええー? なんでそんな真面目なこと言ってるの? 浮気しまくってるくせにー?」

「浮気性でも学校には通うんですよ」


 怖いお姉さんが怒るので。


「……わかった。じゃあ、わたしが寝るまで手を繋いでて」

「わかりました」


 黄泉子が血塗れベッドに横になり、僕はベッドサイドに腰を下ろしてその手を握る。黄泉子の手は少しひんやりしているから、僕の手がきっと温かく感じられるだろう。


「……ねぇ、夜謳。わたしね、夜謳に出会ってから、ようやく生きているのが楽しいって思えるようになったの」

「それは良かったです」

「いつも酷いことしてごめんね。どうしても、あれは、したくなっちゃうの。たぶん、どこか壊れちゃった部分もあるんだろうね。でも、わたしは夜謳のことが本当に好きだし、一生一緒に生きていきたいって思ってるよ」

「知ってます。ずっと一緒にいましょう」

「ん。……最後に、もう一回キスして」


 黄泉子が目を閉じるので、僕はそっとキスをする。

 中学生が初めてキスをしたみたいな、軽い穏やかなキスになった。


「へへー。おやすみー……」


 黄泉子はすぐに寝息を立て始める。

 一息吐いてその手を離したら、華狩と鳳仙花さんに、今日は遅刻する胸を連絡。

 時刻は七時半過ぎ。

 さくっと掃除して、シャワーで汗等々も流して、学校に行かなきゃな。

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